肝がんの最適な切除を導く画像支援ナビゲーション
東京大学付属病院
肝胆膵外科教授の
國土典宏さん
肝がんの手術は、肝臓のどこをどれだけ切るかが生命線。根治性を高め、なおかつ肝機能を維持するという二律背反を超えて、最適な肝切除を可能にしたのは、CT画像から肝臓を3次元画像として構築する画像支援ナビゲーションだった。
患者さんが手術室に入ってから2時間半、執刀医が手術台の前に立つ。すでに開腹され、肝臓が赤黒い姿を見せている。
執刀医のテキパキした指示の下、周囲の医師や看護師たちが忙しく手を動かし始めた。肝臓をむき出しにするため、覆っている腹膜などをはがす。処置しやすいように血管を表面に引っ張り出す。超音波プローブで腫瘍の位置を確認する……。
約1時間後、医師たちの手が止まる。見守る彼らの前で、肝臓の右葉の一部が、灰色がかった色に微妙に変化してきた。
変色したのは、その部分に血が通わなくなったから。切除部分に流れ込む血管の流れをクリップで止めて、切断位置を確認しているのだ。
「色の変わった部分の形を見てください。シミュレーションのCG(コンピュータグラフィックス)と同じでしょう」 執刀医を務める東京大学付属病院肝胆膵外科教授の國土典宏さんが取材する私たちに声を掛けた。手術室内にあるディスプレイで見比べると、確かによく似ている。「血管の枝振りには患者さんごとに個性がありますが、事前に正確なシミュレーションができていれば、術中に迷いが生じません」
変色した部分の輪郭に沿って、電気メスで印が付けられていき、いよいよ切除が始まった。
画像支援ナビゲーションで肝臓の全貌と切除部をシミュレーションすることができる。(右写真提供:株式会社日立メディコ)
安全確保のためのコンピュータシミュレーション
言うまでもなく、できたがんを肝臓から切り取る治療が肝切除だ。がんは血管(門脈)に沿って肝内転移する傾向があるから、発見された腫瘍の周辺だけでなく、疑わしい血管のある部分も一緒に切ったほうが根治の可能性は高まる。
一方で、肝臓の働き(肝機能)は生存に不可欠。切りすぎて肝機能が確保できなくなったら、肝不全で死んでしまうし、再発時の治療のことを考えたら、できる限り温存しておきたい。
そこで、手術の計画を立てるには、どこをどれだけ切ったら、どの程度の容積(肝機能は肝容積に比例する)が残るのかを見積もる必要がある。
肝臓は健康な状態であれば、7割まで切除可能とされている。正常な肝臓には残った3割でカバーできるだけの予備能が備わっているからだ。さらには、再生能力もあり、数カ月で元の大きさに戻る。だから、肝臓が正常で、腫瘍が小さくて取りやすい場所にあるときには、肝切除の計画は難しくない。
しかし、そうでない場合は、切除後に残る肝容積を精密に評価することが重要になる。評価を誤れば、患者さんの生死に関わる。
そこで、國土さんらは手術前にコンピュータ・システムを利用して、肝切除のシミュレーションを行っていた。良さそうな切り方に対して、残肝容積を見積もり、患者さんにとって最適な切除を選択したのだ。
先進医療実施5施設以外にも水面下で利用広がる
07年12月、そのシミュレーション・システムの使用が「肝切除手術における画像ナビゲーション」という名目で先進医療として認められた。
実施施設は、東大病院のほか、医療法人社団高邦会高木病院(福岡県)、佐賀大学医学部付属病院(佐賀県)、徳島大学病院(徳島県)、筑波大学付属病院(茨城県)の計5つ。
これらの施設では、患者さんは、保険診療のほかに先進医療費(東京大学付属病院の場合4万6300円)を負担することで、システムを利用した診療が受けられる。また、「先進医療という項目は立てずに手弁当でシステムを活用している施設も、数10はあるでしょう」という。
なお、名目は「画像ナビゲーション」だが、システムは術中にナビゲーションをしてくれるようなものではなく、術前の計画時に役立つものだ。現行では「肝切除術シミュレーション」と呼んだほうが実態に合う。
国内では数社がシステムの製品化に取り組んでいる。同病院では、日立メディコとの研究開発を進めてきた。03年からシステムを導入し、生体肝移植におけるドナー肝切除に対して利用し始めた。05年にはすべての生体肝移植ドナー肝切除に用いるようになったという。
同病院の先進医療扱いになってからのシステムの利用実績は、08年135件、09年131件。09年の内訳をみると、ドナー肝切除では18件中全件、がん患者の肝切除178件中では113件で利用された。
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