肝がんでも治療が始まった「体にやさしい」HIFU治療

監修:森安史典 東京医科大学病院消化器内科主任教授
取材・文:町口 充
発行:2009年10月
更新:2013年4月

  
森安史典さん
東京医科大学病院
消化器内科主任教授の
森安史典さん

肝がんに対する〝究極の体にやさしい治療〟として注目されているのがHIFU(強力集束超音波)治療だ。同じHIFUでも、前立腺がんでは体内にプローブを挿入して行うのに対して、体外から超音波を当てるので体を傷つけることがなく、副作用もほとんどないといわれるこの治療の現場を見た。

歩いて来て、歩いて帰る
普段着のままの治療

写真:大きなドーム型のHIFUの治療装置

大きなドーム型のHIFUの治療装置。がん細胞に焦点を合わせ、超音波を照射する

東京のど真ん中、西新宿にある東京医科大学病院の17階。都心を見下ろす超高層の治療室は、静けさが支配していた。

患者さんは70代の女性。ご主人に伴われてやってきて、着替えることもなくそのまま台の上に横たわる。一方の治療する医師も、手袋をするわけでもなく、いつもの診察のときと同じ格好だ。患者さんが患部の部分だけを露わにすると、音もなくHIFU治療の装置が動き出す。

HIFUとは、超音波を集めてがん細胞の部分だけを高熱にして治療するもの。体の外から超音波を当てるので、画像検査で行われる超音波診断と同様、皮膚にゼリーを塗るだけで、麻酔も必要ないし、普段着のまま受けられる治療だ。

上から丸いドームのようなものが降りてきて、患者さんのおなかに密着した。ドームはシリコンでできた透明の袋になっており、中には水が満たされている。超音波は水の中を伝わりやすいためだ。ただし、水道水だと中に酸素(空気)が含まれていて、音波が進むとき邪魔になるので、水の中の酸素を抜いた水(脱気水)が使われている。

ドームの奥に超音波を発信するところがあり、治療用の超音波とモニターのための超音波の両方が発信される仕組みだ。

同大学消化器内科の主任教授、森安史典さんの指示を受けながら、同科医師の佐野隆友さんがコンピュータを操作し、まずモニター用超音波で画像を映し出し、がん細胞を探り出す。位置を特定するといよいよ治療の開始だ。

すぐそばで、患者さんのご主人がイスに座って見守っている。

がん細胞に焦点を合わせ、超音波を照射(当てる)すると、その部分だけが高温になり、がん細胞は死滅する。治療の間、患者さんはジッとしているが、呼吸するごとに内臓は微妙に動き、がん細胞もわずかに動いてしまう。そこで、超音波を照射するときだけ呼吸を止めてもらう。

「息を吸って。はい、そこで止めて」

息を止める時間は5秒ほどだが、何度も何度も繰り返される。

治療は1時間ほど行われ、患者さんは何ごともなかったように治療室を出て行った。

超音波を1点に集めるとがんを死滅させるパワー

写真:251個の超音波発信素子が埋め込まれているドームの裏側

251個の超音波発信素子が埋め込まれているドームの裏側。超音波が1点に集って、狙った部分だけを照射し、がんを死滅させる

写真:超音波を発している様子

超音波を発している様子。水が1点に集中して噴き出した。高温になるため、湯気が出ている

現在、肝がんの治療は多様になっている。切除手術のほか、局所療法()として、動脈塞栓療法()、エタノール注入療法()、それにとってかわるようになったラジオ波焼灼療法()、凍結療法()、陽子線・重粒子線治療()などの放射線療法、全身療法としては抗がん剤を使った化学療法がある。

局所療法のうち動脈塞栓療法、エタノール注入療法、ラジオ波焼灼療法、凍結療法はいずれも体に針を刺す治療だし、放射線療法は被曝が、化学療法では抗がん剤による副作用が伴う。

これに対して、非侵襲()で体を傷つけることがなく、副作用もほとんどないとされるのが超音波を用いたHIFU治療だ。

超音波のどこにがん治療効果があるのだろうか?

超音波を照射すると、そのエネルギーは熱エネルギーに変換される。また、放射圧や振動によって細胞膜()を破壊し細胞を死滅させる非熱的作用も働く。超音波を強くすればその作用は強くなるし、超音波を当てる時間を長くすることによっても強くなる。

「この原理を応用して、体外から強い超音波を体内で焦点を結ぶように照射するのがHIFU治療です。丸いドームのようなものの奥には251個の超音波発信素子が埋め込まれていて、ここから出た超音波が1点に集まると、1つひとつはそれほどの強さを持たなくても、その1点のみが高温になります。エネルギーの強さは画像診断の超音波に比べると数千から数万倍。それでも、CT(コンピュータ断層撮影)と比べれば1000万分の1にすぎません」

と森安さん。実際の温度は焦点で摂氏80度以上に上昇するので、がん細胞を壊死させるのに十分な温度となる。

局所療法=がんのある部分だけを取り除く治療法。外科療法や放射線療法などさまざまな方法がある
動脈塞栓療法=肝臓がんに栄養を与える肝動脈に油性造影剤や抗がん剤などを注入し、閉塞することにより、選択的に肝細胞がんを壊死に導く治療法
エタノール注入療法=がんに針を刺しエタノールを注入して死滅させる方法
ラジオ波焼灼療法=超音波で観察しながら、がんに電極を挿入し、ラジオ波で焼いてがんを壊死させる治療法
冷凍療法=液体窒素(またはアルゴンガス)などで発生させた超低温状態を利用してがん組織を破壊する治療法
陽子線・重粒子線治療=陽子線・重粒子線を用いた、放射線治療の一種
侵襲=外科手術などによって体を切開するなど、体に傷をつける行為
細胞膜=細胞の外層を取り囲む膜

[HIFUと他治療のエネルギー比較]
図:HIFUと他治療のエネルギー比較
HIFUは圧倒的に、他の治療と比べてエネルギー量が低く、体にやさしいことがわかる


同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!