肝転移のある大腸がんの治療が 化学療法の進歩で大きく変化 手術前後での化学療法の組み合わせの妥当性を検証
大腸がん肝転移に対する治療は、肝臓手術の進歩や化学療法の進歩によって変化を遂げてきた。現在では、切除手術が可能な肝転移のある患者さんに対しても、手術前後に化学療法を組み合わせる治療が行われるようになり、それが妥当かどうかの検証が進められている。
かつては手術が可能なら 積極的な肝切除が行われた
肝臓への転移がある大腸がんに対して、新たな治療戦略が登場してきている。かつては、肝切除術が可能な患者さんであれば、積極的な手術が行われていた。ところが、化学療法の進歩に伴って、手術の前後に化学療法を組み合わせた治療戦略が登場してきている。こうした変化の背景について、がん研有明病院消化器外科副医長の井上陽介さんは次のように説明してくれた。
「大腸がんの化学療法が大きく変わったのは2000年頃からで、それまでは抗がん薬はほとんど効かない時代が続いていました。1950年頃に5-FUという抗がん薬が使われるようになったのですが、それがほぼ半世紀にわたって第一線で使われていました。単剤で使用してもあまり効かないのですが、コストや副作用も含めてこれより優れた抗がん薬が登場しなかったのです。
そうした中で、1980年代以降、肝臓の手術が大きな進歩を遂げました。肝切除術中超音波の導入、肝区域の系統的な切除や、出血のコントロールなどにより、安全に肝臓の切除手術が行えるようになったのです。そこで、大腸がんの肝転移に対しては、切除が可能であれば積極的に切除する、という治療方針がとられるようになりました」
日本の肝臓外科は技術的に優れていたこともあり、この治療が広く行われるようになっていった。肝転移が20個あっても、30個あっても、切除できるのであれば切除するという施設もあったという。しかし、多発する肝転移に肝切除術を行っても、再発率は非常に高かった。
化学療法で肝転移が縮小し 手術が可能になるケースも
「大腸がんの肝転移に外科的に立ち向かうのには限界があるな、とみんなが感じ始めていた頃、化学療法が大きく進歩しました。欧米で*FOLFOXが登場し、それが日本でも使われるようになったのです」
FOLFOXの登場以降、大腸がんの化学療法は急速の進歩を見せた。分子標的薬も次々と登場し、化学療法でがんを縮小させることができる時代に突入した。「化学療法が進歩することで、外科的には手を出せなかった大きな転移や、肝臓全体に広がったような転移も、抗がん薬が効いてがんが縮小し、手術が可能になるケースが出てきました」
こうしたことが背景となって、新しい治療戦略が登場してくることになった。手術可能な肝転移の患者さんでも、すぐに手術を行うのではなく、まず化学療法を行って、がんを小さくしてから手術を行うという方法である。
「手術の前か後に、化学療法を組み合わせる治療が注目されるようになっています。術後の化学療法については、行ったほうがよいことが、多くの臨床試験で明らかにされています。ただ、術前の化学療法に関しては、まだきちんとしたエビデンス(科学的根拠)は得られていないのが現状です」
ヨーロッパでは術前の化学療法が行われているが、それによって生存期間が延長するかどうかは、まだ明確にはなっていないのだという。
*FOLFOX=5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)+エルプラット(一般名オキサリプラチン)
ボーダーラインの患者さんに 術前術後の化学療法を実施
がん研有明病院では、肝転移のある大腸がんの患者さんを対象に、2010年から新たな戦略による治療を実施し、それ以前(2006~2009年)の治療成績と比較する研究を行っている。
がん研での2009年までの治療方針は、治癒的切除が可能な場合には、転移巣の数に関わらず積極的に肝切除手術を行うというものである。これに対し、2010年からは、患者さんを「切除可能」「ボーダーライン切除可能」「診断時切除不可能」という3つのグループに分け、それぞれに次のような治療を行うことにした。
●切除可能(肝転移が3個以内で、大きさが5㎝未満):比較的簡単な転移なので、まず切除手術を行い、術後補助化学療法(FOLFOX)を行った。
●ボーダーライン切除可能(肝転移が4個以上または大きさが5㎝以上):手術で切除できなくはないが、手術をしてもすぐに再発が起きそうなケースである。これは術前補助化学療法の対象とし、術前術後に補助化学療法(FOLFOX+分子標的薬)を行った。
●診断時切除不可能(診断時に切除不可能な肝外病変があるか、肝切除後に残肝の容積が不足する場合):化学療法(FOLFOX/*FOLFIRI+分子標的薬)を行い、がんが縮小して切除可能になった場合には切除手術を行った。
2010年以降はこのような治療方針に統一し、治療を行ってきた。術前化学療法には、いい面もあるし、問題となる面もあるという。
「肝臓に転移しているがんが小さくなれば、切除に余裕ができるので、より確実に取れると考えられます。しかし、その一方で、化学療法を行うことで肝臓の予備能が低下するという影響があります。また、小さながんが画像検査で見えなくなることがあります。見えなくなっても、細胞レベルではがんが残っている可能性が高いので、そこを切除するのですが、見えない相手を正確に切除するのは非常に難しいのです」
新たな戦略で治療を実施する中で、こうした問題点が明らかになってきたという。
*FOLFIRI=5-FU+ロイコボリン+イリノテカン(商品名カンプト/トポテシン)
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