妻と共にがんと闘った追憶の日々

君を夏の日にたとえようか 第4回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2020年4月
更新:2020年5月

  

架矢 恭一郎さん(歯科医師)

かや きょういちろう 1984年国立大学歯学部卒。1988年同大学院口腔外科第一終了。歯学博士。米国W. Alton Jones細胞生物学研究所客員研究員。1989年国立大学歯学部付属病院医員。国立大学歯学部文部教官助手(口腔外科学第一講座)を経て、1997年Y病院勤務。1999年K歯科医院開院、現在に至る

 

 

顕と昂へ

君を夏の日にたとえようか。
 いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ。
                ――ウィリアム・シェイクスピア

 

 

 

 

 

第二章 1次化学療法

3.治療:FEC療法

必死でFEC療法の副作用と闘う

投薬から2週間後に白血球数がボトムに達する。ほかの副作用もピークになるのだろう、口の中が荒れた感じだという。覗いてみるとカンジダ症が認められたので、抗真菌剤を持ち帰って、舌で口腔内全体に塗りつけるようにと説明した。熱発や胸やけを訴えることもあった。

副作用が酷くなって、10月末の週末に予定している長男の学校の文化祭のための京都行きと、11月23日の姪っ子の結婚式出席のための東京行きは大丈夫だろうかと心配していた。

FEC療法が1クール終了した時点でのエコー検査で、恭子の乳房の原発巣は大きくなっていない。増大が止まったのだ、抗がん薬が効いている。腋窩(えきか)リンパ節の転移巣は小さくなっている。私の触診の感触と一致する。

「白血球の回復3,000以上を目安にして、FECは3週おきに4回以上はやりましょう」と山崎先生。「早く国立がん研究センターに行って、セカンドオピニオンを聞いてきて欲しい」とも。のちにその理由がわかるのだが。

私に点滴をしてもらっていると恭子がいうと、山崎先生は、「そんなにつらいですか、自分は妻に点滴を刺すことはできないなあ」と言われたらしい。そんな呑気なことの言える状況ではない。私たちはただただ2人で、必死で治療の副作用と闘っているだけだ。選択の余地はない。

朝一番に病院に駆けつけ、血液検査を受けて乳腺外来で延々と待って診察を受け、外来化学療法室で実際にFECの点滴を受けるのは12時前から1時半くらいまで。過酷なスケジュールだ。元気な者でないと治療さえ受けられないように思う。

制吐剤は腸の動きを止めるので、便秘がちな恭子は3日目までで止めようと考えたらしい。「氷と保冷剤、お茶を持って行っていてよかった」という。足の爪への抗がん薬のダメージと頭髪の脱毛を少しでも減らしたくて、足や頭皮を冷やし、血行を悪くして薬の影響を減らしたいのだ。女性ならではの切実な気持ちだ。

久しぶりの喧嘩

FEC療法も2回目以降は、私たちも要領がよくなった。恭子は少し何かを食べてわざと嘔吐してから薬を飲んだりした。「頭痛が酷く、全身が抜けるようにだるい。ビスホスホネート薬の点滴のせいかもしれない」と恭子はいう。鎮痛剤の座薬を入れさせて対応。

私には見えていなかった苦悩を、恭子は抱えていた。嘔吐しなくなると、FEC療法の副作用が落ち着いてきたと安堵する私は愚かだった。頭が痛くてだるかったり、口の中に違和感を感じてひりひりしたりしたそうだ。眠れなくて、入眠剤を飲んでしっかり眠ろうと工夫したりしていた。

2クール目のFEC療法から9日目、私は恭子に最低のことをしてしまった。脳裏に刻まれた後悔の念は一生忘れられない。

倦怠感を感じて苦しんでいる恭子と、本当にくだらない取るに足らないことがきっかけで、夕食のとき口論になった。久しぶりの喧嘩だった。ガチャガチャとわざと食器を乱暴に洗う私はどうかしていた。感情の抑制が利かなくなっていた。がんと闘っている恭子を必死で支えている私にも、相当のストレスとフラストレーションが溜まっていたのかも知れない。

風呂に入ろうとしていた恭子は、下着姿で洗面所の洗濯機の前に置いてある椅子にちょこんと腰かけて声を殺して泣いていた。髪が薄くなって、痩せこけて鶏ガラのようになった恭子が泣いているのを見たときの衝撃は忘れられない。

(これは、いけない! この人に金輪際このような思いをさせてはいけない)と心が震えた。

「ごめんよ、恭子。もう、絶対喧嘩はしないから、許しておくれ」

その日、自分が恭子に詫びのことばを実際口にして謝ったのかどうか、記憶は定かでない。私も泣いた。

「10月16日。久しぶりにパパとけんかして、久しぶりに泣く。ずっと泣いていなかったのかも。絶望を感じる。抗がん薬が効くとどうなるのか……。効いても仕方ないよ。早く静かに終わりにしたい。17日。自分のために生きることを考えよう」(恭子の闘病記録)

手を合わせて恭子に詫びる。ことばではなく態度で示すしかない。私の総てを恭子のためだけに捧げ尽くすしかない。

「君が涙のときには 僕はポプラの枝になる」(「空と君のあいだに」から。作詞:中島みゆき)

のちになって、数年の時が過ぎて、物事を冷静に考えられるようになって考えてみれば、患者個人のこころの中にだって迷いや葛藤が当然のごとくあるのだ。それを支えるパートナーや家族と患者の間に気持ちのずれが生ずることはあるだろう。お互いストレスやフラストレーションが限界に達して、気持ちを爆発させてしまうことだってある。ないほうがいいに決まっているけれど。

本気で穏やかに患者を支えるためには、支える者も気持ちの上手なガス抜きをしなくてはならないのかも知れない。じゃあ、どうすればいいかと問われて、答があるわけではないけれど、支える者を支えてくれる第3者が必要なのかも知れない。2人だけでこっそり頑張るというのは、無理があるのだろう。

楽しかった長男の学園祭のための旅行

長男の木彫作品。恭子が大好きなふなっしー

2014年10月25日の長男の学園祭のための京都行を目前にして、2クール目のFEC治療から2週間になる。ここ数日は熱の出方に神経質になっている恭子。祈りが天に通じて、今回は発熱しない。

10月25日、土曜日。予定通り京都に出かける。長男の学校の文化祭・作品展示会を訪れた。私も恭子も長男のことはとても気に掛けている。最初の大学で数学をやりたかったのに物理学科で合格し、意に沿わない学問にはどうしても興味がもてず、心身共にズタズタになって、七転八倒した長男。

漆や蒔絵や仏像彫刻、金工、陶芸、和紙細工、竹細工などの伝統工芸を勉強する学校に入りなおして、木彫刻を専攻して必死で頑張っている。まだまだ、自分の本当にやりたいことや将来像は見えていないのかも知れないし、精神的な安定感が盤石とは言えない。

楽しい旅行だった。帰りに京都伊勢丹で素敵な帽子を見つけて恭子に買ってあげる。恭子も気に入ってとても喜んでくれた。ウィッグの生活だからせめて帽子はいいものを選んでお洒落させてあげようと思う。

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