進行性食道がんステージⅢ(III)と告知されて

「イナンナの冥界下り」 第3回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2016年10月
更新:2016年10月

  

遠山美和子さん(主夫手伝い)

とおやま みなこ 1952年7月東京都生まれ。短大卒業後、出版社勤務を経て紳士服メーカー(株)ヴァンヂャケットに入社。約20年勤務の後、2011年8月病気休職期間満了で退職

<病歴> 2010年10月国立がん研究センター中央病院で食道がんステージⅢ(III)を告知される。2010年10月より術前化学放射線療法を受けた後、2011年1月食道切除手術を受ける。2015年9月乳がんと診断され11月に手術、ステージⅠ(I)で転移なし


退院4週間後にCT・内視鏡検査をして術前療法の評価、副作用の回復を待って手術という当初のスケジュールどおり、年も押しせまった12月28日、検査のため車で病院へ。通いなれた新大橋通りを築地中央市場前で右折していつものように駐車場に入ろうとすると、右からも左からも長蛇の車列。こんなことは初めてで、「採血してからCTだし、これじゃ予約時間に間に合わないよ、私だけ降りて先に行ってる」と、ちょっとしたことであたふたする心配性の患者さん。

幸い手際のよいガードマンさんの誘導で車はどんどん捌(は)けて予約表を示すと入庫口に誘導された。何のことはない築地市場を利用する年末の買い物客の車が院内に駐車するのを制限していたようだ。おそらくこの界隈では年末の風物詩なのかもしれないが、勘弁してよ、こっちはナーバスになってるんだから… …

「えっ、ブス?」

採血、CTを済ませ内視鏡検査。「いつも鎮静剤を使っておられますが」と問われて「食道炎が痛いのでお願いします」「はい、ブス1」「えっ、ブス?」「私も最初に聞いた時は驚いたのよ、ブスコパンという薬を使うの、ブスって言ってるんじゃないの」と看護師さん「いやいや、冗談です」と私、笑ってくれた看護師さんにちょっとほっとする。

久しぶりの食道外科G先生の外来診察室へ。内視鏡の画像はあの汚い緑色から赤っぽく変わっている。これで治っちゃったみたいに見える。「このリンパのところはあるかないか解らないくらいになってますが、時間がたつと大きくなってきますから、そうなる前に手術でとります」CTの画像を示しながら説明してくださるG先生。「僕はここ(のどの部分を指して)、皺(しわ)のところで切るからほとんど痕にならないよ」そうなんだ、

G先生とお話しているとなんでも楽勝な感じになる。「年明け13日に手術の予定を立てますが、僕1人の都合ではないので、入院日の連絡を待ってください」

初診以来、毎日が秋休みだったが、冬休みは工房で過ごすことにする。正月はお餅を少し食べた。服用していた薬も栄養剤も欠かせなかったが、半月前と比べれば格段に楽になっていた。手術後の生活は想像できないし、大手術の結果を楽観視できない性格上「もしかしたら今が一番良い時なのかもしれない」と思う。手術が少し先になるといいな、と思いながら、早くしないとあいつらが動き出してしまう、と心配もする。

手術は10時間程度の予定 これは大手術だ

予定通り13日の手術に向けて11日に入院するよう病院から連絡があった。患者IDのリストバンドをつけてベッドで待つと、病棟担当チームの3先生がこられた。問診、触診をされて「結構!」とH先生。

「点滴で栄養などを補うため、胸の太い血管に点滴用の管を装着しますが良いですか?」「放射線科の医師が血管を見ながら挿入します」うわぁ、怖そうだけど、これでビビってたら始まらない。って言うか水飲めない時やってほしかったけど、人は口から飲食物を摂取しないとだめらしい。

で、「手術前も食べられるだけ食べて、胃腸を動かしてください」看護師さんから「食道切除術をうけられるかたへ」という入院日から退院までのスケジュールが書かれた一覧表をもとに説明を受ける。麻酔科の先生から麻酔の説明。「十分気をつけますが前歯が欠けることもあります」

手術前日、こちらの都合に合わせていただき夕刻に、執刀医G先生から手術についての詳しい説明があった。胸部下部食道がん:T3N2M0 Ⅲ(III)期 から始まり手術の術式、合併症、術後の予定などについて既に面談票に事前にプリントしてあるものにさらに書き加えて、重要な点は赤ペンで記して丁寧に話していただいた。食道を切除し胃を頸部まで上げてつなぐ。腹・胸腔鏡下手術の予定だが必要により開胸・開腹となる。合併症率は50%、起こりうる合併症が書かれているがどれもかかると怖そうな重篤なものがたくさん。

発症した場合自分がどうなるのか、これまた想像できない。手術は全部で10時間程度を要する予定。長いぞ、これは大手術だ。「体位を変更する間に5分とか待たされる時間もあるんだけどね」この間に食事をとったりされるという。「焼けただれて剥げ落ちる痛みを乗り越えやっと回復してきた食道をごっそり取るなんて理不尽だ」なんて、とても言えない。ただ、ただ、よろしくお願いいたします。

その夜、G先生、病棟の先生方、食道外科M科長がそろって病室に来られた。手術の打ち合わせをして「どれ、患者の顔でも見ておくかな」だろうか、お揃いで恐縮です。看護師さんにちょっと恥ずかしいお臍の掃除もしてもらい、前日にするべきことは万端済ませて、下剤を飲む。明日の朝、便通がなかったらどうしよう。つまらないことが気になる、他に心配なことは山ほどあるのに… …

TNM分類=身体の28部位の悪性腫瘍について、病期分類に用いられる指標の1つ。T(tumor):原発巣の大きさと進展度を表し、T1~4までの4段階に分けられる。N(nodes):所属リンパ節への転移状況を表し、転移のないものをN0とし、第一次リンパ節、第二次リンパ節への転移、周囲への浸潤の有無からN3までの段階に分ける。M(metastasis):遠隔転移の有無を表し、遠隔転移がなければM0、あればM1となる。以上を指標としてstage I~IVまでの4期に分ける。記述する際にはT2N1M0のように記述する。実際には各悪性腫瘍ごとに独自の分類を定めていることが多い。

予定より3時間早く手術終了

2011年1月13日たぶん晴れ。天気については良くおぼえていないが、みみたの散歩が大変だったという話題も出なかったので雨ではなかったと思う。8時前に連れ合いが来た。がんセンターでは手術当日、家族の誰かが院内にいるように指示される。予定では10時間の手術中、大変なのは患者ではなく手術に携わるスタッフと、家族待合室で待つ家族だと思う。手術着に着替え車椅子で手術室へ向かう一般用とは少し違うごついエレベーターホールにて「お見送りはここまでです」と付き添いの看護師さん。

このフレーズ火葬場で聞くな、「くすっ」と笑ってしまう私と同じことを連想したらしい連れ合い。手術室に入ると明るく「お早うございます」の声々、中は照明がとても明るい。衝立、カーテンなどはピンクで看護師さんはパープルの衣装。同色のマスクと帽子で顔はほとんど隠れているが目元はアイシャドーがキラキラして、みんなとても綺麗だ。いやぁ、目の保養だ、ってオヤジじゃないんだから。手術台と思しきところに移る時、H先生から質問「お名前をフルネームで」「今日は何の手術を受けますか?」「はい、食道の切除と胃による再建手術です」よし、ちゃんと言えた。丸まって背骨を出している私をみて、G先生が「女性は身体が柔らかいからこういう姿勢ができるんだよね」相変わらずリラックスした雰囲気。その後は麻酔科の先生に「眠くなります」みたいなことを言われたような… … 

「麻酔が切れましたよ」と言う声で一瞬目が覚めた時はストレッチャーで移動中だった。次に目が覚めたのはICUベッドの上、ほぼ身動きできない状態だった。連れ合いと、「痛ましい感じなので」と遠慮していた義姉・姪にも「またと見られないから」と入ってきてもらい少し話す。

「G先生が手術後、経過を説明してくれたんだけど、テレビドラマのドクターみたいでかっこ良かった」と義姉「私もテレビみたいでしょ」というようなミーハーな会話。っていうかこっちが本物。「肺に放射線による癒着があって、それがちょっと想定外だったけれど他はすべて順調だったって」まともな情報もあり。予定より早く7時間で終わった。私も見たかったな「やり遂げたドクターG」。

褒められると伸びるタイプです

その夜は眠ることはできなかったと思う。夜中に背中が痛くなり、寝ている姿勢のせいかと思って身体を動かしてもらったりするが、傷の痛みはさほど感じないのに姿勢が痛いってどうよ、と考え出すとどんどん不安になる。翌午前、手術中のH先生がエコーを持って見に来てくださり、お腹の傷の痛みが背中に響いていると判明した。

背中に入っている硬膜外カテーテルからの痛み止めがその場所まで効いていないためで、点滴で痛み止めを追加することになった。実はめっぽう痛みに弱い。夕方お見えになったG先生に「お腹が痛い」と訴えるが、「痛いことしてないけどなぁ」と軽くスルーされる。

身体は四角な箱のようで首も硬くてフランケンシュタインみたい、自分の身体でない様ではあるが、腹部以外激痛というほどの痛みは確かに感じない。そして、術後の回復は薄紙を剥ぐどころではない、坂を転がる雪だるまのように、転がり落ちてはちょっとまずいが、医療の力で坂を押し上げられるかのように日に日に、目覚ましい変貌を遂げる。

酸素マスクが管になり、寝たままの姿勢で撮ったレントゲンが翌日は起き上がって撮り、ドレーンが一本ずつ抜けていく。苦しい気管支鏡を乗り切って、血の痰も頑張って吐きだす。「手術までは僕たちが頑張りますが、その後は患者さんが頑張らないとね。食道の手術をしてこれだけ身体が動かせれば良いですよ」とH先生。病棟を廻ってこられたG先生には「一番元気そうだから、急患が入ったら病棟を移ってもらうね」そんなに元気じゃないですけど褒められると伸びるタイプです。

術後に怖いのが肺炎を起こすことで、その予防と全身の回復のため起き上がって、そして歩くことが大事である。3日目から看護師さんとICU病棟の先生に付き添われて歩行訓練が開始される。痛み止めの点滴を追加して、ベッドの背もたれを起こしてスタンバイ。ちょっと前方が見づらいなぁと思っていると、私の病室では未だかつてないアラーム音が鳴って、看護師さん方が駆けつけて来た。「血圧下がってます!」そういえば目の前が真っ白だ。痛み止めのモルヒネは血圧を下げるので、起き上がったことと点滴の追加が合わさって血圧低下を招いたらしい。痛み止めの量と痛みのコントロールが微妙で、程良い頃合いを探る感じである。なにしろ痛みにめっぽう弱いので。

それでも時間をおいて、気を取り直して、よちよち歩きを始め、翌日は廊下の端まで行って戻って来た。

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