進行性食道がん ステージⅢ(III)と告知されて そして……

「イナンナの冥界下り」 最終回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2017年10月
更新:2018年8月

  

遠山美和子さん(主夫手伝い)

とおやま みなこ 1952年7月東京都生まれ。短大卒業後、出版社勤務を経て紳士服メーカー(株)ヴァンヂャケットに入社。約20年勤務の後、2011年8月病気休職期間満了で退職

<病歴> 2010年10月国立がん研究センター中央病院で食道がんステージⅢ(III)を告知される。2010年10月より術前化学放射線療法を受けた後、2011年1月食道切除手術を受ける。2015年9月乳がんと診断され11月に手術、ステージⅠ(I)で転移なし。2016年8月卵管がんの疑い。9月開腹手術。卵管がんと確定し、子宮・卵巣・卵管と盲腸の一部を摘出。9月手術結果を受け卵管がんステージⅢ(III)Cと診断。10月17日よりドース・デンスTC療法(パクリタキセルとカルボプラチンの異なる作用の抗がん薬を組み合わせた治療法)を開始し、2017年3月29日終了。


5月15日、乳腺外科K先生診察。翌週、乳腺エコー予約、次回以降婦人科採血の際、一緒に乳腺のマーカーも検査するよう指示をいただく。

乳腺エコーは負担のない楽な検査だが、残念なことに更衣室に鏡がなかった。

「かつら、ズレているといけないので」と検査室内の鏡を使わせていただいたが、行き届いていると思っていた院内にも、まだ当事者でないと気づかない課題があるのかもしれない。

翌日は運悪く外房線人身事故のためノロノロ運転の車内で立ったまま帰る。事故現場と思しき踏切を通過したあたりで、携帯に病院の代表番号から着信があった。

何だろう、何もないはずだ。昨日は乳腺エコーだけ、忘れ物もないはず、ドキドキ。混雑する車内では出られず、駅で急ぎ掛け直す。交換手さんに心当たりはない旨説明すると、主治医を聞かれる。

「では、まずS先生にお繋ぎします」

交換の方まで先生の性格を把握している。

電話口のS先生、「僕が掛けました。今会議中なので後でもう1度掛けていいですか?」

「お待ちしています」

ドキドキの用件は外来日の変更についてだった。日程を調整し「それと」と切り出す先生。

「で、どちらの病院に行かれるんですか?」間髪入れず聞き返した。

「やはりもう知ってましたか」仏の顔も3度までじゃない、2度あることは3度ある、だ。だが当てずっぽうではない、私の情報網は鉄壁だから。

S先生は7月末で、さるビール工場近くの病院に異動されると言う。魚の美味しい築地からビール工場の近くへは理想の異動コースなのか。

G先生とは違う病院なのはビール銘柄の好みで選ぶ、的な。S先生、アルコールは少々だから、量より質を選択か。

私の頭にモテ期到来

私は自称中央病院の秘蔵っ子だ。食道がんから救っていただいた。乳がんも早期に見つけてもらい、卵管がんも今のところ事なきを得ている。設備の整った専門病院で治療できた幸運もあるが、もっと大きいのは素晴らしい主治医の先生方に恵まれたからだと思う。婦人科だけであれば異動先でS先生に見ていただく道もあるが、乳腺外科は経過観察中、精神腫瘍科、そして卒業した食道外科も治療の経過は電子カルテに保存してあるはずだ。

婦人科だけ移ろうか、悩ましいところだ。落語会のついでに異動先の都内の病院を偵察に行った。築地より自宅から往復1時間ほど余計にかかるその病院は良い雰囲気で、定期検査に行くだけなら申し分ないが、再発転移があって治療に頻繁に通うとなると負担が大きい。作戦は大胆かつ緻密に検討する戦略家としてはもう少し考える時間が必要だ。

治療終了2カ月後、体調は食後のダンピングによる血圧低下が酷く、本寸法とは言えないがだいぶ回復してきた。

気になる頭髪は、もわっと伸びて、甲子園大会前の高校球児なら「床屋行って刈り上げて来い」と鬼コーチに怒鳴られそうな長さにまでなった。

この頃、私の頭にモテ期到来。もやもやと赤ちゃんのように柔らかい毛が触ると気持ちよいのだ。お友達にも触ってもらう。最初は気遣って遠慮する人も、ひとたび触ればその感触の虜「わ~柔らかくて気持ちイイ」

手作りプリンのお礼にひと触り、おすそ分けトマトのお礼にひと触り。いつも頂くばかりだったが、良いお礼ができた。そんな訳でバンダナなど被らずに過ごすことが多くなって10日程がたった夕食時、「その頭にも慣れたね」と連れ合いに言われる。

「そうさ、『美人は3日で飽きるけど、ブスは3日で慣れる』(©小朝)ってね。それに、みんな言ってくれるよ、今のままでいいんじゃないって」

「だって、他になんて言えばいいの」と言い返された。

あぁ~そうか、思いやり予算が思いっきり上乗せされていたのか。小坊主は素直だから大人の気遣いを鵜呑みにしてた。いやぁおめでたい、いや、まだおめでたくなってはいないが。

3度の手術にマルガリータ。体型も髪型も気にする様子すらなくケラケラ笑っていると、「強い」とか「頑張ってる」とか言われることが多くなった。もちろん他意はなく、誉め言葉と受け取るが、時として「あたしゃスリッパで叩かれ損ねたゴキブリかよ」と突っ込みたくなることもある。

立ち去るものだけが美しいのか。しぶとく逞しく生き残っていることを美しいと感じてくれる人が現れますように。いまさら何を期待している。

失恋じゃあるまいし

TC療法終了から3カ月、6月27日精神腫瘍科診察。現状通りの服薬をしばらく続けることとする。

翌日血液検査と乳腺外科にてエコーの結果診断。血液は下限値にあと1歩届かないが、かなり回復していた。各腫瘍マーカーも総て下限値未満で問題なし。ただ、乳腺エコーの結果、脇のリンパ節に4㎜の腫れが見受けられるため、翌週細胞診を受けることになる。何なの? またつらい目に遭うなんてあり得ない、と打ち消しながらも幾度も裏切られた思い出が蘇り、暗い気持ちになる、なんてね、失恋じゃあるまいし。

細胞診の担当はMさんの主治医だったJ先生。私の脱ぐとすごい身体は初めてご覧になるので、「ずいぶん痩せて」と気遣ってくださった。

私は「食道で痩せて、婦人科でまた痩せて」、先生が続けて「乳がんでも痩せて」とおっしゃるので「いえ、それは取った分だけ100g」

結局細胞は採取できず、しばらく様子を見ましょうということになる。脇の脂肪が全然ないのも影響し、エコーで見ながら小さいリンパに針を刺すのは他の血管を傷つける危険もあり無理しないことにした。

「しばらくたって大きくなっているようだったら」と先生。

「取れるけど悲しいです。それに脂肪がつく希望はないです」と私。

「そうですね、食道を取っているので太れないですね。でもあまり心配しないで」

そうだ、やるだけはやったし、イケメン先生の「心配しないで」の一言で失くした恋は振り返らないと決めた、意味わからんが。

がんの犠牲者は祈るばかり

昨年(2016年)8月、腹水がたまって以降ずっと休んでいたバイオリン教室のレッスンを7月から再開した。食道切除手術から9カ月遅れ59歳3カ月でスタートしたレッスンだが、乳がんで半年休み、今回も1年近く休み、腕前は遅々として上達しないばかりか後ずさりしているズリズリ音が聞こえそうだ。

手術で頑張った(頑張ったのは先生だが)ご褒美に大枚叩いた楽器代は「ちょうど食道の入院手術代くらいの金額です」と報告すると、「アメリカだったら手術室の使用料だけで1分間1万円だからね、そう考えると日本は良いよね」とざっくばらんなG先生とは治療費の話題にまでなったことがある。

どうなるオバマケアのアメリカと違い日本は国民皆保険制度なので、基本的には健康保険が適用される。食道がんで退職するまで、私は職業婦人であった。何を隠そう開業はしていないが、がんと闘う社労士である。

おまけに高校家庭科4級だって持っている。在職中は社会保険関係の事務もしていたので、自分の請求は〝いとちょろ〟で手続きした。

入院治療期間は繰り越し分も含めて40日残っていた有給休暇を消化。その後の休職期間中は健保組合から月額報酬の約3分の2の傷病手当金が1年半支給された。高額医療費の補助もあったので、この時期は経済的にはお気楽な感じで、病気の心配だけしていれば良かった。

乳がんでは手術入院時、日額5,400円の差額ベッド代が10日分かかった。負担なしを希望したが数年の間に保険適用のベッド数が減り、ベッドの空きを待つと手術が先延ばしになる可能性もあり、保険外の負担を選択した。

卵管がん入院時はすべて保険適用だったが、術後の〝ドウスンデス〟TC療法は1クールあたり5万円前後が必要との説明があった。我が家の収支日報は隠蔽体質のため公表するつもりはないが、凡そ1カ月1クールとして高額医療費制度(所得・年齢により上限が異なる)を利用しても自己負担額は多い月で3万円近くになるし、他に通院費もかかれば食事もする。知人のRさんは治療入院した病院の差額ベッド代が日額3万円超であった。

必ずしも万全の態勢で医療保険をかけている人ばかりではないだろうし、いざ病気になってみたら役立たずの保険を掛けていたという残念な場合だってある。先立つものが無いからと治療を諦めるのか。一家の大黒柱が罹患し治療が長引いたら生活はどうなる、最早わが身を一家の人柱にするしかないと切羽詰まった考えすら浮かぶ。命の重さに差はないが、貧富の差は歴然とあって、清くても貧しい時点で負けなのか。

標準治療ですら治療費が高額になる場合があるが、高額だからと言って命が買えるかと言ったらそうではない。私が徳川の埋蔵金を隠し持っていても、医学的根拠のない高額治療は祈祷師のおまじないみたいで選ばないだろう。ならば医学的根拠のあるがんのリスクファクターは減らしましょうね、タバコ族の先生方。ものさしは金尺(かねじゃく)だけ使ってちゃダメでしょ。

以前連れ合いが粗忽にも自損事故を起こしたときお世話になった、近所の自動車修理工場のオーナーに食道がんが見つかったと聞いた、食道がんは私1人で十分なのに。

化学療法を始め口内炎が酷いとのこと、私が病院で入手した冊子「困ったときの食事のヒント」を参考にと届ける。がんは家族の病気でもあるというが、奥さんもつらそうで、酒やタバコがいけなかったのかとか、手術は避けたいとか、そして担当の女医先生と相性が良くないとか。合コンだってベストマッチの相方が常に見つかるわけではないし、様々な点で病院間の差異もあるだろうし、全国の病院にダ・ヴィンチ君が待機してもいない。

北の大地に転任したG先生は、たまに僻地で当直をしているらしい。TVドラマに登場するカッケー! ドクターばかりか、お医者さんが居ない地域すらある。獣医学部でどのような人材が育成されるかはわからないが、どうか多くの人を救わんとする高い志を持った若者が育つ人間教育が行われるように、時の為政者による真っ当な、寄生じゃなくて施政がなされますように、と、がんの犠牲者は祈るばかり。

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