なぜ玉川温泉に全国からがん患者が集まるのか 鎌田實の癒し探索ルポ “奇跡の湯” 玉川温泉の至福

撮影●板橋雄一
発行:2004年11月
更新:2019年7月

  
鎌田實さん

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒。長野県茅野市の諏訪中央病院院長としてがん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組む。チェルノブイリ原発事故で重症の白血病になった子どもたちを救う医療活動にも参加。今年の7月にはイラクの子どもたちの医療援助にも参加した。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社)がベストセラー。近著『雪とパイナップル』(集英社)も話題に。

秋田・玉川温泉。がん患者なら誰もが一度は聞いたことのある名称でしょう。口伝で“がんが消えた”、“末期がんが治った”と広まり、今やこの“奇跡の湯”を目指して日本国中からがん患者が集まる、つとに名高い温泉です。それにしても、この“奇跡”は本当なのでしょうか。なぜ、がん患者がひきも切らず集まるのでしょうか。「がんばらない」けど「あきらめない」ドクターの鎌田實さんがその秘密を探る旅に出ました。


源泉から沸いた摂氏98度の熱水がこの湯の川を通って玉川温泉の大浴場に流れ込んでいく。湯煙がもうもうと……
源泉から沸いた摂氏98度の熱水がこの湯の川を通って
玉川温泉の大浴場に流れ込んでいく。湯煙がもうもうと……

そこはぽっかりと緑が剥ぎ取られて、白っぽい砂と灰色の岩が折り重なった荒涼たる世界が広がっていました。そこここから、もうもうと火山のような噴煙が噴き出し、中央を流れる小川には、黄色い沈殿物が怪しく揺らいで見えます。緑といえば、わずかの隙間を見つけるようにぺんぺん草のような雑草が生えている程度です。四方を取り囲んだブナの深い緑の帯とは対称的に、この谷間はまさに「賽の河原」さながらの光景でした。

こんなところに、なぜがん患者が魅かれるのか。なぜ集まるのだろうか。ここに一歩踏み込んだぼくは、その眼前に広がる自然の荒々しい力にただ呆然。長年抱いてきた謎はますます深まるばかりでした。

ぼくは長野で長年医者をしています。がんの患者さんもたくさん診ました。

「先生、玉川温泉というところへ一度行きたいんですが、いいでしょうか」
「玉川温泉は“奇跡の湯”って言われているけど、本当にがんに効くんでしょうか」
いつの頃からか、がん患者さんからこう尋ねられることが多くなりました。しかし、温泉好きのぼくも秋田の玉川温泉には行ったことがなく、それに関する知識も持ち合わせていないので、相手の患者さんに明確な返答をすることができませんでした。

温泉には医学的に含有成分による効果や温熱効果など、さまざまな効用があることは承知しています。しかし、いくら高名な玉川温泉だからといって、現代医学で「治らない」と言われた病気が「治る」というような、奇跡を起こすまでの力が温泉にあるとは、到底信じられません。それなのに患者さんの心は玉川温泉、玉川温泉といって陸奥へなびいていく。一体、玉川温泉には何があるのだろうか。本当にがん患者ばかりが集まっているのだろうか。その秘密を探りたいと思っていました。そしてここにようやく、長年の謎を解く旅が訪れたのです。

奇妙ないでたちの人々

玉川温泉は、その昔は馬も通れないような深山幽谷の地にある秘湯中の秘湯だったようです。今でもその面影はありますが、新幹線ができてから地の利は俄然よくなっています。東京から田沢湖まで秋田新幹線で約3時間。さらに田沢湖駅からバスに乗り換え、玉川温泉まで1時間弱という便利さです。

田沢湖近辺のスポーツ店で、がん患者に評判の“岩盤浴”用のグッズを買い揃えました。車中で読んだ玉川温泉ガイドブックに岩盤浴のことが書かれてあったのです。

温泉に着くと、ナップザックを肩にかけ、ゴザを脇に抱えた奇妙ないでたちの人たちがわき道へ入って歩いていました。1人客らしい初老の男性、中年夫婦らしきカップル、家族と思しき3人連れと、さまざまです。彼らの後をついて行きました。そしてそこで見たのが冒頭の光景だったのです。

玉川温泉の源、大噴。湧出量は日本一を誇る
玉川温泉の源、大噴。湧出量は日本一を誇る

途中で「大噴」という源泉に出くわした。毎分9,000リットルという日本一の湯量が98度で噴き出していました。PH1.2という日本一の酸性温泉です。皮膚病によく効きます。しかし強酸性温泉のため「湯ただれ」という皮膚病がおきることも多い。化学的炎症がおきて白血球が刺激されて、免疫力が増加する可能性があるかもしれないと思った。大噴の周辺にも何人もの人が寝転んでいました。岩盤浴へ行く人々の通路です。この道でゴロゴロ寝て蒸気を吸っている人たちは、多分肺がんの方たちだと思います。ここの空気はラジウム放射の濃度が高いといわれています。道端でゴロゴロしている人々の光景に初め驚きましたが、地獄谷のほうへ歩いていくと、さらに不思議な光景が広がっていました。

その辺り一帯のほぼ中央に緑の屋根のテントが3つ建てられています。テントの中を覗くと、何人もの人がゴザを敷き、体にタオルケットをかけて横たわっています。すでに立錐の余地もなく、入り口で順番待ちしている人も。これぞ岩盤浴です。岩盤に横たわっているだけで、地底のマグマから伝わる50度前後の熱に、天然記念物になっている北投石と呼ばれる石から出る微量の放射線の効果により、体が芯からポカポカしてくるといいます。まさに入浴と同じような感じです。そこから岩盤浴の命名。北投石は温泉成分の硫酸バリウムと鉛が層状に堆積してできた石だそうです。台湾の北投温泉と玉川温泉にしかありません。

よく見ると、テントの中だけではありません。周囲のあちこちで、ゴツゴツした岩の、ちょっとした平らな隙間を見つけては、やはり同じような格好でたくさんの人が寝転がっています。微量の放射線は細胞を活性化させる「ホルミシス効果」があると信じられています。もう一つは自然の温熱療法として期待されているのかもしれません。

病気を治す気持ちになる

山形から来た桜井登さん(右)に誘われて岩盤浴初体験する鎌田實さん
山形から来た桜井登さん(右)に誘われて
岩盤浴初体験する鎌田實さん

折角来たのでテントの前で待つことにしたら、隣の待ち人から声をかけられました。

「あんたはどこさ悪いの? こりゃあ、随分と時間がかかるべ。向こうにもっとポカポカすっところがあっから行ってみーべ?」

山形なまりが強く残った、人懐っこそうな桜井登さん(69歳)という人です。その人に誘われてテントから少し離れたところで2人並んで岩盤浴をすることにしました。しばらく寝ていると、確かに岩の底から熱が伝えられ、背中がほかほかしてきます。桜井さんはかなりの痩身ですが、それにはもちろん理由があります。

「一昨年8月、県立病院で食道がんの手術をしたんです。告知されたときは一番ショックだった。頭がパニックになってしまって……」

食道を切除すると、胃を持ち上げて代用食道にするが、術後食べるのに苦労する人が多いようです。桜井さんもそうした1人です。桜井さんは土建業を営んでいたこともあり、もともと細身ですが、以前に比べて10キロも痩せて、現在体重は40キロほどだそうです。

ただ、手術は成功したものの、がんは再発に注意する必要があります。近所の乳がんになったおばさんが玉川温泉へ行って10数年も生きていることを桜井さんが聞き込んだのは、そんなときです。

千葉県から来たテニス仲間、サウナ仲間の仲良し3人組。左の2人が大腸がんで「再発防止目的」だそう
千葉県から来たテニス仲間、サウナ仲間の仲良し3人組。
左の2人が大腸がんで「再発防止目的」だそう

「それで行きたいと思い、同じ病院の手術仲間に連れてきてもらったのが最初。今回は1人です」
寂しくない? と尋ねると、
「全然。心細くもない。それよりも、今は家ばかりにいるのでそっちのほうが寂しいね。お酒が好きでね、量はそれほどでもないが、毎日飲んでた。宴会部長でみんなを話術で笑わせるのも好きだな。だから手術直後は死んだも同然だった。ここへ来ると、病気を治すんだという気持ちになる。そして何日かいると、元気になったという感じがするんです」

このように、がんを治すという気持ちになる、気力がわくと答えてくれた人は、ほかにもたくさんいました。どうやらここには旅人、いや湯治人を元気にさせる何かがあるようです。それは一体何だろうか。雨上がり後の鈍色の空と同じように、ぼくの頭の中もまだどんよりとした曇に覆われたままでした。

NHKの番組が火付け

玉川温泉の大浴場。温かい湯、熱い湯、打たせ湯、蒸し湯、寝湯など、さまざまな種類の温泉がある。古びた重厚な造りが印象的。
玉川温泉の大浴場。温かい湯、熱い湯、打たせ湯、
蒸し湯、寝湯など、さまざまな種類の温泉がある。
古びた重厚な造りが印象的。

何人にも声をかけましたが、確かにほとんどががん患者か、付き添いの家族か友人でした。

「末期がんで医者から見放された人がほとんど。観光なんかで来ている人は1人もいないよ」
もう7年にもわたって毎月キャンピングカーで夫婦でこの玉川に療養に来ているという、青森在住の山崎郁夫さんの話です。

玉川温泉支配人の工藤さんもそれを否定しません。
「ここ玉川には宿泊施設が3カ所ありますが、全部合わせて年間約30万人の湯治客が訪れます。調査したわけではありませんが、その7、8割はがん患者さんでしょう。北海道から沖縄まで、最近は韓国や台湾、アメリカなどからもやってきます。温泉ですから、本来なら“まず入浴ありき”ですが、最近は“まず岩盤浴ありき”になっているのがその証しと思います」

もっとも、玉川温泉も、最初から“がん患者の温泉”であったわけではありません。江戸時代、この地は硫黄の採掘所でした。それを温泉地として開発したのは関直右衛門という人で、昭和初期のことです。頑固な皮膚病に悩まされていた関青年がここの湯で治したのがきっかけとか。ですから最初は皮膚病のほか、リウマチ、神経痛、ぜんそく、小児マヒなどにいいことで知られるひなびた湯治場だったのです。

「がん患者さんが多くなりだしたのは10年ぐらい前からですね。NHKのドキュメント番組で取り上げられてからです。それが次々に口コミで広がっていったのです」 工藤さんはそう言います。テレビで取り上げられたのが、この玉川温泉の岩盤浴です。ここから口伝てで尾ひれを広げながら次第にがんと岩盤浴の関係が強化されていったようです。こうして温熱効果と微量の放射線効果でがんが縮小、消滅するという岩盤浴神話が生み出されたものと思われます。

ゴザとタオルケットを持ってテントに向かう湯治客
ゴザとタオルケットを持ってテントに向かう湯治客

しかし、これは医学的、科学的には何の根拠もなく、あり得ない話です。岩盤浴を終えた1人の男性がゴザを巻きながら独り言をポツリと吐きました。「温泉でがんがよくなるわけないよ。1年も通ったけど、がんはよくなっていない。気休めさ」。その独り言が聞こえたとき、ぼくは「あっ、そうだ。気休めなんだ。がんという得体のしれない敵と闘うとき、この気休めが必要なんだ」と思いました。がんはほとんど治らない。でもまれに良くなることもある。気休めが効いているのかもしれない。それでいいじゃないか。

たとえば確かにがんの温熱療法という治療法がありますが、実はこの方法は、温度コントロールが非常に難しく、いまだに良好な成果が上がっていないのです。というのは、がん細胞が死滅するのは42度以上ですが、43度になると正常細胞までやられるので、腫瘍部分をその間の温度にコントロールしなければならない。それが技術的に困難なのです。こうした温度制御が自然の力でなし得るとはとても思えないからです。


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