がん闘病中の「知の巨人」VS「がん検診の伝道師」 がん徹底対論・立花 隆(評論家) × 中川恵一(東京大学病院放射線科准教授)

撮影:板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2010年11月
更新:2019年7月

  

がんの症状が出たときにはすでに進行中なのです

政治・経済から医療・宇宙まで、多彩な分野で評論活動を続け、「知の巨人」と言われる立花隆さんは、現在、東京大学病院で膀胱がんの治療を受けている。その東大病院放射線科准教授として放射線治療をリードし、緩和ケア診療部長を兼務しているのが、中川恵一さんである。おふたりにがんについて徹底対論していただいた。

 

立花 隆さん


たちばな たかし
1940年、長崎市生まれ。1964年、東京大学文学部仏文科卒業、文藝春秋に入社。その後、東京大学文学部哲学科に学士入学した後、ジャーナリストとしての活動を開始する。1974年、月刊『文藝春秋』に田中角栄首相失脚のきっかけとなった「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表し、ジャーナリストとして不動の地位を築く。現在は、政治・経済から生命・宇宙論まで、幅広い分野で評論家として活躍中。2007年暮れ、膀胱がんの手術を受ける。近著に『天皇と東大 大日本帝国の生と死』(文藝春秋)『滅びゆく国家』(日経BP社)など多数

 

中川恵一さん


なかがわ けいいち
1960年東京生まれ。1985年東京大学医学部卒業、同年東京大学医学部放射線医学教室入局。1989年スイスPaul Sherrer Instituteに客員研究員として留学、1993年東京大学医学部放射線医学教室助手、1996年専任講師、2002年准教授。2003年東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部長(兼任)。近著に『死を忘れた日本人』(朝日出版社)『がんのひみつ』(朝日出版社)など多数。厚生労働省「がんに関する普及啓発懇親会」座長、同「がん検診企業アクション」アドバイザリーボード議長、日本放射線腫瘍学会理事

がん治療を重ねていくとがんが手強くなっていく

立花 本日は私が膀胱がんを治療している東京大学病院で、放射線治療を担当されている中川さんに、私の事務所まで来ていただき、私のがんも含めて、がん医療のさまざまな問題をお話しいただくわけですが、がん治療にはさまざまなケースがありますね。それからがんは苦しむというイメージがある。

中川 基本的には、がんという病気は、適切な治療を行えば、最後まで普通の生活ができ、案外苦しまないものです。とくに高齢者で、積極的な治療をしないような場合はとりわけそうです。逆に、若いがん患者さんで、どんどん治療をする場合、ある薬が最初は効いていても、どこかで効かなくなる。次の薬しかない。そうやってA、B、Cという抗がん剤を次々に使っていく。これを繰り返していくと、薬に強いがん細胞が生き残っていくので、次第にがんの攻撃性が上がってきます。たくさん治療をした人のほうが、最後はつらい症状に苦しむことが多いように思います。

立花 ぼくはまだそこまでいっていないから(笑)。

中川 実は立花さんのCT(コンピュータ断層撮影)画像を見せていただきました。いまのところ再発兆候はまったくないと思います。ただ再発兆候がないというのは、がんがまだ検査でひっかかる大きさではない、という可能性もかなりあります。がんの大きさが1センチにならないと、がんの専門医としても、明確にがんだと診断できないのです。1センチ、2センチのがんが見つかったとき、過去にさかのぼって調べると、5ミリぐらいの段階で、「ああ、これががんだったんだ」とわかるのです。ですから、立花さんのがんにもそういうことがないとは言えない。

韓国のがん登録は100パーセント

立花 最近は5ミリの段階で見つけられるケースも結構あると聞きますが。

中川 まだ少ないと思います。どちらかといえば、5ミリで見つかるのは偶然ですね。前立腺がんなどは、PSA(前立腺特異抗原)という腫瘍マーカーがありますから、PSA値が上がれば、生検を行います。前立腺がんの生検は、20カ所ぐらい、片っ端から針を刺して診断し、画像診断では見つからない小さながんも見つけるようにしています。ただ、あまり気にしなくてもいいがんもあります。80歳を過ぎた男性の4割に前立腺がんが存在しますし、60歳過ぎの女性は100パーセント、甲状腺がんを持っています。

立花 100パーセント!

中川 なぜ60歳過ぎの女性に甲状腺がんがそれほどあるのか、まだよくわかっていませんが、少なくともほとんどの女性は、甲状腺がんがあっても、人生に何ら影響はありません。いわゆる天寿がんですね。前立腺がんにもそういう面はあります。
今年2月に厚生労働省の役人と韓国に行きました。韓国はいま、がん検診ブームで、がんに対する対策が非常によくできています。がん登録というものがあります。これはがん患者さんのすべての情報をデータベースとして管理し、がん対策に役立てていくものです。そのがん登録が韓国はほぼ100パーセント行われています。

立花 がん登録は日本でも行われ始めたと聞きましたが。

中川 始めてはいますが、網羅性がありません。まだ20パーセントにも達していない。

立花 がん登録を行う主体は地方自治体ですか。

中川 まず病院ごとです。とくにがんの場合は、厚労省が決めた、がん診療連携拠点病院があり、そこで登録を行っています。それを都道府県でまとめて、最終的には国が管理するという形になっています。韓国では住民登録番号をベースにがん登録を行っていますから、日本とは大きく違います。
また、韓国では法律により、がん登録は個人情報保護法の範疇外と定められています。それに比べて、日本ではがん登録自体が法律違反だという見解を示している自治体もあります。ですから、個人情報保護法ができたことによって、がん登録をやめた自治体もあるほどです。韓国では、がん検診も盛んで、現在、検診率は53パーセントに達しています。

がんの早期発見にはがん検診が欠かせない

立花 それはどのがんについて行われているのですか。

中川 胃がん、肝臓がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんです。

立花 韓国のがん検診は有料ですか。

中川 子宮頸がんは基本的に無料です。また、所得の上位50パーセントと下位50パーセントでは支払いが違い、下位50パーセントは無料でがん検診が受けられます。上位50パーセントは1割負担です(子宮頸がんは無料)。この1割負担は、日本の健康保険を意味します。韓国ではがん検診を健康保険で行っているのです。日本では人間ドックは基本的に個人負担ですね。
要するに、韓国では、がん予防の部分とがん治療の部分を、一元的にやっているわけです。これは重要なことです。私は今年で医師になって26年目になりますが、20年ぐらいは検診のことなど、まったく考えていませんでした。というのは、医師にとって予防というのは、基本的に病院で行う行為ではないからです。検診にしても、人間ドックにしても、健康保険証を使う医療行為ではないのです。ですから、多くの医師は検診について関心がありません。
がんは症状が出たとき、進行がんとなります。早期がんの段階で発見するためには、症状が出てから病院に行ってもダメで、自分が元気なときに、定期的に検査を受ける必要があります。がんを早期に発見するためには、がん検診は必須です。

1センチ程度のがんは症状が現れない

立花 ぼくの場合、東大に「老人ドック」ができたというので、試しに受けてみるという雑誌の企画で行きましたが、あの老人ドックのコースの中に、がん検診に相当するものは、どれくらい入っているんですか。

中川 かなりあります。CTは肺炎なども見つけることができますが、がんも見つけることができます。ですから、CT検査にはがん検診の要素も入っています。

立花 CTにもいろんなCTがありますね。解像度も違いますし、スパイラル式に撮るものもあります。そのやり方によって、がんの発見率も相当違うと思います。老人ドックでやるCTは、どの程度のグレードですか。

中川 かなり上のレベルです。肺がんなど、1センチのがんなら、十分発見できます。

立花 1センチのがんだと、症状は?

中川 まったく出ません。

立花 ぼくは膀胱がんで症状がまったく出なかったケースですが、膀胱に限らず、いろんながんで、1センチ程度だと、ほとんど症状は出ないんですか。

中川 ほぼすべてのがんで、1センチなら症状は出ません。

立花 あっ、そうなんですか。

中川 ですから、がんを早期に見つけるためには、症状が出るのを待ってはいけません。元気なときに定期的に検診を受けることです。私たちの身体には、毎日多数のがん細胞ができていて、その都度免疫細胞が殺していることを忘れてはなりません。

立花 検診の場合、本当はがんではないけれども、がんという判定が出てしまうケースがありますよね。

中川 臓器にもよりますが、がんでないのに、がんと診断する危険は、それほど多くはないです。怪しい場合は生検をしますからね。ただ、治療をしなくていいようなおとなしいがんを見つけてしまうリスクはあります。

立花 CTだけでがんと判断することはなく、怪しい場合はその次のステップの検査を行うわけですね。

中川 CTの画像で9分9厘がんだと判断することもありますが、判断がつかない場合もあります。肺がんの場合、原発性のがんか、他の臓器から転移したがんか、わからないケースがあります。そういうときは、病理医に判断を委ねます。


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