ワイス・オンコロジーセミナー「これからのがん治療薬」リポート
ここまで進んでいるがんの分子標的薬の開発
ジェイ・マーシャル・
ファインゴールド氏
2005年11月初旬、ニュージャージー州マディソンに本社を置く世界有数の製薬会社、ワイスの日本法人ワイスが、「これからのがん治療薬」と題して新聞・雑誌メディア向けにオンコロジーセミナーを開催した。
セミナーには急遽米国ワイス社からグローバルメディカルアフェアーズ担当アシスタントバイスプレジデントのジェイ・マーシャル・ファインゴールド氏が参加し、同社の抗がん剤研究開発の最前線を発表したのでその報告をしよう。
『低分子製剤』『生物学製剤』『ワクチン』の3分野をカバー
米国ワイスでは、これまで婦人科、中枢神経、抗菌剤、抗炎症、筋・骨格、抗がん剤などの領域で医薬品の開発を精力的に行ってきた。毎年12から15項目の分子化合物を研究開発テーマに掲げて開発に取り組み、その研究開発費は、2004年で24億ドル(約2700億円)に達している。10年前に比べて3倍もの投資だ。ワイスがこの研究開発にいかに力を注いでいるかは、最近アイルランドに18億ドル以上の投資をかけて巨大な生物学製剤の製造施設を建設しているのをみるだけでもうかがい知れよう。
また、ワイスがユニークなのは『低分子製剤』『生物学製剤』『ワクチン』という3種類の分野で医薬品を作っていることだ。医薬品業界では、この3種類の製品をすべて持っている企業はどこもなく、ワイスだけである。
こうした中で、ワイスは最新の分子技術を活用して、各種の抗がん剤、なかんずく分子標的薬の開発を進めている。とりわけ力を入れているのは、(1)抗体結合化学療法剤、(2)微小管阻害剤、(3)細胞シグナル伝達阻害剤、の3つの領域で、各領域において、少なくとも2つ以上の開発を進めている。
がんをめがけて攻撃する療法が実を結んだ
化合物 | ステージ |
---|---|
CMA-676 | 第4相試験 |
CMC-544 | 第1相試験 |
CMD-193 | 臨床試験準備中 |
この中で、第1号の成果を上げたのが、マイロターグ(一般名ゲムツズマブオゾガマイシン)と呼ばれる、これまでにはない新しいタイプの抗がん剤だ。先述の抗体結合化学療法剤に属している。2005年7月に再発または難治性のCD33陽性の急性骨髄性白血病(AML)の薬として承認され、9月に新発売されたばかりだ。
急性骨髄性白血病は、白血病全体の約55~65パーセントを占め、中高年以上に多く発症する。未成熟な白血球の芽球細胞である白血病細胞ばかりが急激に増え、赤血球や血小板の正常な増殖が阻害される。そのため血液は本来の役割を果たせなくなり、貧血や感染症、出血などが起こる。発見が遅れるとしばしば生命にかかわる。
この急性骨髄性白血病患者では、80パーセント以上で白血病細胞および正常細胞の表面にCD33抗原と呼ばれる物質が発現している。そこで、このCD33抗原を標的とした抗体を遺伝子組み換え技術で作り、これにカリケアマイシンという抗腫瘍活性の高い抗生物質を結合させて、新しいタイプの抗がん剤を開発した。
カリケアマイシンは米国テキサス州のカリーチ粘土土壌サンプル内のバクテリアからワイスの研究者が発見したもので、細胞のDNAに結合しアポトーシス(細胞死)を誘導し、これまでの抗がん性抗生物質よりも優れた効果を持っていることが判明。この抗体部分は、白血病細胞に発現しているCD33抗原に結合し、細胞に取り込まれるとカリケアマイシンの殺細胞効果が発揮されるという仕組みだ。
抗体結合化学療法剤では、このほかにも、「CMC-544」(抗CD22抗体-カリケアマイシン)、「CMD-193」(抗-ルイスY抗体-カリケアマイシン)と呼ばれる抗がん剤が開発され、前者は現在第1相試験の段階で、後者は臨床試験準備中である。
革新的な分子標的薬を求めて今後も継続的に開発が進む
化合物 | ステージ |
---|---|
MST-997 | 第1相試験 |
TTI-237 | 第1相試験 |
[細胞シグナル伝達阻害剤]
化合物 | ステージ |
---|---|
TORISEL | 第3相試験 |
HKI-272 | 第1相試験 |
SKI-606 | 第1相試験 |
MKI-833 | 臨床試験準備中 |
(2)の微小管阻害剤でも、有力な抗がん剤が開発されている。「MST-997」、「TTI-237」と呼ばれるものだ。微小管はタンパク質でできた小さな管で、細胞骨格の1種。細胞分裂に不可欠なもので、これが阻害されると分裂が上手くいかずアポトーシスが誘導され、がん細胞が死滅する。肺がんや大腸がん、乳がんなど、さまざまながんへの効果が期待され、現在いずれも第1相試験段階である。
(3)の細胞シグナル伝達阻害剤では、4種類の抗がん剤が開発されている。このうち、最も進んでいるのがmTORキナーゼ阻害剤のトーリセル(一般名テムシロリムス)と呼ばれる薬で、現在第3相試験の段階だ。細胞内の増殖メカニズムを阻害してがん細胞の増殖を抑えるもので、この領域初の薬だ。乳がんや腎がん、悪性リンパ腫に効果が現れ、ことにマントル細胞リンパ腫での奏効率は高い。
このほかにも、分子標的薬のハーセプチンやイレッサと同じ仲間のerbB-1(EGFR)及びerbB-2(HER2)キナーゼ阻害剤「HKI-272」などが第1相試験段階である。
このように、ワイスでは、次代の革新的な分子標的薬が次々に開発されている。
マイロターグ
抗体と化学療法剤を結合した新しいタイプの抗がん剤。遺伝子組み換えによって作成したヒト化抗体にカリケアマイシンという抗腫瘍活性の高い抗がん性抗生物質を結合させている。静脈内投与され、細胞内に取り込まれるまでは血液中で安定しているが、抗原に結合し細胞内に取り込まれると殺細胞効果を発揮する。新規化合物としては10数年ぶりの登場となる。
ワイス
1926年、アメリカンホーム・プロダクツ・コーポレーションとして設立。前身は1850年代に薬剤師のジョン・ワイスとその弟のフランクが英国のロンドンで『ジョン・ワイス&ブラザー』という小さな薬局を創業したのが始まり。本社はニュージャージー州マディソン。製薬事業部門の本社はペンシルベニア州フィラデルフィアのカレッジビル。現在、世界125カ国で操業しており、従業員は日本法人ワイス(株)を含めて約5万2000名。
同じカテゴリーの最新記事
- 世界に先駆け初承認された分子標的薬ロズリートレクの課題 共通の遺伝子変異を標的とする臓器横断的がん治療薬
- 進行・再発卵巣がんに選択肢が増える 初回治療から分子標的薬リムパーザが使える!
- 肺がんに4つ目の免疫チェックポイント阻害薬「イミフィンジ」登場! これからの肺がん治療は免疫療法が主役になる
- 肺がん薬物療法最前線―― 分子標的薬と、オプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害薬が、肺がん治療をここまで変えた!
- 第3世代タグリッソ登場で非小細胞肺がん治療はさらに進化
- 分子標的薬投入時期を「Window」で見える化 ホルモン陽性HER2陰性再発転移症例での適切な投与時期を示唆
- 非小細胞肺がん 耐性後は再生検を行い 適切なEGFR-TKIで治療する
- 深い寛解後に 70%が投薬中止可能~慢性骨髄性白血病の治療~
- 分子標的薬の皮膚障害は予防と適切な対応でコントロール可能
- 副作用はこうして乗り切ろう!「皮膚症状」