クリコさん家の「希望のごはん」~介護食を家庭料理にしよう!~

第2回/全3回 〝噛めなくてもおいしく食べられるごはん〟 アイデアが次々に沸いてきた!

取材・文●菊池亜希子
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2018年2月
更新:2018年2月

  

口腔底がん手術の後遺症で「噛む力」を失った夫に〝噛めなくてもおいしく食べられるごはん〟を食べさせたくて、悪戦苦闘してきたクリコさん。難題を目の前に試行錯誤し、クリームシチューという運命のメニューにたどり着いたとき、霧が晴れたように視界が開けた。ちょっとしたコツ、習慣の見直し、ふとしたひらめき……きっかけは、すべて日常にあった。第2回では、クリームシチューの成功から介護食攻略法の糸口を掴んだクリコさんが生み出していったアイデア料理の数々を紹介する。

噛みやすいとは? 飲み込みやすいとは?

クリコ 料理研究家・介護食アドバイザー。結婚後、元々得意だった料理を学び直し、自宅で料理教室を主宰。2011年、夫に口腔底がんが発覚してからは、夫のために「おいしく食べられる介護食」作りに取り組み、ノウハウを確立。2017年7月『希望のごはん』を上梓

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クリームシチューの成功をきっかけに、ミキサーやハンディプロセッサーで粉々にしなくても、野菜を小さく刻んでじゅうぶん煮込めば、食材の形が残っていても、夫は食べられると気づきました。そして、改めて、噛みやすいとはどういうことか、飲み込みやすいとはどういうことか、を考え始めたのです。

粉砕してドロドロにしたものは、噛みやすいのではなく、噛まなくていい、ということ。主人の場合、7ミリほどの大きさはあっても、舌でつぶせる柔らかにすれば、歯がなくても「噛む」ことができました。

では、飲み込みやすいとはどういうことか。これも、クリームシチューの「とろみ」が鍵でした。人参や玉ねぎやじゃがいもを、とろみがコーティングしてまとめ、飲み込みやすくしてくれていました。逆に、とろみがない料理だと、噛む力や飲み込む力が弱っている人の場合、いくら細かく刻んでも、口の中でばらけてしまい、喉(のど)にパラパラと落ちていってしまう。この「パラパラ落ちる」が非常に危ないのだと知りました。

喉の奥には、気管の入口に蓋(ふた)をする喉頭蓋(こうとうがい)という突起があり、食べ物は食道へ、空気は気管へ、と誘導してくれている。この誘導が間に合わず、食べ物が間違えて気管から肺に入ってしまうのが誤嚥(ごえん)。

たとえ、気管に入りかけても、むせることができれば吐き出せるが、高齢者や、嚥下力が弱い人の場合、むせられず、そのまま食べ物が気管から肺に到達、知らぬ間に誤嚥性肺炎を引き起こす危険性がある。

とろみがバラバラの素材をひとまとめにしてくれることで、ゴックンと飲み込むことができ、誤嚥を防ぐわけです。ちなみに、とろみつけに大活躍したのが、介護用ゲル化剤。「ゲル」はゼラチン(gelatin)と同じ由来の言葉ですが、仰々しくて馴染めない名前なので、私は「ゼリー化パウダー」と呼んでいます。

以前は、できた料理を一度温めて、水で溶いた片栗粉やくず粉を混ぜてとろみをつけなければなりませんでしたが、このゼリー化パウダーなら、食材に少し入れて混ぜるだけで、すぐにとろみがつくのです。

たとえば、細かく刻んだ「蒸し茄子」にポン酢で味つけしたいとき。ポン酢をかけただけでは、茄子がバラバラになって誤嚥の心配があります。そんなとき、ポン酢にゼリー化パウダーを入れて混ぜるだけで「ポン酢ジュレ」ができます。これで、とろみつけがグッと簡単にできるようになりました。

蒸し茄子のポン酢ジュレがけ

●蒸し茄子をフードプロセッサーでピュレ状にしてグラスに。ポン酢10㏄、水30㏄、ゼリー化パウダー小さじ1/2を混ぜてジュレ状にしたものを、上からかけておろし生姜を添える

クリームシチューを通して、噛みやすいとはどういうことか、飲み込みやすいとはどういうことかを私なりに把握したことで、雲を掴むようだった介護食作りが、少しずつ私の中で自分のものになってきたのでしょうか。徐々に心にゆとりが生まれました。そして、次々と調理法のアイデアや素材の組み合わせが浮かび始めたのです。

「お肉」を食べさせてあげたい

インタビュー中のクリコさん

まず、肉好きな夫に、すき焼きを作ってあげたいと思いました。薄切り牛肉を軽く焼き、すき焼きのタレを絡めて粗目にミキサーにかけて、とろみをつけてみました。そうしたら、すごく喜んでくれて。ならばと、すき焼きのタレをデミグラスソースに変えて、ハッシュドビーフにもしました。

ほかにも、しゃぶしゃぶ用の薄くて柔らかい豚肉で生姜焼きを作り、粗目に刻んで生姜焼きのタレにとろみをつけて絡めてみたり。夫は、そんな肉料理にとても喜んではくれましたが、私は、小さく刻むのではなく、見た目にもっと「お肉」とわかるものを出してあげたかったのです。

かといって、肉をそのままなんて到底出せない。でも、ミキサーにかけたり、刻んだりしたら、肉らしさはなくなってしまう……。そんな堂々巡りを続けていたとき、ふと「とんかつ まい泉」のヒレかつサンドが頭をよぎったのです。あの柔らかさの秘密は、肉の繊維を断ち切るために徹底的に叩いて広げてから、再び肉の形に戻して揚げている、とテレビ番組で紹介されていたことを思い出しました。

なるほど。ようするに、肉の繊維が切れていれば、柔らかくなるんだ、と。それならば、わが家の昔からの定番「ふわふわ鶏肉団子」があるじゃないか! これは、病気になる前から夫が好きなメニューで、鶏ひき肉に大和芋と豆腐などを加えて、手でこねた柔らかい鶏団子。鍋に入れたり、冬瓜(とうがん)や蕪(かぶら)と一緒に茹でたり、ふわふわ触感を楽しみながら、よく一緒に食べていました。

「あの鶏肉団子の肉だねをシート状に伸ばしたら、薄切り肉のような形を作れるかもしれない」

そんな思いつきから生まれたのが、鶏シート肉です。手でこねると、ひき肉の粒が残ってしまうので、まずは鶏ひき肉に大和芋と豆腐などを加えてミキサーにかけ、それを長方形の薄切り肉の形に伸ばしてラップに包み、レンジでチンして食べてみました。このとき、ふわふわ鶏団子より、さらに柔らかくするために、大和芋の分量を増やすのですが、増やし過ぎると、大和芋の香りが強すぎて「お肉」じゃなくなってしまう。配分を何度もやり直し、「お肉」の触感と香りを保ちつつ、舌だけでつぶせる柔らかさになるまで繰り返して、ついに「ふわふわ鶏シート肉」が完成しました。

ふわふわ鶏シート肉の作り方

材料★鶏ひき肉70g、綿豆腐50g、大和芋30g、玉ねぎ30g、生姜10g、マヨネーズ5g、溶き卵1/2個、麩6g、酒小さじ1、片栗粉大さじ1、塩2つまみ

作り方★ミキサーやフードプロセッサーでなめらかになるまで粉砕し、ラップにシート状に伸ばす。そのままラップで包んでレンジ加熱。保存は加熱前に冷凍庫で

最初に出したのは、バンバンジー。シート肉をレンジで加熱した後、5ミリ幅にカットして、ごまダレをかけたら、バンバンジーの出来上がり。肉の形そのままの料理を見た夫が「これ、僕が食べてもいいの?」と言ったほど、見た目もバンバンジーだったようです。口に入れて、柔らかさと風味にさらに驚く夫に、いきさつを話すと、「すごい! クリコ、天才!」って。ほめ上手なんですよ。だから、私の気持ちも、どんどん上がったのかな(笑)。

鶏シート肉ができたことで、鶏のカツ煮、鶏の照り焼きなど、メニューもどんどん増え、さらに鶏肉がいけるなら、豚肉も牛肉も、ということで、もちろん挑戦。「ふわふわ牛豚シート肉」「ふわふわ豚シート肉」も完成して、生姜焼きや焼き肉丼と、レパートリーが広がりました。

ふわふわ鶏シート肉のバンバンジー

ふわふわ牛豚シート肉の焼肉丼

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