体力が落ちてからでは遅い! 肺がんとわかったときから始める食事療法と栄養管理
肺がんは進行した状態で見つかることが多く、その時点で低体重・低栄養状態に陥っているケースが少なくない。その場合、治療に耐えられる体力や免疫力を回復しなければならず、食事は重要な役割を担う。しかし、実際は、がんと告知された患者は食べること(栄養)がなおざりになりがちだ。そこで、肺がん患者の食事療法に詳しい専門家に正しい対応の仕方を伺った。
見直されつつある肺がん患者の栄養管理の重要性
胃がんや食道がん、大腸がんなどの消化器系のがんでは、治療後の食生活に直接的な影響があるので、指導やアドバイスは行われてきた。しかし、がん患者の食事の摂り方については、肺がんを含めてほとんどのがんでは積極的治療が優先され、治療中の食と栄養は後回しにされてきた。
「ですが、肺がんなどでは、治療を受けられる体力が十分でない、あるいは治療による副作用で治療の継続が困難になりそうだというとき、つまり食欲不振や機能的に食事摂取が困難になり、低栄養状態になって体力がかなり落ちてから、私たち管理栄養士に声がかかりました。しかし、食事療法はがんと診断されてから同時に開始するのが本来で、そのほうが間違いなく、医療の質を上げることにもつながります」
こう語るのは、大妻女子大学家政学部教授の川口美喜子さんだ。日本ではまだ少ない*がん病態栄養専門管理栄養士であり、先駆けの1人でもある。
川口さんは前職の島根大学医学部に所属していたときから、「食事は治療に代われるか?!治療のほうが先だろう!」という医療界全体の風潮に対し違和感を感じ、「食事も患者を支える重要な要素であり、これを軽視してはいけない」と多くの患者・家族、医療者を対象にした学会や研修会で具体的な情報を提言してきた。
その声がやっと届くようになり、昨年(2017年)10月に日本肺癌学会学術総会に招聘され、「肺がん患者を支える食事と栄養療法」という演題を専門医らの前で講演した。
川口さんが一貫して訴求してきたことを紹介しよう。
「がん患者の栄養障害は、カロリー、タンパク質、脂肪、水分・電解質、ビタミンなどの不足状態を言います。それぞれエネルギーを作る、筋肉などを作る、ホルモンなどの原料を作る、生命維持に不可欠の代謝を調整する、など重要な栄養素です。
がん患者にこれらの栄養不足が起こるのは、大きく2つの原因があります。1つはがんの進行に伴い、がん細胞が出す物質等によってエネルギー変換、ホルモン分泌などの代謝に異常が起こる、よく言われる〝がん悪液質〟の影響です。もう1つは治療による影響で、摂食を妨げる障害(摂食障害)が起こることです」
*がん病態栄養専門管理栄養士は日本病態栄養学会が平成25年から認定制度を行っている。
現在350人ほどが認定されている。
治療前から体重の増減に目を向けよう
では、がん患者が低栄養状態になるとどんなデメリットがあるのか?
「治療を受けるときは、エネルギーを多大に消費します。不足すると脱力感や強い倦怠感に襲われたりします。また免疫力に関わっている栄養素も多く、その不足は再発のリスクも高めることにつながるかもしれません」
食欲不振や、それによる低体重や低栄養は、日常生活を平穏に送るうえで大事なQOL(生活の質)の維持に支障を来す要因にもなる。また手術、放射線治療、化学療法、その併用療法によって起こる有害事象(副作用)の重症化が起こりやすいことも、ほぼ確実視されている。
川口さんは研究の一環として、がん患者の栄養状態を知るために血液中の成分について検査を依頼して調べた。するとミネラルやビタミンを含め、がん患者では数々の栄養素の不足が顕著であったという。
「例えばビタミンB6はタンパク質の消化に欠かせない栄養で、不足すると皮ふ炎や口内炎、またエネルギー産生したり、筋肉や血液などがつくられたりするときに働くため、筋肉の低下のリスクとなります」
低栄養のわかりやすい目安は「痩せ」すなわち体重減少だ。
信頼のおける海外からの報告もある(図1)。
それによると、がんが判明した後6カ月間の体重減少を観察するとは、膵がんや胃がんなどの消化器がん患者ほど顕著ではないにせよ、肺がん患者でも体重減少が著しいことが明らかであった。全患者に占めるその割合は軽度から重度まで含めると50~60%になる。肺がん患者の半分以上は低栄養に陥る危険性がある(図2)。
食事療法・栄養管理で必用なのは「準備」と「専門家のアドバイス」
「ごはんは治療の代わりにならない」といったがん治療に対して医療者の食と栄養に対する軽視は、食事に対する患者の諦観(ていかん)にもつながっている。
「がんになったんだから、痩せるのは当たり前」
「きつい治療を受けているのだから、食べられないのは仕方がない」といったあきらめだ。
仮に患者や家族が、食事に関する相談をしても「好きなものを、好きなときに、好きなだけ食べなさい」など通り一遍の返答しか返ってこない。
「でも、それはアドバイスになっていないんです。患者は食べたくとも食べられないから、相談に来ているのであって、親身になっていないと言われても仕方がありません」
肺がんの治療も、現在は通院しながら受ける外来化学療法が増えている(図3)。
つまり食事の管理、栄養の管理も自身や家族が主体となって行わければならず、食事や栄養に関する相談の受け皿が貧弱という現状は、治療を継続するうえでも、QOLを健全に維持していくうえでも好ましくはない。
この状態について川口さんは、「肺がん患者さんは栄養との出合いが遅過ぎる」という独特の言い回しをして注意を喚起、改善を要望する。自身の栄養状態、身体状態をよく知って闘病をして欲しいという意味が込められている。それには栄養に対する患者自身の知識も必要だ。そこで患者や家族には次のようにアドバイスをする。
●がんとわかったら闘病中の食生活の準備をしよう
・「がんだから食べられないのは仕方がない」という思い込みは間違い。是正する
・がん患者の食に関する誤解、迷信を解く。肉は食べてはいけない、ブロッコリーがいいと言われればそればかりを偏食するなど、惑わされないため、がん患者の食事、栄養について、信頼のおける公的機関が発信する情報をもとに予習しておく
・受ける治療による有害事象(イベント)を理解し、自身や家族でできる対処法はないか考えてみる
・食事作りが面倒でおろそかにならないように、時短料理(短時間で作れる料理)やその方法について調べておく。作り置きしてジプロックで冷凍保管しておく、時短のできる調理器具をそろえる、患者が欲する食材が入手できるマーケットや店の場所を聞いておく
●栄養の専門家のアドバイスを受ける
・患者の食事は、現状の体力や栄養状態、治療の経過、食習慣、嗜好(しこう)などに左右される。「したがって個別の食事療法による栄養管理が必用必須です」
・その目標を立てるために医師にその旨を伝え、病院所属の管理栄養士を紹介してもらい、相談する。がん病態栄養専門管理栄養士が存在すればなおよし
・治療経過や有害事象の発生、食に関連する自覚症状などを報告し、変更することも大事
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