進行すると抗がん薬中止も。早めの対処が肝心
抗がん薬によるしびれ・痛み 有効な薬の登場で、症状の軽減が可能に
抗がん薬はさまざまな副作用を引き起こします。その1つが、手足の指先のしびれや痛みです。抗がん薬によって末梢神経がダメージを受けて起こるもので、「化学療法による末梢神経障害(C I P N:Chemotherapy Induced Peripheral Neuropathy)」と呼ばれ、“神経障害性疼痛”に分類される痛みです。やっかいなのは、消炎鎮痛薬やオピオイドなどがほとんど効かないことです。しかし最近、こうした痛みに効果のある新しい薬が登場し、症状を軽減できるケースも増えています。
意外と知られていない副作用
抗がん薬は、がん細胞だけでなく正常細胞にもダメージを与えます。このため、治療中にはさまざまな副作用が起こります。手足の指先がピリピリしびれたり、ジンジンと痛んだりする末梢神経障害もその1つです。
抗がん薬の副作用というと、多くの方がイメージするのは脱毛や吐き気。これらについては啓蒙も行き届き、対処法も進んでいます。しかし、手足のしびれや痛みについては、意外と知られておらず、かなり進行してから症状を訴える患者さんが多いのが特徴です。「このため対応が遅れがちで、なかには抗がん薬の治療を中断せざるを得なくなるケースもあります」と京都府立医科大学疼痛緩和医療学講座病院教授の細川さんは話します。
抗がん薬でなぜしびれや痛みが起こるのか
神経は、脳や脊髄(中枢神経)から枝分かれして、身体のすみずみまで張り巡らされています。その末端が末梢神経で、手や足の筋肉、皮膚などに分布しています。脳を発電所、脊髄を変電所、末梢神経を変電所で作られた電気を家庭に送り届ける電線にたとえるとわかりやすいかもしれません。末梢神経障害はこの電線のアチコチに不具合が生じて起こるもので、抗がん薬もその一因です。
では、抗がん薬はどのような仕組みで、末梢神経を傷つけ、しびれや痛みを引き起こすのか。これについてはいくつかの原因が想定されています。
たとえばその1つが、神経細胞の突起部分(軸索)にある微小管へのダメージです(図1)。微小管は、軸索にタンパク質や栄養分を送る大事な役割を担っています。微小管はがん細胞にもあり、タキサン系の抗がん薬は、それを叩くことで栄養を断ち、がん細胞の増殖を抑えます。しかし一方で、正常な神経細胞の微小管も傷つけてしまうため、微小管がうまく機能しなくなり、末梢神経障害が起こると考えられています。また、プラチナ系の抗がん薬は、神経細胞を直接攻撃することで、やはり軸索の障害による神経障害を起こします。
ただ、抗がん薬によってしびれや痛みが起こるメカニズムは複雑です。1つを抑えても、別の機序で発生することもあります。細川さんは
「研究は進んでいますが、原因が多彩で、決め手となる治療法を見いだせていないのが現状」と残念がります。
手足がピリピリ、ジンジンとしびれ、痛む
抗がん薬による末梢神経障害は、多くの場合、手足の指先の軽いしびれから始まります。症状が進むにつれて、しびれや痛みが強くなり、服のボタンがとめにくい、ペットボトルのキャップが開けられない、パソコンのキーボードが打ちにくい、手に持ったコップやお茶碗を落とすといったことが起こってきます(表2)。
しびれや痛みを表現するのは難しいのですが、細川さんによると、感覚としてよく似ているのは、長い時間正座したときに起こる、ピリピリ、ジンジンとしたしびれや痛み。ただ、正座のしびれや痛みは、しばらくするとおさまりますが、抗がん薬によるものは、薬の投与中ずっと続き、中止してもなかなか消えず、治るまで長い時間がかかることもあるといいます。
こうした症状を起こしやすい抗がん剤には、次のようなものがあります(表3)。
しびれや痛みの現れ方は、薬剤によって少しずつ異なります。たとえばプラチナ製剤の場合は、つま先にしびれがでることが多く、タキソール*では、手首から先と足首から下の部分にしびれ感が広がっていく手袋靴下型(グローブアンドストッキング)という症状がよくみられます。
いずれの抗がん薬も、投与回数と投与量が増えるにしたがって、しびれや痛みが起こりやすくなり、症状も強く、止めてからの回復にも時間がかかるようになります。これは、薬剤が蓄積し、末梢神経をジワジワと傷つけるためと考えられます。
もっとも、投与量や投与回数が多いからといって、必ずしびれや痛みが出るわけではありません。症状の発現や程度にはかなりの個人差があり、「それが予防を難しくしている」と細川さんは指摘します。
*タキソール=一般名パクリタキセル