患者にも医療者にも同様に危険な院内感染

取材・文:月崎時央
発行:2004年3月
更新:2013年7月

  
柴田清さん
「感染は起きるもの」として管理していく、と語る柴田清さん

感染管理の仕事とは何か

――柴田さんは、92年から感染管理看護婦というお立場で院内の感染症予防システムを立ち上げ、実践してこられた。ご自身も乳がん手術を経験していらっしゃるのですね。

柴田 ちょうど感染管理の仕事開始の時期に、乳がんの手術をしました。当時は勉強してきた感染管理の知識を、もう生かせないのではと、あせりましたね。手術ではリンパ節も切除しましたから、虫刺されで手が大きく腫れてしまうような時期もありました。

――感染管理とは何をすることなのでしょう。

柴田 感染管理には感染防止と管理を臨床にあわせて行うこと、感染症防止教育をすべての病院職員に行うこと、それにサーベイランスと言って、院内感染を見つけて院内感染の発生率を把握する仕事があります。この結果を使って医療の現場での対策を考え、実施し、その感染防止対策を評価するのです。

――院内感染について教えてください。

柴田 院内感染とは病院の中で起こった感染、または入院中に受けた感染のことをいいます。

――私たちは、病院は安全で清潔な場所というイメージを持っていますが、実は病原菌(多剤耐性菌など)の住処であり、リスクの高い場所だとか……。

柴田 町中より確実にリスクは高いです。長居しないほうがよいでしょうね。また院内感染の対象は患者さんだけでなく、医師や看護師など病院に関わるすべての人が含まれます。

――がんの手術や化学療法などで一時的に免疫力が下がった状態であれば、なおさら気をつけなければいけない場ということですね。

柴田 術前入院などはできるだけ短くし、手術後もできるだけ早く退院したほうがいいですね。またご自身も身の回りを清潔にするとか、ワクチンを接種しておくといったことも有効です。

汚染、保菌、感染

――ところで、感染とは具体的にどんなものなのでしょう。

柴田 世の中、とくに病院には、さまざまな病原体がいますが、3段階に分けて考えられます。まず菌などの病原体が、器具やテーブルや手についた状態、これを「汚染」と言います。これは洗えば菌は落ちます。これに対し定着=「保菌」というのは、人間の組織に菌がついて増殖する状態です。検査をすると菌が検出されますが、熱も炎症症状もなく、悪さをしていない状態です。そして「感染」は菌が増殖するだけでなく、組織になんらかの症状(熱がでる、痛みがあるなど)を起こしている状態のことです。

――では院内感染はどんな場面で起きるのですか?

柴田 一番多いものが尿路感染で、院内感染の約4割と言われています。次が手術部位感染、呼吸器感染、菌血症など、医療行為に関連して起こります。

――病院内では、病名に関係なく、みな院内感染のリスクはあるわけですね。院内感染と聞くとMRSA(耐性黄色ブドウ球菌)という菌が有名ですが。

柴田 院内感染の原因となる菌は、MRSA以外にも緑膿菌、新聞で話題になったセラチア菌など数多くあり、これらの菌は通常の環境にいて、常に感染源になりえますので、院内感染の対策の対象も、当然MRSAだけではありません。

滅菌ガウン、マスク、滅菌手袋を着けて大きい覆布を患者にかけて中心静脈カテーテルを挿入すると、カテーテル関連の感染が少なくなる

――がん患者は、がんと闘うだけでも精一杯で、さらに感染症にかかるなんて絶対避けたいわけですが、院内感染対策によってすべての感染症を予防できますか?

柴田 予防できる感染とできない感染があります。予防できる感染は「何が原因かをはっきりと明らかにすることは難しいが、院内感染が起った過程を調査し、何かを改めれば感染が防止できる場合」ですね。たとえば医療機器の消毒、滅菌の方法や機器の扱いを変更する、ケアの方法を変えることなどで改善できます。
病院の中でもっともリスクの高い場所といえばICUです。先端医療機器が集中し、処置も多い場所ゆえにリスクが高いともいえます。

――では、予防不可能なものというと?

柴田 免疫不全や免疫機能が非常に低下した人で、その人自身が通常体内に持っている菌に感染するといった場合です。

サーベイランスが最も重要

――サーベイランスとは何を調査するのですか?

柴田 感染対策を有効に行うために、患者を一定の感染症定義を使って観察し、院内感染を受けた患者を数え、発生割合を把握するのです。

――院内感染を数えるのは、医師の診断とは別なのですか?

柴田 はい。医師の診断とは別です。感染症定義で、客観的に行うほうが有効です。感染管理の目的は、感染防止プログラムを作成し、それが実行されて院内感染が減少することです。

――具体的なサーベイランスの例を教えてください。

柴田 尿路留置カテーテルを例に説明しましょう。従来はセミ閉鎖式を使用し、カテーテル交換を1週間ごとに行っていたとします。このカテーテルを閉鎖セット(挿入時の接続のいらない)というタイプに変更し、カテーテル交換を2週間ごとに行います。
この二つの方法の感染率を比較するのです。すると閉鎖セットで交換期間の長いほうが感染がおきにくいというデータが出るわけです。
「頻繁な交換にはメリットはなく、接続のいらない閉鎖セットという器具が感染防止に有効」というこの結論を現場に生かしていきます。
ここで、新しい器具や、処置のルールを取り入れることによってコストが上がってしまう場合もあれば、逆に人件費の節約になることもあります。

――なるほど。有効な感染対策であっても、あまりにも膨大な費用がかかる改革は、病院の経済面で実現が難しいというわけですね。

柴田 はい。感染対策に有効な機器や、システムにコストをかけ、無駄なものは合理化するのですが、コスト計算は、感染症にかかる人が減ることによって入院期間が短縮されることや、職員の安全が確保されるなどさまざまな要素があります。
院内感染の減少がもたらす経済効果についての評価は、単純ではありません。調査の結果を対策に反映させるまでを、サーベイランスと考えるわけです。

セミ閉鎖式カテーテル=カテーテルとランニングチューブが離れていて、カテーテルを挿入時に接続するタイプ

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