接種したい4つのワクチンとそのタイミング がん患者・サバイバーのワクチン接種
日本で最初の新型コロナ感染が確認されたのは2020年1月のことでした。その後、2021年2月にはmRNAワクチンという新しいタイプの新型コロナワクチンの接種が医療従事者から始まり、全国民にも拡大され、ワクチンへの注目度は一気に高まりました。
それとともに、副反応などの問題で世間をざわつかせることにもなりました。そこで、がん患者さん・サバイバーに推奨できるワクチンや接種のタイミングなどについて、国立がん研究センター東病院感染症科長の冲中敬二さんにお伺いしました。
ワクチンにはどのような種類がありますか?
「ワクチンは分け方にもよりますが、大きくは生ワクチンと不活化ワクチンの2種類に分けられます。この2種類の一番大きな違いは、生きた病原体の有無です。生ワクチンには生きた病原体(ウイルス)が入っています。ウイルスを弱毒化して、ヒトに接種しても感染を起こしづらいように工夫されたウイルス株をそのままワクチンとして用います。もう一方の不活化ワクチンは、細菌やウイルスの毒性や感染力をなくして(不活化)、免疫を作るのに必要な成分のみを用いています」と国立がん研究センター東病院感染症科長の冲中敬二さんは述べます(図1)。
生ワクチンの代表的なものに、BCG(結核)、麻疹、風疹、水痘、ムンプス(おたふくかぜ)、ロタウイルスなどがあります。不活化ワクチンには、肺炎球菌、インフルエンザ、HPV、破傷風、B型肝炎、帯状疱疹などがあり、新型コロナのmRNAワクチンも不活化ワクチンに分類されます(破傷風トキソイドやmRNAワクチンを不活化ワクチンと分けて分類する場合もあり)。ワクチンには、政令で規定された定期接種と任意接種があります。
「高度な免疫不全、たとえば、造血幹細胞移植後まもない患者さんなどは、生ワクチンのウイルス株に感染してしまう危険性があります。生ワクチンの接種後、ワクチンに含まれるウイルス株に感染して亡くなった症例もあるので、高度な免疫不全の人には生ワクチンは接種できません。ですから、がん患者さんが接種するのであれば注意が必要です。一方の不活化ワクチンは、生きたウイルスが入っていないので、接種してもウイルスにかかることはありません」
がん患者さんに勧められるワクチンは何でしょうか?
「がん種や治療法などにもよりますが、基本的にがん患者さんは、とくに薬物療法などにより免疫不全状態に陥ることが多いです。そして免疫不全状態では感染症のリスクが高まるという疫学的データがあり、帯状疱疹や肺炎球菌感染症などの罹患リスクが高いことが知られています」(表2)
では、がん治療を感染症で中断させないためにも、どのようなワクチンを接種すべきでしょうか。
「罹患患者数が多い疾患や罹患すると重症化、合併症が怖い疾患を中心にワクチンは接種すべきでしょう。人によって多少優先順位が違ってくるとは思いますが、帯状疱疹、肺炎球菌、インフルエンザ、新型コロナですね。この4つのワクチンは、基本的には若い方も含めたすべてのがん患者さんに推奨して良いものだと思っています」
では、ここからは4つのワクチンについて個別に見ていきましょう。
帯状疱疹:帯状疱疹を引き起こすウイルスは、水痘(みずぼうそう)の原因であるウイルスと同じ水痘・帯状疱疹ウイルスです。
「このワクチンには水痘・帯状疱疹予防の生ワクチンと帯状疱疹予防の不活化ワクチン(リコンビナントワクチン)2つの種類があります。水痘にかかったことがない場合は生ワクチンの接種が必要ですが、水痘にかかったことがあるもしくは幼少時に水痘生ワクチンを接種したことがある場合は、帯状疱疹予防にどちらのワクチンを接種してもかまいません。生ワクチンの接種は1回で良いのですが、効果が少し落ちます。また、生ワクチンという性質上、どうしても高度の免疫不全の人には接種しづらいということがあります。一方不活化ワクチンは、非常に効果が高いのですが、こちらは2回接種が必要で、しかも費用が高いのがネックです。地域によっては公費助成が受けられる場合がありますので、接種前にお住いの自治体にご確認されることをお勧めいたします」
がん患者さんには不活化ワクチンをお勧めですか?
「そうですね。米国のように不活化ワクチンしかないという国もあります」。日本ではまだ生ワクチンもあり、自費での生ワクチン(商品名ビケン)は1回7,000~10,000円。不活化ワクチン(商品名シングリックス)は1回20,000~30,000円で2回行います。
生ワクチンの効果は60%とのことですが、効果60%とは?
「たとえば、ワクチンを接種した100人と接種しなかった100人を比較し、観察していくと、ワクチンを接種しなかったグループの中で10人が帯状疱疹を発症しました。しかし、ワクチンを接種したグループでは4人しか発症しませんでした。この結果から、本来だったら10人発症するところを4人の発症に減少させたので、10人中6人の発症が予防できたということになり、60%のワクチン効果となるわけです」
一方、不活化ワクチンは効果が97%と言われています。
「この97%の効果は、50歳以上を対象とした場合です。70歳以上ですと91%です。それでも非常に高い効果があるので、この数値を見れば、可能ならやはり不活化ワクチンを薦めますね。ただし、これらの効果は一般の方を対象とした場合の効果ですので、がん患者さんの場合はこれらの値より若干効果が劣ることが予測されます」(表3)
肺炎球菌:肺炎球菌による肺炎などの感染症を予防し、重症化を防ぎます。ワクチンは2種類ありますが、これは両方とも不活化ワクチンです。肺炎球菌は、90種類(血清型)以上に分類されますが、そのうち13種類もしくは15種類をカバーした結合型ワクチン(商品名プレベナー13、バクニュバンス)と、23種類(商品名ニューモバックスNP)をカバーしたポリサッカライドワクチンの2種類です。
「それなら、より多くカバーしている23種類のワクチンのほうが良いと思われるでしょうが、実は2種類のワクチンの効果が少し違っているのです。23種類カバーしているほうはワクチン効果が少し弱いのです。つまり幅広くカバーはできますが、免疫を作らせる力が少し弱い。一方13/15価のほうは、カバーする菌は少ないのですが、免疫を作る力は強い。ですから、2種類とも接種しましょうと言われています」
肺炎球菌ワクチンは高齢者に接種するというイメージが強いですが、がん患者さんは年齢に関係なく接種したほうが良いのですか?
「そうです。がん患者さんでは若年者でも肺炎球菌感染症のリスクが高いので、18歳以上のがん患者さんは肺炎球菌ワクチンを接種したほうが良いですね。今、日本呼吸器学会、日本感染症学会、日本ワクチン学会共同で、『65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方』を出していて、それとは別に『6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方』も出していて、その中に悪性腫瘍の記述があり、がん患者さんは諸外国のガイドラインと同じように肺炎球菌ワクチンは2種類とも接種したほうが良いと記載されています」(表4)
米国やEUなど40カ国以上ではすでに20価の結合型ワクチン(PCV20)が承認されており、国内でも小児には承認されていますが、成人に対しては現在承認申請中(2023年9月申請)です。このPCV20が国内で成人にも承認されると、肺炎球菌ワクチンの接種推奨が変わるかもしれません。