抗がん剤と放射線の副作用
味覚障害はなぜ起こる?どう対処する?
はねだ たつまさ
1956年広島県生まれ。
82年日本医科大学卒業後、静岡済生会総合病院、日本医科大学附属病院に勤務。
90年米国エール大学耳鼻咽喉科留学。
92年より国立がん研究センター中央病院頭頸科在籍。
2002年より現職。
頭頸部外科担当。耳鼻咽喉科専門医
がん治療中の味覚障害の現状は?
抗がん剤治療中には6割に起こり、放射線も関係
「味がまったく感じられなくなり、料理の味付けに困りました」、「何を食べても、砂か泥を食べているようです」、「水を飲んでも、苦味だけしか感じなくなりました」、「肉を食べると、金属の味がします」……。
がん治療中、治療後の方たちから、こんな悩みがよく聞かれます。このような味覚障害は、どんな場合に起こるのでしょうか。国立がん研究センターで約10年間、頭頸部がんの外科治療にあたり、現在、神尾記念病院で副院長を務める羽田達正さんは、次のように話します。
「抗がん剤治療を受けた方の60パーセントに何らかの味覚障害が起こりますが、治療終了後、3、4週間たつと、味覚が戻ってくることが多いといわれています。ただ、世界的にも信頼できるデータがほとんどなく、抗がん剤による味覚障害の多くは自然に改善することもあって、メカニズムや治療法などは深く研究されていないのが現状です。また、放射線治療で唾液腺が照射野に含まれる場合も、味覚や嚥下の機能に影響が出てきます。頭頸部がんなどでは、化学放射線治療(抗がん剤と放射線を併用する治療法)によって、のどの温存、手術ができないほど広がったがんの場合でも、治癒を期待できるようになりましたが、半面、抗がん剤と放射線のダメージをダブルで受けるため、シリアスな味覚障害、嚥下障害になるケースも見られます」
命や声を救うことができても、食べる楽しみが失われるのでは、患者さんにとってつらい選択となります。
味覚を感じるステップは?
1に味蕾、2に唾液、3に神経。どこかが障害されると味覚異常に
そもそも味覚とは、どのようなルートで感じ取られているのでしょうか。おおまかに言うと、3つのステップがあるそうです。
「まず、食べ物が口の中に入ると、舌の表面などにある『味蕾』という味のセンサーに入り、甘い、塩からい、酸っぱい、苦いなどの味覚として感知されます」(羽田さん・以下同)
味蕾とは、味細胞が集まったごく小さな器官で、神経の末端でもあります。舌の粒つぶの上や口の中に平均9000個ほどあるといわれ、小児期には多く、加齢とともに減少していきます。
2つ目のポイントは唾液。味蕾が味を感知するには、水分が必要です。スープなどの汁物は唾液がなくても感知できますが、乾いた食物の味を感知するには唾液の水分が欠かせません。
「3つ目のステップでは、味蕾で感知された味の信号が、顔を動かす顔面神経から枝分かれしている『鼓索神経』や、舌とのどをつなぐ『舌咽神経』を経て脳に送られ、味として感じられます」。舌の前方3分の2で感じた味の信号は『鼓索神経』、舌の後方3分の1で感じた信号は、『舌咽神経』を経由して脳に伝わります。左右2本ずつあるこれらの神経のどこかが障害されると、舌の一部だけが味を感じなくなるということも起こります。味を感じ取るためには、『味蕾』と『唾液』、そして、『鼓索神経』や『舌咽神経』が重要なカギを握っているわけです。がん治療の副作用によって、これらの要素のどれかがダメージを受けると、味覚障害が起こるのです。
抗がん剤や放射線によるダメージは?
抗がん剤は味蕾の細胞や末梢神経、放射線は唾液腺に影響
商品名(一般名) | |
---|---|
抗がん剤 | エンドキサン等(シクロフォスファミド) |
タキソテール(ドセタキセル) | |
タキソール(パクリタキセル) | |
カンプト、トポテシン(イリノテカン) | |
オンコビン(ビンクリスチン) | |
ゼローダ(カペシタビン) | |
UFT(テガフール・ウラシル) | |
5-FU(フルオロウラシル) | |
TS-1 (テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム) | |
エルプラット(オキサリプラチン) | |
ブリプラチン、ランダ等(シスプラチン) | |
パラプラチン(カルボプラチン) | |
ホルモン剤 | アフェマ(塩酸ファドロゾール水和物) |
アロマシン(エキセメスタン) | |
リュープリン(酢酸リュープロレリン) | |
解毒剤 | アイソボリン(レボホリナートカルシウム) |
催眠鎮静剤 | メイラックス(ロフラゼブ酸エチル) |
解熱鎮痛剤 | ボルタレン(ジクロフェナクナトリウム) |
医療用麻薬 | オキシコンチン(塩酸オキシコドン) |
「抗がん剤による味覚障害は、口の中の粘膜へのダメージや、神経へのダメージなど、いくつかの要因で起こるといわれています。たとえば、5-FU系の抗がん剤では粘膜障害が起こりやすく、舌の表面にある味蕾が障害される可能性があります。タキソールなどのタキサン系、シスプラチンなどのプラチナ系、悪性リンパ腫に使われるオンコビン(一般名ビンクリスチン)などでは、神経を介した味覚障害になることがあると考えられます」
それ以外の抗がん剤の場合も、分裂の速い細胞がダメージを受けやすいため、3、4週間で生まれ替わる味蕾の味細胞そのものの感度が落ちる可能性があります。
また、味蕾の再生には、微量栄養素の『亜鉛』が必要ですが、抗がん剤によって亜鉛の吸収を妨げられるため、新しい細胞をつくりにくくします。
「放射線治療では、耳の下やのどの周りにある3大唾液腺が照射野に含まれるときに、唾液が出にくくなり、味を感知しにくくなります」
頭頸部がん(口腔底がん、歯肉がん、咽頭がんなど)などの放射線治療では、耳の下にある耳下腺、顎の下(くぼみの内側)にある顎下腺や舌下腺が照射野に含まれることが多く、照射する範囲が広いほど唾液が出にくくなります。そのため、たとえ味蕾が正常でも、味を感じられなくなるのです。放射線によって決定的なダメージを受けた唾液腺は再生しないので、その範囲が広いほど障害も深刻になり、嚥下(飲み込み)もしにくくなります。
また、放射線の副作用として、味蕾細胞が減少することは、動物実験では確かめられています。口腔内や咽頭への放射線量が増えれば増えるほど、味蕾の数は減少します。
日本発! 味覚障害のガイドライン
「味覚障害 診療の手引き」が登場
がん治療中に限らず、一般の味覚障害もここ10年の間に急速に増え、2003年には24万人にのぼっています。食生活の欧米化、加工食品摂取の増加、生活習慣病の治療薬使用者の増加、高齢者の増加など、要因はさまざまです。 2006年6月に刊行された『味覚障害診療の手引き』(池田稔著。金原出版刊=写真)は、一般的な味覚障害の原因、検査法、原因別の治療法まで詳述された日本初のガイドラインで、一般の耳鼻咽喉科医や患者さんにも羅針盤となります
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