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日常生活に支障のないレベルまで回復
前立腺がん術後の重い尿失禁を改善!「人工尿道括約筋埋込手術」
と話す増田 均さん
前立腺がんの手術後の尿失禁は時間とともに改善するが、中には重症な尿失禁が残ってしまう患者もいる。重い尿失禁があると日常生活に支障が出るばかりでなく、気持ちも塞ぎがちだ。2012年に保険適用となった「人工尿道括約筋埋込手術」は、重い尿失禁を劇的に改善させる効果がある。どんな手術なのだろうか。
手術後に重症の尿失禁が起こることがある
前立腺がんの治療で、前立腺を取り除く前立腺全摘除術が行われることがある。この手術を受けた人の中には、後遺症として重症の尿失禁が残ってしまう人がいる。前立腺は精液の一部となる前立腺液を分泌する臓器だが、膀胱の出口にあって尿が漏れるのを防ぐ役割も果たしている。そのため、前立腺を摘出すると尿失禁が起こりやすいのだ(図1)。
前立腺全摘除術の後は、ほとんどの人に尿失禁が起こるが、多くの場合、それは徐々に回復していく。ところが、いつまで経っても膀胱に尿を溜めることができず、ほとんど漏れてしまうような重症の尿失禁になる人が、ごく一部だがいるのである。がん研有明病院泌尿器科副部長の増田均さんは、次のように説明する。
「前立腺全摘除術を受けた患者さんの約3%に、重症の尿失禁が起こると言われています。その率は海外のほうが高く、日本ではもう少し少ない印象があります。理由ははっきりしていませんが、日本の医師が行う手術は丁寧なので、そういうことが関係しているのかもしれません」
最近はロボット支援下手術が行われるようになったので、前立腺がんの手術による尿失禁は、減っているのではないかとも言われている。しかし、実際のところはよくわかっていない。ロボット支援下手術が行われるようになったことで、年間の手術件数は、約1万5,000件から約2万件へと飛躍的に増えている。それに伴って、尿失禁に悩む人も増えているのではないか、という意見もある。
尿失禁に対しては、骨盤底筋体操や薬による治療なども行われている。しかし、重症の尿失禁に対しては、これらの方法ではほとんど効果がないという。
「手術後、時間の経過とともによくなっていくような尿失禁に対しては、骨盤底筋体操が効果的で、より早く尿失禁が改善します。しかし、尿がすべて漏れてしまうような重症の尿失禁には、いくらこの体操をやっても効果がありません」
重症の尿失禁になると 引きこもりやうつ病も心配
重症の尿失禁は、手術の失敗によってもたらされる後遺症だと考えられがちだが、必ずしもそうとは限らない。
「がんの広がり具合によっては、尿道括約筋が障害されることがわかっていても、切除範囲を広く取らなければならないことがあります。また、高齢者では、尿道括約筋がかなり薄くなっている場合があります。肥満も尿失禁の重要なリスクファクター(危険因子)です。脂肪のために腹圧が高くなるため、尿漏れが起きやすくなってしまうのです」
重症の尿失禁が起きると、日常生活に大きな影響がある。膀胱に尿をほとんど溜められないため、1日に何枚ものおむつやパッドが必要となる。QOL(生活の質)が低下するのはもちろん、経済的にも負担になる。
「最近は50代で前立腺がんの手術を受ける人も増えていますが、現役世代の人だと、重症の尿失禁になると苦労します。私が担当した患者さんにも、出張のたびに大量のパッドをバッグに詰め込んで出かけていく人がいました。すでにリタイアした世代でも、重症の尿失禁があると、外出を敬遠しがちになります。そのため、引きこもり状態になることもありますし、うつ病を発症して自殺に至るというケースも報告されています」
このような重症の尿失禁に対して、現在は「人工尿道括約筋」による治療法が行われるようになっている。米国で開発された治療法で、日本では2009年に薬事承認が下りて治療が行えるようになり、2012年からは健康保険で治療が受けられるようになっている。
「人工尿道括約筋の効果は劇的と言っていいでしょう。この治療を受けた人の半分は、パッドが不要になります。残りの半分の人も、安全のために1日に1枚パッドを使う程度です。手術前の状態と比べれば大幅な改善で、生活がガラリと変わります。患者さんの満足度が非常に高い治療です」
人工尿道括約筋とは、どのような治療法なのだろうか。
体に埋め込んだ器具が 括約筋の代わりをする
人工尿道括約筋といっても、本物の筋肉を使った治療ではない。尿道括約筋の代わりをする器具を体内に埋め込み、排尿をコントロールできるようにする治療法である。
器具は合成樹脂製で、図2に示したような構造になっている。尿道に巻かれた「カフ」の中には生理食塩水が入っていて、その量が増えることで、尿が漏れない程度に尿道を軽く締めつけるのである。
膀胱に尿が溜まって尿意を覚えたときは、陰嚢内にある「コントロールポンプ」を外から指で押す。すると、カフの中の生理食塩水が「圧力調節バルーン」へと移動するため、尿道に対するカフの締めつけが緩む。この状態のときに排尿するのだ。バルーンに移動した生理食塩水は、3~5分ほどで自然とカフに戻る。それによって、尿道は再び締めつけられた状態になる。
陰嚢にコントロールポンプを入れるが、精巣(睾丸)の上に入れるため、精巣を摘出する必要はない。また、器具はすべて体内に埋め込まれるため、外からはまったくわからない状態になる。
人工尿道括約筋を使い始めるのは、埋め込む手術を行った6~8週後からである。最初は尿道周囲の組織がむくんでいるため、それが落ち着くまでは使用しない。カフに生理食塩水が溜まらないようにロックし、尿失禁状態のままにしておくのだ。6~8週後にロックを解除し、1泊の教育入院をして、自分で操作できるようにする。難しい操作ではないので、誰でもできるようになるという。
「この治療を受けると、尿失禁の症状は大幅に改善しますが、急激に強い腹圧がかかったときなどに、少量の尿漏れを起こすことがあります。カフの締めつけが弱いために起こる現象ですが、締めつけが強すぎると血流が止まってしまうので、安全のためにそうなっているのです。カフの締めつける圧力は拡張期血圧(最小血圧)よりも低くなっているため、血流が止まる心配はありません」
この人工尿道括約筋を埋め込む手術に要する時間は、慣れた医師であれば、60~80分程度だという。危険な手術ではないが、まれに感染が起きることがある。そうなると、せっかく埋め込んだ器具を取り出さなければならない。感染が生じるのは手術中と手術直後が多いので、術後2週間何も起こらなければ、大丈夫なことが多いという。
「この治療を受けた患者さんが気をつけなければならないことは、とくにありません。ただ、器具を埋め込んだ部位に強い圧迫が加わるようなことは、避けたほうがいいでしょう。問題となるのは自転車のサドルです。とくに手術後の最初の3~4カ月間は、できるだけ避けるようにと言っています」