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子宮がん手術後に多くの患者さんが直面する排尿障害
自己導尿の早期訓練で、排尿トラブルによる心身の苦痛も軽減する

監修:木口一成 聖マリアンナ医科大学産婦人科学教授
取材・文:池内加寿子
発行:2007年10月
更新:2013年8月

  
木口一成さん
聖マリアンナ医科大学
産婦人科学教授の
木口一成さん

子宮頸がんや子宮体がんを対象に行われる「広汎子宮全摘術」は、がんの根治術として確立している術式ですが、手術後に「排尿障害」が起こりやすいといわれています。婦人科がん手術のベテランであり、排尿障害にも詳しい聖マリアンナ医科大学産婦人科学教授の木口一成さんに、そのメカニズムと対策を解説していただきました。

広汎子宮全摘術後、排尿障害は想像以上に高い

普通はあまり意識せずに行っている排尿という行為が、なんらかの理由で突然妨げられたとき、そのショックは計り知れないものがあります。

「排泄に関するトラブルはプライドや羞恥心に関わる問題であるだけに、患者さんはなかなか口に出して言いませんが、患者さんへの調査等による近年の研究では、広汎子宮全摘術後の排尿障害は想像以上に発生頻度が高いことがわかってきました」

こう話すのは、聖マリアンナ医科大学産婦人科学教授の木口一成さんです。

[図1 広汎子宮全摘術後の尿意と尿意出現月]
図1 広汎子宮全摘術後の尿意と尿意出現月
[図2 広汎子宮全摘術前・術後の尿失禁]
図2 広汎子宮全摘術前・術後の尿失禁

広汎子宮全摘術とは、おもに子宮頸がんの1b期から2期、子宮体がんの一部を対象とするポピュラーな根治術ですが、子宮だけを切除する単純子宮全摘術に比べて、子宮の周りの組織を広範囲に切除するため、排尿に関わる神経等に大なり小なり影響し、排尿トラブルにつながりやすいそうです。

「手術後によくみられるのは、尿意がない(尿閉、尿意喪失)、尿意を感じにくい(尿意鈍磨)、尿意があってもうまく排尿ができない、出しにくい(排尿困難)、膀胱内に尿が残る(残尿)、膀胱内に貯められない(容量減少)、尿漏れする(失禁)などの症状です」(木口さん・以下同)

広汎子宮全摘術後の患者さんの排尿障害の頻度を調べた研究によると、手術後に「トイレに行きたい」と正常な尿意を感じる人はわずか3割で、7割の人は尿意がないか、その感覚が弱いことがわかります。尿意が出現するまでの期間は、2カ月未満が約3割、1~2年までが4割弱で、ほぼ2年目までに7割弱の人は改善されますが、2年以上かかる人、いつまでも尿意を感じられない人も3割以上いるのです(図1)。また、尿失禁がある人は、術前には約1割程度であるのに対し、術後は7割に増え、程度の差こそあれ多くの人が失禁を経験しています(図2)。

「今までは自由自在に行っていた排尿機能のコントロールが突然きかなくなるのですから、患者さんの心理的な動揺は相当なものでしょう。それでも、このような手術後の排尿トラブルをかかえているのは、自分だけではなく多くの人が経験していることを知り、適切なケアの方法を心得ておくと不安も和らぎます。改善の助けにもなりますし、日常生活にはそれほど影響なく、過ごせると思います」

排尿のしくみと広汎子宮全摘術の関係

子宮頸がんの1b期から2期までと、子宮体がんの一部を対象に行われる広汎子宮全摘術の特徴は、子宮だけを切除する単純子宮全摘術よりかなり広い範囲で子宮の周りの組織を切除する点にあります。この術式によって排尿障害が起こりやすいのはなぜか、そのメカニズムを木口さんは次のように説明しています。

●靭帯の切除

子宮の前には膀胱、後ろには直腸があります。子宮は、これらの前後の臓器および左右の骨盤と、靭帯という網のような組織でつながり、支えられています。広汎子宮全摘術ではがんが浸潤しやすい靭帯を根元から切断して根治度を高めることが求められますが、そのときに排尿に関係する自律神経や体性神経が切断されたり傷ついたりします。これが、がんの手術特有の排尿障害の最大の原因です(神経因性膀胱)。

●排尿のしくみ

腎臓でできた尿は、尿管を通って膀胱に貯まります。畜尿時には、膀胱を緩めてふくらませ、膀胱の出口にある尿道括約筋を閉めて尿を貯め、排尿時には逆に、膀胱がグーッと収縮し、尿道括約筋が緩んで排尿します(図3)。このような膀胱と尿道の緊張と弛緩のバランスをとっているのが、自律神経の「骨盤神経(副交感神経)」と「下腹神経(交感神経)」です。前者は膀胱を緩める蓄尿時、後者は膀胱を緊張させる排尿時に働きますが、自分の意思ではコントロールできず、自動的に行われています。このほか、自分の意思でコントロールできる体性神経の「陰部神経」という神経を加えた3つの神経が、蓄尿・排尿機能にとって非常に重要な働きをしています。

[図3 正常な膀胱の働き]
図3 正常な膀胱の働き
●排尿障害のメカニズム

子宮の前のほうには、膀胱と子宮をつなぐ「膀胱子宮靭帯」があります。子宮の後ろ側には直腸と腟をつなぐ「直腸腟靭帯(仙骨子宮靭帯)」があり、その脇には交感神経の「下腹神経」が走っています。子宮の両側には子宮と骨盤をつなぐ一番強力な「基靭帯」があり、その真下に、2つの自律神経が集まる「骨盤神経叢」というかたまりがあります。子宮頸がんが進行すると、靭帯に浸潤してくるため、広汎子宮全摘術ではこれらの靭帯を膀胱や直腸、骨盤からはがして切除しますが、問題はそれに伴い、排尿に関係するこれらの神経が傷ついてしまうことです。

「これらの神経は靭帯とすれすれで接し、一部は混在しているため、どうしても一緒に切断されます。特に、一番しっかりした基靭帯を切断するときに、自律神経が集合する骨盤神経叢を傷める可能性が高く、排尿障害を引き起こす一番大きな要因です。骨盤神経叢からは膀胱枝という自律神経の枝が膀胱に伸びていて、普段は膀胱を自動的に収縮・弛緩させているのですが、これが起こらなくなるのです」

最近では、患者さんのQOLに配慮して、自律神経温存術という方法が開発されてきましたが、神経は髪の毛のように細く、ゴムでしばった束のようになっているわけではないので、非常に難しい手術です(図4)。

[図4 広汎子宮全摘術における骨盤神経温存法](真上から見た子宮頸部)
図4 広汎子宮全摘術における骨盤神経温存法

「がんの取り残しを防ぐ根治性と神経の温存を両立させるのは簡単なことではなく、どうしても限界があるのです。それでも、神経温存手術をした場合は、術後3週間ほどで、残尿が50ミリリットル以下になる人が75パーセントになるという報告(癌研/1993~1998年/223例)があり、その有効性が確認されています」

なお、同じ広汎子宮全摘の手術をしても、患者さんの個人差も大きく、必ずしも予測どおりの結果になるとは限りません。きめ細かく神経を残したと思っても、実際には尿意が起こりにくいことがありますし、逆に、根治性を最優先させた結果、排尿障害が懸念された場合でも、意外とトラブルが少ないこともあります。

「いったん切断された神経は再生しませんが、残っている他の神経が肩代わりをすることはあります」 このほか、手術による膀胱粘膜の腫れ、膀胱や尿道の位置や角度の変化、腹部の傷の痛みで腹圧をかけられないことなども排尿障害の要因となるそうです。

「医師は、患者さんに手術に伴う排尿障害について術前にきちんと説明する必要があります」

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