震災に負けない特集・今月のセミナー

風聞・間違ったイメージに惑わされず、正しい知識に基づいた判断を期待 国立がん研究センター緊急会見「原発事故による健康被害、現時点でほぼ問題なし」

取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2011年6月
更新:2013年9月

  

未曾有の大災害。地震、津波、原発の三重苦に苦しめられている人もいる。これら被災者の方々にどう声をかけ、何をすればいいのか、戸惑ってしまう。「がんばれ」「がんばろう」の言葉が広がっているが、被災者たちの、家族を失い、家を失い、町や村を失った境遇に思いをはせれば、そうストレートに言えるものではない。落胆しているところへ鞭を打つ形になるからだ。そうではなく、がんばるのは、被災しなかった、あるいは被災の軽かった私たちだ。私たちこそがんばって彼らにサポートの手をさしのべればいいのだ。それを考える意味で、今回、震災特集を組んだ。被災者の方々、被災されたがん患者さんたち、どうか、震災に負けないでほしいと願って。負けなければ、希望が見えてくる。そしてその先には復興がある。

写真:原発事故の影響の安全性を強調した国立がん研究センター

科学的根拠をもって、原発事故の影響の安全性を強調した国立がん研究センター

国立がん研究センター(嘉山孝正理事長)は3月28日、緊急記者会見を開き、福島第1原子力発電所の被災事故で、国民に放射性物質汚染による健康被害への不安が広まっていることについて、「原発作業を行っている方々を除けば、現時点でほとんど問題はない」との見解を科学的根拠(エビデンス)をもって示した。

チェルノブイリ原発事故

今回の震災による福島第1原発事故は、国際原子力事象評価尺度()で「7」になるという。原子力平和利用のなかで、最も大きな事故だったチェルノブイリ原発事故(1986年)が「7」であることを考えれば、今回の事故の大きさが分かる。

同センター中央病院放射線治療科長の伊丹純さんは、2008年にまとめられたチェルノブイリ原発事故における、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」による追跡報告書を、福島原発事故に対する科学的根拠として、紹介した。なお、同委員会を「放射線防護に関して最も権威ある組織である」と伊丹さんは述べている。

それによると、20年の追跡結果から、「青少年期の放射性ヨウ素と、大線量を浴びた緊急対処従事者の健康障害を除けば、一般市民の健康問題を恐れる必要はない。大部分は自然放射線と同様、または数倍の低線量の放射線に暴露されるに止まった。放射線学の立場からは健康問題に対する展望は明るい」とまとめた。全体で1000ミリシーベルト()以上の被曝をした人に限って、白血病や白内障の罹患率上昇が示唆されているが、放射線被曝に起因する健康障害は見られないという。

また、ヨウ化カリウムの服用は「1度に100ミリシーベルト以上の被曝が予想される6時間前、または被曝後3時間以内だが、今の時点では、今回の事故による服用の必要はない」と述べた。

国際原子力事象評価尺度(INES)=国際原子力機関(IAEA)が定める原子力事故または事象の深刻度。尺度7=深刻な事故、6=大事故、5=事業所外へリスクを伴う事故(スリーマイル島原発事故:1979年)、4=事業所外へリスクを伴わない事故(東海村JCO臨界事故:1999年)とされている
シーベルト=人体への被曝の大きさ・影響度合いを表す単位(1シーベルト=1000ミリシーベルト)。人間が受ける年間自然被曝量(世界平均)=2.4ミリシーベルト(日本人平均1.5ミリシーベルト)、胸部X線撮影(1回)=0.1~0.3ミリシーベルト、X線CT撮影(1回)=7~20ミリシーベルト、3~10シーベルトで白血病などになる

広島・長崎原爆との比較

[外部照射による甲状腺がんリスク]
図:外部照射による甲状腺がんリスク

出典:Radiation Research(March 1995, Vol.141, No.3, pp. 259-277)

がん対策情報センターがん情報・統計部長の祖父江友孝さんからは、広島・長崎原爆被爆者から得られた追跡調査も紹介された。この調査は、「日本人を対象とした長期の被爆データであり、最も信頼がある」という。

それによると、原爆被災者約10万人の追跡調査から、「100~200ミリシーベルト以下の低い線量域では、広島・長崎の被爆者においても明らかな発がんリスクの増加は確認されていない」という。

放射線被曝をした場合、急性影響と慢性影響があるが、慢性影響の主なものが発がんリスクの増加だ。同調査では、原爆被爆者では200ミリシーベルト以上の被曝線量で固形がんの発がんリスクが上昇している。

成人が1000ミリシーベルトを1度に被曝すると、全固形がんの発がんリスクは1.6倍に増加する。しかし、これは「非喫煙者と比べた場合の喫煙者のリスク増加と同程度で、現時点で住民の方が受けたと考えられる被曝による影響は、それよりはるかに低いと予想」と述べた。

一方、200ミリシーベルト以下の線量を受けた場合、明らかな発がんリスクの増加は確認されていないという。広島・長崎の被爆は、1回の瞬時被爆であるのに対し、暴露が長期にわたる場合、同じ累積線量による発がんへの影響は少なくなると考えられているという。

定点・継続観測を経時的に

[自然放射線]
図:自然放射線

東京電力ホームページより抜粋

同センターでは、放射線による水への影響についても、乳幼児を除けば安全であると述べた。また、農作物に付着した放射性ヨウ素は水洗いで減少するうえ、半減期()が8日で、時間とともに減少すると、安全性を強調した。

さらに、「現在、暫定的に定められている飲食物の摂取制限の指標については、十分すぎるほど安全なレベル。放射性物質に汚染されたと考えられる物については、放射性物質の半減期を考えれば、保存などの方法を工夫すれば利用可能である」と付け加えた。

嘉山さんは、「国民が不安を感じるのは、放射性物質に関する定点情報が発表されていないためであり、高数値が観測された地点だけがセンセーショナルに報道されている。正確で経時的な定点情報があれば、国民はそれほど慌てない。当センターとして国民の視点に立って科学的根拠に基づいた情報を発信したい」と述べた。

さらに、「東京の人たちが、風聞に惑わされているのは明らか」と指摘。「冷静な判断と行動を促すためにも、放射線量について、定点での測定と公表を行うべき」と今回の緊急記者会見を開いた目的を語っている。

同センターでは、中央病院屋上で3月13日より放射線量の定点観測を行っている。このデータによると、「28日までに人体に影響が心配される値を大幅に下回っている」という。

また、原子炉での作業が予定されるなど、被曝の可能性がある方については、造血機能の低下のリスクがあるため、事前に自己末梢血幹細胞を保存することを独自提言。さらに、「この問題は長期戦になる。だから提案した」と嘉山さんは強調する。

人間は、自然放射能によって、年平均2.4ミリシーベルトほどの被曝をしているという。また、一般生活者の年間線量限度は1ミリシーベルトとされている。つまり、この両数値を加えた3.4ミリシーベルトが私たちの体に問題とならない年間放射線被曝量となる。

これら一般常識の上に、同センターから報告された科学的根拠が加わる形となる。情報発信の遅れや基準値の変更に、不安が増す中、今回の緊急会見の意義は大きい。

半減期=元素内にある核種(原子核)が、放射線を出しながら次第に安定な核種(娘核種)に変わり、その数が半分になるまでの時間をいう


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