赤星たみこの「がんの授業」

【第二十八時限目】血管新生阻害剤 がんを兵糧攻めにする新薬「血管新生阻害剤」の光と影

監修●戸井雅和 東京都立駒込病院外科部長
構成●吉田燿子
発行:2006年3月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

がんのことを知れば知るほど、その奇妙な“生態”にビックリさせられることがよくあります。なかでも不思議なのが、がんの「血管新生」。細胞ががん化すると、がんの周囲に新生血管という細い血管が伸びていきます。そこから栄養分を採り入れて、がんはどんどん大きくなっていくのです。がん細胞という奴は、なんと自分専用の補給路である血管を勝手に作ってしまう習性があるんですね。それも、フェロモンならぬ一種の誘導因子によって、血管を自分のほうに呼び寄せるらしいのです。

「そこの血管さん、こっちにいらっしゃらない? お腹が空いたわ、私にも栄養をちょうだいな」

「えっ……お姉さんみたいな美人にそう言われちゃかなわねェな。今そっちに血管を伸ばすから待ってなよッ」

てなわけで、がん細胞に秋波を送られた血管はフラフラと引き寄せられ、新しい毛細血管を特別に大盤振る舞いしちゃうというのだからたまりません。これじゃまるで「魔性のオンナ」。人体の中で生きのびるために手練手管を弄するなんて、まるで宇宙から来た寄生生物みたいじゃありませんか。

ところが、人類もさるもの。この血管新生を逆手にとって、がんをやっつける方法を考え出してしまったのです。こうして誕生したのが「血管新生阻害剤」。これは、がんのエネルギー源となっている血管新生を塞ぐことでがんを治療する、まったく新しいタイプの分子標的薬です。これまでの抗がん剤が「毒をもって毒を制する」タイプだったとすれば、これはがん細胞への補給路を断つことで「兵糧攻め」にするタイプ。そこが、従来の抗がん剤との大きなちがいといえます。

現在、世界中でさまざまな血管新生阻害剤の臨床試験が行われており、一部の薬剤はすでに海外で販売がスタートしています。日本で認可が下りるのも、そう遠い先のことではありません。それなら、今のうちに学んでおかない手はない! そこで、今回は血管新生阻害剤について勉強してみたいと思います。

血管新生ができるメカニズム

では、血管新生とはどのようにして起こるのでしょうか。

一般に細胞というものは、生きていくために酸素や栄養分を必要とします。血管の顕微鏡写真などを見ると、きれいな樹状に枝分かれしていますよね。あれは、体中の細胞にくまなく酸素や栄養分を行き渡らせるため。大体100ミクロンおきに血管が張りめぐらされているのだそうです。血管はいわば、体中の細胞にとって“補給路”の役割を果たしているのですね。

ところが、細胞ががん化すると、異常なスピードで増殖を始めます。がんが大きくなればなるほど、個々のがん細胞と毛細血管との距離はどんどん遠ざかり、栄養ががん細胞に届かなくなってしまう。こうなると、がん細胞にとっては死活問題です。生き延びるためには、なんとか血管を自分のところまで呼び込み、自分専用の補給路を確保するしかない。そこでがん細胞は、勝手に新生血管、つまり無認可の“私道”をはりめぐらし、酸素や栄養分をどんどん運ばせます。こうして新生血管を作りながら、がん細胞はガツガツと食欲を満たし、際限なく増殖していくのです。

ウーン、敵ながらアッパレ。その旺盛な生命力には感心させられてしまいます。それにしても、なぜがん細胞には血管新生のような荒ワザが可能なのでしょうか。

今のところその理由はよくわかっていませんが、どうもがん細胞は、血管内皮細胞に働きかけて血管新生を促す誘導因子を出しているらしい。この誘導因子のことを、血管内皮増殖因子(VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)といいます。これこそ魔性のオンナが発するフェロモンの正体! ってわけです。

一方、血管の側にも、がん細胞のフェロモン攻撃に屈してしまう弱みがあることは否めない。弱みの正体とは、血管内皮細胞にあるVEGFという受容体です。魚心あれば水心、VEGFあるところに受容体あり。これさえなけりゃアンタ、魔性のオンナにだまされてセッセと新生血管を貢がされることもなかったのにねエ。

ところで、血管新生はがんのときだけ起こるわけではありません。糖尿病などでも起こりますし、月経や傷が治るときなどにも起こります。ところが、正常な新生血管とがんによる新生血管とのちがいは、まさに一目瞭然。正常な新生血管が実に整然と枝分かれしているのに比べ、がんの新生血管は、糸くずがメチャクチャにこんがらがったような、なんともグロテスクで混沌とした様子なのです。よく「人は見かけによらない」といいますが、人に仇なす血管は見た目もよろしくない。世の中よくできているなあ、と感心してしまいます。

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