赤星たみこの「がんの授業」

【第三十二時限目】免疫療法 免疫細胞療法って本当にがんに効果があるの?

構成●吉田燿子
発行:2006年7月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

「免疫」という言葉は、一種独特のオーラを放っています。人体には自然にそなわった免疫力があり、それが日々、体の中で悪さをしようとする細菌やウイルスを退治してくれている……そう考えると、心の芯からムクムクと力が湧いてくるような感じで、とても心強いですよね。なんだか神秘的な感じさえします。

ましてやテキが「がん」となれば、なおさらです。だって相手は、どんなに切り刻んでもニョキニョキと復活してくる、不死身のターミネーターみたいな存在。がんが得体の知れないものであればあるほど、「免疫(という神秘の)力にすがりたい」とワラをもつかむような気持ちになるのも、無理はありません。 ところが、そんな患者さんの弱みにつけこむ悪徳業者が跡を絶たないのですね。先ごろ、免疫力アップを謳ったアガリクスの誇大広告で業者が薬事法違反に問われた事件がありましたが……患者さんの不安を食い物にして利益をむさぼる輩がいるというのは、本当に困ったものです。こうなると、もはや免疫力というのは、よくも悪くも“現代の神話”の域に達しているのかもしれません。

それはさておき、人体に免疫力という素晴らしい生体維持システムがあることは、まぎれもない事実。実際、医学の最前線では、免疫システムを利用したがん治療法の研究が営々と続けられています。しかし、今のところ免疫療法に関するエビデンス(根拠)は確立されておらず、標準治療とは認められていないのが実情です。

では、免疫療法の研究はどこまで進んでいるのでしょうか? 今回はそのことについて学んでみたいと思います。

自然免疫と獲得免疫

そもそも、免疫療法とはどのような治療法なのでしょうか。以前にこの連載でも、「がんと免疫」というテーマで採り上げたことがあります。そのときの内容を少しおさらいしてみましょう。

がんの免疫システムは「自然免疫」と「獲得免疫」の2段構えになっています。このうち、血管内を常にパトロールしているのが「自然免疫」チーム。マクロファージや好中球(白血球)、ナチュラルキラー細胞などからなるパトロール隊が、異物をみつけるやいなや攻撃をしかけます。

ところが、ときには自然免疫だけではやっつけられない強敵が現れることも。そんなときは、特殊精鋭部隊「獲得免疫」チームの出番です。リンパ球のT細胞やB細胞からなる精鋭部隊が出動し、指名手配犯をどこまでも追いつめます。そして抗原抗体反応を発動し、集中攻撃を加えるのです。

この免疫システムを強化してがんの治療をめざすべく、さまざまな免疫療法が開発されてきました。

その第1世代ともいえるのが、1970年代に登場した「免疫賦活剤」です。これはキノコや微生物などの抽出成分を利用して免疫全体の働きを高めようというもので、クレスチンやピシバニール、BCGなどの薬剤が知られています。しかし、この免疫賦活剤はがん細胞だけを攻撃するわけではないので、効果という点では今ひとつでした。

そこで1980年代に登場したのが、第2世代の「サイトカイン療法」です。これは、免疫細胞が分泌するサイトカインという物質を利用して、全体的な免疫力アップをねらう治療法。代表的な薬剤としてはインターフェロンやインターロイキン2などがあります。インターフェロンなどは一時「夢の薬」ともてはやされましたが、実際には副作用も強く、腎臓がんなど一部のがんにしか効き目がないことがわかってきたわけです。

活性化自己リンパ球療法の弱点

そこで第3世代として1990年代に登場したのが、「活性化自己リンパ球療法」です。これは、患者さんのリンパ球を体内から取り出し、培養液に入れてインターロイキン2などを加え、活性化・増殖させてから体内に戻す治療法です。つまり、リンパ球の特殊精鋭部隊をさらに強くするために、体外で武者修行させるわけですね。はたまた、故郷の村(=体)を食い物にするがんをやっつけるため、可愛いわが子をタイガーマスクにするべく「虎の穴」に送り込むようなもの(古い?)。

「球男、きっと強くなって帰ってくるのよ」

「わかったよ、カアチャン。俺、必ず強くなってカアチャンやみんなを守るよ」……てなワケですな。

ところが、たとえリンパ球が強くなって帰ってきたとしても、即、がん細胞と互角に戦えるわけではない。というのも、「虎の穴」ではリンパ球に、がん細胞の見分け方までは教えてくれないからなんですね。せっかくパワーアップしたリンパ球も、がんの人相を知らなければ、通常勤務のパトロールを続けるしかない。

体内は有象無象の細菌やウイルスで溢れていますから、おのずと攻撃力も分散してしまう。そんなわけで、がんをやっつけるまでにはなかなかいかないのですね。

では、この治療法はどんながんに効くのでしょうか? 現在、臨床試験で唯一効果が証明されているものとしては、「肝臓がんの術後の再発予防」があります。それ以外のケースでは、残念ながらエビデンスが確立されているとはいいがたいのが実情です。

こうしてみると、従来の免疫療法の弱点がはっきりわかります。それは、「攻撃すべきがん細胞を特定して、がんを集中攻撃することができない」ということです。

しかし! 人類も手をこまねいているわけではありません。こうした課題を解決しようと、さまざまな新しい免疫療法が開発されているのです。

たとえば、先ほどご紹介した活性化自己リンパ球療法。従来の方法では「リンパ球ががん細胞を見分けられない」のが弱みでしたが、弱点克服のための試みが続けられています。たとえば、手術でAさんから切り取ったがんの組織からリンパ球を採取すれば、リンパ球はAさんのがんの特徴を覚えているはず。そのリンパ球を増やして体内に戻せば、がんの指名手配写真を手に入れたも同然! タイガーマスク化したリンパ球は、がんを摘発して存分に決め技を繰り出せるってわけです。すでに日米では臨床試験が行われており、効果があった症例も報告されています。

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