赤星たみこの「がんの授業」

【第二十九時限目】分子標的薬 分子生物学的な理論に基づいて開発された分子標的薬のABC

監修●戸井雅和 東京都立駒込病院外科部長
構成●吉田燿子
発行:2006年4月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

最近、「分子標的薬」という言葉をよく耳にします。前回勉強した血管新生阻害剤も、実は分子標的薬の一種。これって、従来の抗がん剤とはどうちがうのでしょう?

「今までの抗がん剤は毒をもって毒を制するタイプだから、体へのダメージも大きい。その点、分子標的薬は、がん細胞だけをねらい撃ちするから、副作用も少ないと聞いたんだけど……」

確かに、分子標的薬のイメージってそんな感じですよね。ところが実際には、分子標的薬といえども「副作用が少ない」とはいい切れないんです。「がん細胞だけをねらい撃ちする」といっても、そうカンタンにはいかないらしいのです。

「じゃあ、分子標的薬って何?」

専門医の先生にお聞きすると、こんな答えが返ってきました。

「すべての薬剤は基本的に分子標的薬なんです」

ガーン。話がますますわからなくなってきちゃった。

先生のお話をまとめると、胴もこういうことらしいのです。

がん細胞が「異常な速さで増殖する」特徴を持つことは、皆さんもご存じかと思います。そして従来の抗がん剤の開発は、もっぱら「細胞の増殖を抑える作用があるもの」を選別することによって行われてきたんです。

ところが、抗がん剤はやみくもに細胞増殖を抑えこもうとするばっかりに、増殖がさかんな正常細胞まで一緒くたに攻撃した。それが脱毛や嘔吐、骨髄抑制などの強い副作用となって表れていたわけです。

ところが、分子生物学が発達したおかげで、最近は細胞増殖のしくみが分子レベルで解明されるようになってきた。それなら、諸悪の根源である分子を突き止めてねらい撃ちすれば、効果的にがんをやっつけることができるはず――この理論に基づいて開発されたのが「分子標的薬」なのです。

じゃあ、従来の抗がん剤はどうなのか。こちらも広義の“分子標的薬”ではあったものの、そのメカニズムが今まで知られていなかったのですね。分子標的薬が“天性の運動能力を科学の粋を結集して、さらに高めたサイボーグ系スーパーアスリート”とすると、従来の抗がん剤は、“理屈はわからないけど速く走れる天才アスリート”。最近のオリンピックは、科学の力を借りないと世界の頂点に立つのは難しい時代だといいますが、その点は薬剤の開発も変わりません。あらかじめ「この標的ががんを増殖させる原因になっている。だからこの標的をつぶす薬を作ろう」と決めて開発すれば、それだけ大きな効果が得られるはず。だからこそ、分子標的薬はこれからのがん治療を大きく変えるのではないか、と期待されているのです。そんなわけで、今回は分子標的薬について勉強したいと思います。

分子標的薬とは?

では、分子標的薬とはどんな薬なのでしょうか。

分子標的薬とは、「あらかじめ」がん細胞の増殖に深く関係している分子をターゲット(標的)として開発された治療薬です。いわば、悪の根源である分子を指名手配し、体中くまなくパトロールしてホンボシを挙げる、というわけです。これには「抗体製剤」や「シグナル増殖抑制剤」「血管新生阻害剤」など、いくつかのタイプがあります。

まず、抗体製剤についてご説明しましょう。

体内に異物(抗原)が入ると免疫反応が起こり、体内に抗体が作られて抗原を攻撃します。このメカニズムを利用して作られたのが抗体製剤です。その代表的な薬剤としては、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)やリツキサン(一般名リツキシマブ)があります。

ハーセプチンは2001年6月に、転移性乳がんの治療薬として日本で発売されました。これは、がん細胞の表面にあるHER2遺伝子をターゲットとする分子標的薬です。

乳がんの中にはHER2遺伝子が陽性のものが約30パーセントあるといわれています。このHER2は、血液中にあるがんの増殖因子を取り込む“受容体”として働いています。いわばHER2が受け皿となって、せっせとがん細胞に栄養を与えているようなもの。それだけに、HER2陽性の乳がんは進行が早く、転移しやすいのが普通です。

その性質を逆手にとって開発されたのが、ハーセプチンです。抗体を投与してHER2の受容体にフタをしてしまえば、がん細胞は兵糧攻めにあって弱ってしまう。その特命を担う抗体製剤として、ハーセプチンが開発されたのです。

しかし、抗体であるハーセプチンが、がん細胞を直接殺すわけではありません。先発隊のハーセプチンが標的にくっつくと、「免疫反応」が発動して主力部隊が応援に駆けつけます。弱ってヘロヘロになったがん細胞に、特殊任務を帯びたナチュラルキラー細胞(NK細胞)やキラーT細胞などが束になって襲いかかる。そして、ついにはがんを殺してしまうのです。抗体と免疫反応の2段構えでがんをやっつけるなんて、頼もしいじゃありませんか。

しかもハーセプチンのいいところは、副作用が少ない点。化学療法につきものの吐き気や脱毛、口内炎などがほとんど出ない。このハーセプチンはHER2陽性の乳がんのうち約40パーセントに効果があるといわれ、また、卵巣がんの一部や胃がんへの応用も進められています。

抗体製剤で他に有名なものとしては、リツキサンがあります。これはがん細胞の表面にある「CD20」という分子を標的とするもので、CD20陽性の悪性リンパ腫や慢性リンパ性白血病に効果があります。

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