患者を支えるということ5

造血幹細胞移植クリニカルコーディネーター:患者とドナーの感情面を含めた調整を担う ドナーの立場を守りながら移植をサポートする

監修●山崎裕介 国立がん研究センター中央病院造血幹細胞移植科
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年5月
更新:2019年11月

  

やまざき ゆうすけ 1973年生まれ。2002年より国立がん研究センター中央病院(当時)で造血幹細胞移植コーディネーターとして働き始める。2005年に4名で移植コーディネーターのネットワークを結成し、2009年に「クリニカル移植コーディネーターの会」を立ち上げる。現在は移植コーディネーターの普及・確立にも努めている

造血幹細胞移植には、患者とドナーを中心に、医師、看護師、バンクなど多くの人が関わっている。移植をなし遂げるためには、相互の連携をはかるだけではなく、感情面を含めた調整が必要だ。国立がん研究センター中央病院造血幹細胞移植科の山崎裕介さんは、造血幹細胞移植クリニカルコーディネーターとしてこうした仕事の一切を仕切っている。

全国的に少ないコーディネーター

血液がんの治療で、造血幹細胞移植は大きな柱の1つだ。しかし、臓器移植とは別に造血幹細胞移植を専門とするコーディネーターがいることは、まだあまり知られていないのではないだろうか。

山崎さんによると、現在年間数例という施設も含めれば、全国で造血幹細胞移植を行っている診療科は100を超えるとみられている。これに対して、造血幹細胞移植クリニカルコーディネーター(以下移植コーディネーター)は全国でわずか15名というのが実情だ。

「それでも増えたのです。横のつながりを作ろうと、2005年に移植コーディネーターのネットワークを結成したときには、まだ4名しかいませんでしたから」と山崎さん。そういう山崎さんも、医療とは無縁の世界から移植コーディネーターになった人だ。

「最初は、前任者が看護師の仕事に戻りたいというので、事務的な連絡や移植する骨髄の運搬くらいならと、軽い気持ちで引き受けたのです。ところが、実際に始めてみると仕事は多いし、解決しなければならない問題もたくさんあって驚きました。

結局、移植グループのスタッフにも後押しされて、ここまできました」と振り返る。国立がん研究センター中央病院では、1999年に造血幹細胞移植チームを新たに結成した。山崎さんが着任した2002年当時は、ちょうど移植医療が新たなスタートを切り、システムを作り上げる時期でもあったのである。

情報提供で深まる理解

■移植コーディネーターの仕事(病院内の各部門との連絡・調整)

移植コーディネーターの仕事は病院によって若干の違いがあるが、山崎さんの話を聞くと驚くほど範囲が広い。移植には、移植を受ける患者と幹細胞を提供するドナー、さらにそれぞれの家族、医療側では医師、看護師、検査技師、ドナーを見つけてくれる骨髄バンクなど公的なバンクや幹細胞採取を行う病院、患者さんが移植医療を受ける前に治療を受けていた病院など、非常に多くの人や施設が関わっている。

そのすべてに対する連絡、日程調整はもちろんのこと、ドナー検索から、移植を受ける患者と家族の不安への対応、ドナーの意思の確認、検査の手配、情報提供、さらには採取した幹細胞の運搬まで、およそ医療行為以外のすべてに関わっているといってもいいほどなのである。

「ここは、ほとんど移植を受けるために紹介された患者さんが来院されるので、初診時に同席して医師から移植コーディネーターとして紹介を受けます。そのときから仕事が始まるのです」と、山崎さん。

実際には、がん研究センターに来て初めて移植が大変な治療だと知り、移植を受けるかどうか迷う人も少なくないという。「そういうときは、自分の経験した例なども交えながら、移植医療に関する情報提供を行い、家族で相談してもらいます。勧めるわけではなく、中立の立場で話すことを心がけています。

最終的には移植を受けると決断される患者さんが多いですね」当初は、移植医療に対する理解が十分ではなく、移植後の経過があまり順調ではないと、「こんなはずではなかった、移植なんて受けなければ良かった」という患者さんもいた。しかし、きめ細かく情報提供をするようになって「そういう人はいなくなりました。つらい思いをしても、移植を受けて良かったと言ってくれるので、それだけでも良かったと思います」と山崎さんは語る。

ドナーを孤立させない

■血縁ドナー(提供者)に対する移植コーディネーターの仕事

多くの仕事の中でも、とりわけ山崎さんが心を砕くのはドナー検索だ。といっても、HLAが適合する人を探すというだけではない。いかにドナーの意思を尊重し、血縁者間の感情がこじれるのを防ぐかが、移植医療ではもう1つの大きなテーマになるのだ。国立がん研究センターの場合、毎年110例前後の造血幹細胞移植を行っている。そのうち、20例ぐらいは自家移植なので山崎さんが関わることはほとんどない。臍帯血移植もがん研究センターではあまり行われていない。

山崎さんが扱うのは主に、血縁者間の移植30例前後と、骨髄バンクなど非血縁者間の移植60例前後だ。「移植コーディネーターは、ドナーの側に立つことが大切なのです」と山崎さんは言う。

以前は、血縁者にHLAの適合者がいると、「良かった、これで移植ができる」という雰囲気があった。

「医師は、患者さんを治したいので、どうしても患者寄りの立場になってしまうのです。説明をするのも、医師が患者さんとドナー候補の血縁者を並べて1人で行っていました。これでは、ドナーはなかなか嫌とは言いにくいのです」

■国立がん研究センター中央病院造血幹細胞移植科の移植件数

そのため、承諾を得て移植の準備に入ってから、家族が「そんな危険なことはさせたくないので、お断りします」と連絡してくることもあった。山崎さんも、ドナー候補者とお会いしたときに「もう何10年と連絡をよこさなかったくせに、こんなときばかり呼びつけて」と愚痴るドナーの声を聞いたことがある。

ドナーには、安全性を確保するために厳格な健康診断が課される。毎年、高血圧で健康診断にひっかかるようならば、それだけでドナーになれる可能性は低くなる。厳格な安全基準を遵守して行っているので、幹細胞の採取によって何かが起こる可能性はきわめて低い。しかし、検査や輸血に備えた自己血の採取、幹細胞の採取のための入院など、経済的な負担はなくても、精神的にも物理的にも負担をかけることになる。血縁者であるからこそのさまざまな事情もある。これまでは、こうしたドナーの不安や不満を十分に受け止めて、情報を提供する場もなかったのである。

「今は、必ずドナーとは1対1で話し、なんでも言えて質問もできる時間を設けています」と山崎さん。その意思を聞いて、ドナーになってくれそうかどうかを医師に伝えるのも山崎さんの仕事だ。

ドナーの健康診断の結果を患者に伝える施設もあるが、「ここでは、ドナー本人にだけ伝えています。HLAの型が適合し、本人も幹細胞提供の意思がある、健康診断も大丈夫だった。そうなって初めて患者さんにはオープンにしています」

それが、ドナーの権利を守ることであり、また患者さんにぬか喜びをさせないことにもなる。

ドナーが幹細胞の提供を辞退した場合には、「総合的に判断して、家族関係が破綻しないように『欠格事由があってお兄さんは残念ながらドナーにはなれません』という言い方をすることもあります」という。

血縁者であるからこそ、移植をめぐって関係が悪化しないような配慮が医療側にも必要なのである。

HLA=白血球の型のこと。ヒト白血球抗原または、組織適合抗原ともいう。造血幹細胞移植を行う場合、HLAが一致する必要がある
自家移植=造血幹細胞移植を行う際、自分の造血幹細胞を採取し、再び戻す方法
臍帯血移植=母親と赤ん坊を結ぶへその緒と胎盤に流れる臍帯血中の造血幹細胞を移植する方法

バンク登録者が断ることも

■患者さん・血縁ドナーへの介入について

兄弟の数も少ない現代では、骨髄提供を骨髄バンクなど非血縁者に頼るケースが1番多い。

今、骨髄バンクには37万人以上が登録している。移植コーディネーターはバンクに患者登録を行い、HLA適合ドナー検索およびドナーコーディネートを依頼する。

「100人単位でドナー候補が見つかる人もいれば、まったく見つからない人もいます。でも、たくさんいてもいろいろな理由で次々にダメになる場合もあれば、少なくてもすぐに決まってしまう人もいる」という。

骨髄バンクに登録しているからといって、必ず提供の意思があるわけではないのだ。

「CMやテレビの影響で登録者が一気に増えることがあるのですが、数年たって忘れたころに声がかかると、やっぱり辞退しますという人もけっこういるのです」と山崎さん。

一時のブームが、あとになってむしろ混乱を招くのである。

候補の中から山崎さんは、ちょうどいい時期に移植が行えるようドナー選定をし、バンクに依頼する。最初にバンクでは、問診表を候補者に書いてもらうのだが、この段階でコーディネート終了となる人が圧倒的に多いという。

「最終的には直接ご本人と面談して意思を確認するのですが、ここまで来ると断る人は少ない」そうだ。

ただ、ドナーも検査や自己血の採取などでかなり何度も、医療施設に足を運ばなければならない。働き盛りで忙しかったりすると、検査がのびのびになることもある。今までは、こうしたやりとりも医師が行っていたため、移植の時期が遅れてしまうこともあった。とはいえ、幹細胞の採取をしてくれる病院も限られているので、できるだけ早く依頼をする必要がある。

「こうした作業の迅速化にも、移植コーディネーターが力を発揮していると思います」と山崎さんは語っている。

そして、案外神経を使うのが、移植当日の幹細胞の運搬だ。

「採取後24時間以内に移植をしなければならないのですが、地方に取りにいって雪が降ったり、台風が来ると本当に神経を使います」

患者にはドナーの負担も説明

■患者さんおよびドナーの思いや抱える悩みや問題

移植を受ける患者には、ドナーの負担もよく説明しておくのだそうだ。とくに、骨髄バンクから紹介されたドナーと患者は、顔を合わせることがない。

「バンクのドナーは、無償で骨髄を提供してくれること、面談や検査で何度もご足労をかけ、全身麻酔で約1リットル近くも骨髄を提供していることなど、きちんと伝えるのも私たちの仕事だと思っています」と山崎さん。

そうした善意が伝わるから、移植用の骨髄が届いたときの感動も大きい。

「骨髄バンクのドナーとは移植後2回だけ手紙のやりとりが許されています。ドナーから返事が届くと、患者さんはとても感激されて、私たちにも見せてくれることも多々あります」

また血縁者間移植において、ドナーには万が一移植がうまくいかずに亡くなるようなことがあっても、提供した幹細胞のせいではないことを話しておく。自分が提供した幹細胞が良くなかったのではないかと、自分を責める人もいるのだという。

移植コーディネーターの確立へ

院内や院外のスタッフとの連絡や書類の受け渡しなども含めると、移植コーディネーターなしで、移植を進めるのは難しいのではないかとさえ思う。

しかし、実際には「保険点数もつかず、とくに資格もないので、雇用する病院にとって経済的負担が大きい」のも、移植コーディネーターが少ない理由の1つ。山崎さんは、「すぐに業務につけるように、研修制度を作ろうと、今案を練っているところです。これができて、きちんと保険でも認められるようになったら、認定制度も作りたい」と、移植コーディネーターの確立にも力を注いでいる。

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