患者を支えるということ10
チャイルド・ライフ・スペシャリスト:がんに関わるすべての子供をサポートするスペシャリスト 病気について子供に伝えることで不要な不安は取り除かれる
みうら えりこ 2003年12月、イーストカロライナ大学の発達・家族関係学部チャイルドライフ専攻卒業。在学中に米国の病院にてインターシップ修了。2004年にチャイルド・ライフ・スペシャリスト認定。2005年より浜松医科大学医学部付属病院小児科勤務。その後、2010年4月より聖路加国際病院でがんに関わる子供のサポートをしている
がんで苦しむのは、大人だけではない。幼くしてがんになる子供、逆に親ががんになって小さな胸を痛めている子供もいる。こうした子供たちに、何をどう伝えれば良いのか。聖路加国際病院で子供のサポートを専門に行うチャイルド・ライフ・スペシャリストとして活躍する三浦絵莉子さんは「子供にとっても知らないことの不安のほうがずっと大きいのです」と語っている。
海外で資格を取得
日本でも、大人にはがんという病名を知らせるのが当たり前になってきた。しかし、患者が子供だった場合、あるいは親ががんになったとき、子供に事実を伝えるかどうか、伝えるとしたら何をどのように説明すれば良いのか。幼い心が傷つくのを恐れて悩む人は多い。
しかし、アメリカではすでに1950年代に病気の子供にかかるストレスを少しでも軽減しようと、チャイルド・ライフ・スペシャリストという専門職が生まれ た。聖路加国際病院でチャイルド・ライフ・スペシャリストとして活躍している三浦絵莉子さんも、アメリカの大学で資格を取得して2005年に帰国した。
「当時はまだ、日本にはチャイルド・ライフ・スペシャリストが6人しかいなくて、医療従事者の受け入れも乏しく、働く場もありませんでした」と、三浦さん。1年間ボランティアで仕事をしたのち、チャイルド・ライフ・スペシャリストに理解が深かった大学病院の小児科で働くようになった。そこで4年間、がんになっ た子供たちのサポートをしたあと、昨年、聖路加国際病院に赴任。聖路加病院で今度は、がんの親を持つ子供のサポートを中心に行っている。
情報が不安を軽減する
子供自身ががんになった場合でも、親ががんになった場合でも、大事なことは「誠実に、ごまかさず、子供の心に寄り添って必要な情報を提供することです」と三浦さんは語る。
子供ががん患者ならば、まずは親と面談し、どんな音楽や遊びが好きかなど、サポートをする上で参考になる話を聞く。子供には、どういう病気なのか、どんな治療をするのか、わかれば治療による影響も話す。
「1度に話すと、子供も受け止めきれないので、少しずつ子供の発達段階や性格をみながら伝えていきます」
サポートする子供の年齢は、赤ちゃんから大学生まで幅広い。赤ちゃんは、「母親の不安が伝わるので、母親の精神的ケアが大事」になる。小さな子供には、がんという病気を理解してもらうために、「体の中に悪い細胞があるから、やっつけるために治療が必要なの」など、年齢に応じて説明する。そうでないと、なぜ親と離れて病院にいなくてはいけないのか、嫌なことをされなければならないのか、子供には理解できないからだ。
「理由がわかるとわからないとでは、不安の大きさが全然違うのです」と三浦さんは言う。理由もわからずに病院にいて、何もわからないまま注射をされたり、薬を飲まされたりすることほど不安なものはない。同じように怖いことでも、理由がわかったほうが対処しやすいのは、子供でも同じなのだ。
小さな心遣いの積み重ね
「プリパレーション」もチャイルド・ライフ・スペシャリストが行う重要なサポートの1つだ。これは、文字通り準備をすること。検査や処置の前に、あらかじめどんなことをするのか説明し、必要があれば一緒に検査室に入り、遊びなどで気をまぎらわせる。どんなことをするのかわかっていれば、不要な不安は取り除くことができる。
もちろん、ただ説明をするだけではない。子供と一緒に遊びながら、子供の心に寄り添い、何が不安なのか、何に困っているのか、感じていることをくみ取り、それに対処していく。関係ができてくると、自然に子供は心の内を語るようになるという。
「チャイルド・ライフ・スペシャリストだけではなく、看護師や医師でも気の合う人に、心配事や悩みを打ち明けてくれることがあります。情報は、ミーティングでみんなが共有するので、その人をキーパーソンに対処していけばいいのです」
たとえば、輸血が怖いという子供もいる。輸血のパックに入っている赤い血を見るのが怖いというので、パックにカバーをかけるようにした。抗がん剤でぐったりしたときに、音楽が聞きたいという子のためには、音楽が聞けるような環境を整える。
「そういう小さなことの積み重ねが、サポートには大事なのです」と三浦さんは言う。
年齢によっても、心配事は違ってくる。小さな子供は、長期的な展望より目先のことが心配。思春期になると、脱毛など容姿の変化や学校に戻れるかどうかが、大きな心配事になってくる。とくに、難しいのは思春期の子供たちだ。
「この年代の子は、同年代の友達と一緒に過ごすことが大事なので、大きい子だけの時間を作ったり、病棟の中で役目を作ったりします。子供たちのまとめ役になってもらったり、ポスター作りを手伝ってもらったり、少し大人扱いして、大人としての自信をつけてあげるのです」
心の成長にうまく手助けをしてあげれば、入院生活もマイナスばかりではないのである。
「注射などの処置をするときにきっと大変だろうなと思っていた子が、動かずに頑張っている姿を見たりすると、本当に子供は未知数なのだと思います」と三浦さんは語る。
大人が思うよりも、子供は力を持っているものなのだ。
子供に伝えるときのポイント
逆に、親ががんの場合はどうするのか。
聖路加病院では、スタッフからの紹介やパンフレット、ときには直接チャイルド・ライフ・スペシャリストから、子供がいるがん患者に挨拶をして、チャイルド・サポートを行っている。中には、「子供には言わないつもりでいます」という親もいる。
乳がんで、乳房温存療法で済んだので子供には言わないで済ますという人もいれば、進行がんでも言いたくないという人もいる。こうした場合は、患者の話したくないという思いを尊重しつつ、子供に伝えることの利点を話すという。
「わからないまま事態が変わっていくのはとても不安なこと。子供は勝手に妄想したり、聞いちゃいけないんだと思ったりして、親子関係にひびが入ることもあります。お母さん自身、言えないことのストレスと体調の悪さで、子供にあたってしまうこともあるのです。お母さんもつらいけど、家族みんなで向き合っていこうという気持ちを共有することは大事です」と三浦さんは説明する。
伝えるときのポイントは、「3つのC」。がん(Cancer)であること、うつる(Catchy)病気ではないこと、誰かのせいで起きた(Caused)のではないことだ。
「ただ病気だと伝えたのでは、子供は自分が病気になったときにお母さんと同じだと思ってしまいます。『がん』という病気であることをきちんと話しておきます。また、うつらない病気だと教えてあげることも大事。子供は病気と聞くと風邪やインフルエンザなど身近な病気をイメージしてうつると思いやすいのです。がんはうつらない病気だから、お母さんのそばに行っても、同じスプーンで食べても、一緒に寝ても大丈夫と話してあげます。他にも、お母さんががんになったのは誰のせいでもないと話しておくことも大切です」
「3つのC」
Cancer(がん)という病気だということ
Catchy(伝染)しないこと
Caused(原因)は、あなたや私がこれまでしてきたことや、あるいはしなかったこととも全く関係ないということ
病気への理解が不安を取り除く
子供は、罪悪感を持ちやすい。小さな子供は、自分がいい子にしていなかったからお母さんが病気になったと思い、ある程度の年齢になっても「自分が心配をかけたから、免疫が落ちてがんになったのだ」と思うのだという。
「病気に対する理解が深まれば、そこからくる不安は取り除かれるし、お母さんのそばにいてもいいんだと、子供は安心するのです。お母さんのほうも、隠し事がなくなってホッとする方もいるようです」
長い治療経過の中で、誤解や親子関係のゆがみを作らないためには、何か不安なことがあればすぐに聞けるという雰囲気を作っておくことが重要なのだ。
プリパレーションも行う。手術後、初めて親と面会するときには、「ドレーンや点滴のチューブがついている母親の姿を見て驚かないように、あらかじめ母親の状態を子供に説明しておく」のだ。
親のほうにも、子供の質問に答えられるように心の準備を促す。たとえば、がんと聞いて「お母さん、死んじゃうの?」と尋ねる子供は多い。親はドキッとするが、ここでごまかさないことが大事。「大丈夫、死なないわよ」ではなく、「そうならないように、お薬を飲んだり点滴をしたりして頑張っているからね」と答えるよう助言する。万が一、何かあったときに、ウソをついたと思われないようにするためだ。
システム作りが必要
事実を聞いた子供たちは、どんな反応をするのだろうか。
「全くケロッとしている子もいれば、考え込んでいて、『何が心配?』と聞いても話したがらない子、『やっぱりね』と言う子など、さまざまです」と三浦さん。様子がわかると、「最近、お母さんイライラしているけど、治療中だから仕方ないね」と、子供なりの理解を示す子もいるそうだ。
「言ってしまって子供に重荷を背負わせたのではないかと、親御さんは心配されるかもしれませんが、大きくなってからあのとき言ってもらって良かったという子は多いんです」というから、安心してほしい。
「最近、チャイルド・ライフ・スペシャリストへのサポート依頼は増加し、乳がん以外の成人病棟からも依頼が来るようになってきました」と三浦さん。
しかし、日本にはチャイルド・ライフ・スペシャリストの養成システムもなく、チャイルド・ライフ・スペシャリストは全国にたった26人しかいない。看護師や医師にもサポートしたいと思っている人は多いが、現実には物理的にできないという調査結果もある。どういう形で子供をサポートしていくのか、そのシステムのあり方を考えるべきときに来ているのではないだろうか。
ちなみに、チャイルド・ライフ・スペシャリストがいなくて支援や相談を受けたい場合、いろいろな職種の人が集まり、がんになった親を持つ子供を支援する「Hope Tree」というグループがある。三浦さんもそのメンバーだが、ここではフォーラムやホームページを通じて患者や家族、がん患者に関わる人たちに役立つような情報発信を行っている。
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