患者を支えるということ12
看護師(遺伝カウンセリング):遺伝性のがん──本人とその家族を心身両面でサポート まずは早期発見につとめることが重要
たけだ ゆうこ 1981年、千葉大学看護学部看護学科卒業。2000年、東京医科歯科大学にて博士後期課程修了。同年より、佐々木研究所付属杏雲堂病院で遺伝性のがんに関する看護相談を開始、2002年からは慶應義塾大学病院にて遺伝カウンセリングを行っている
がんの1割近くは「遺伝性」のがんといわれ、生まれつきの遺伝子変異が深く関わっている。変異があった場合、自らの発がんリスクだけではなく、子供や親族への影響など、さまざまな葛藤を抱えることが多い。こうした人たちをサポートするために、慶應義塾大学病院では「臨床遺伝学センター」を設置。遺伝の専門医と看護師による遺伝カウンセリングが行われている。
がんになりやすい体質が遺伝
「がんは、遺伝性であっても早期に見つければ治せる病気です。ただ、普通に検診を受けていたのでは間に合いません。がんになりやすい体質であることを知っていただき、予防や検査などの対策をとること、そして正しい情報を提供して精神的なサポートをしていくのが、遺伝カウンセリングの大きな仕事です」と話すのは、慶應義塾大学看護医療学部教授で看護師であり、臨床遺伝学センターのカウンセリングを行う武田祐子さん。
がんの5~10パーセントは遺伝性のがんといわれる。とはいえ、遺伝性のがんといっても、がんという病気が遺伝するのではなく、なりやすい体質が遺伝するのである。
生まれつき遺伝子に変異
がんは、遺伝子の病気だ。がん遺伝子やがん抑制遺伝子など、発がんに関係する遺伝子の変異が重なって起こる。だから、一般的に歳をとるほど遺伝子の傷やコピーミスなどが重なり、がんになる人が増える。
これに対して、遺伝性の場合は生まれつき遺伝子に変異がある。遺伝子は、父親と母親からもらった遺伝子がセットになってDNA2重らせん構造を作っている。一方が正常ならば普通に機能するが、遺伝性のがんの場合、生まれつき一方の遺伝子に変異がある。そのため、もう一方の遺伝子が傷ついて変異を起こすと、容易にがんを発症してしまうのだ。がんになりやすい体質とは、こうした遺伝子変異があることを指す。もともとハンディがあるので、変異がない人に比べてがんを発症するリスクが高く、また若くしてがんになりやすい。
さらに、特定のがんが家系的に多く発症するのも特徴だ。遺伝性のがんは、ある特定の遺伝子変異によって起こる。たとえば、遺伝性乳がんの原因遺伝子として有名なのが、BRCA1と2だ。この場合は、乳がんのリスクが高まるだけではなく、卵巣がんのリスクも高まることがわかっている。
*両側性=対になっている臓器で両側にがんが発症すること。
遺伝子診断より家族の情報
遺伝性のがんの場合、がんの発症リスクは生涯続くため、サポートは長期に及ぶ。また、同じ変異を持つかもしれない親族にも影響は及ぶ。そのため、臨床遺伝学センターではがんと遺伝学、両方の専門知識を持った医師2名と看護師2名が相談にあたっている。
遺伝子検査をすれば遺伝性かどうかがわかると思っている人もいるが、武田さんによると、1番重要なのは家族に関する情報など、がんのリスクアセスメントだという。つまり、「家族の中でどういう関係の人に、何歳でどんながんが発症しているか、発症しているがんに関連性はあるか」といった情報だ。
血縁者の場合は、親兄弟や祖父母、甥姪まで、つまり第3度近親者までたどってがんの種類と発症年齢を確認し、家族内の集積性を調べる。さらに、輸血経験の有無、喫煙量、飲酒はどうかなど生活習慣も含めて、がんのリスク因子を細かく聞いていく。
「そうした情報源の1つとして、遺伝子診断を提示することもあります。家族歴が濃厚ならば、それだけでも遺伝性かどうかは推察できますが、今後のケアのために必要ならば遺伝子診断も行います」と武田さんは話す。
その結果、遺伝性のがん、あるいは遺伝子変異があるとわかった場合にどう対応するのか。実は、ここが遺伝性の病気では1番問題になるところだ。リスクははっきりしても、変異を修復することは不可能だからだ。
武田さんによると、「重要なのは、その意味を理解してもらうこと」だという。遺伝子変異を持つということは、がんの診断ではない。たとえば、BRCA1や2の変異があると、生涯で多く見積もると、8割の人が乳がんになる。高率ではあるが、100パーセント乳がんになるわけではないのだ。
早期発見と予防的切除
ではどうすればいいのか。その対策だが、まず第1に重要なのは、早期発見につとめることだ。遺伝性のがんでも、早期に発見すれば治りやすいことは一般的ながんと同じなのである。
ただし、「たとえば、乳がんの場合、普通は40歳から検診が始まりますが、遺伝性乳がんはそれでは遅いのです。基本的には20代から。血縁者で乳がんを発症した人より5歳若いときから検査を受けることが必要」と武田さん。
家族性大腸ポリポーシスと呼ばれる遺伝性の大腸がんの場合は、大腸にポリープが多発し、20歳を過ぎると急激にがん化が進む。そのため、15~16歳から大腸の内視鏡検査を受けることが必要だ。
そして、発症するがんの種類によっては、「予防的切除」という選択肢もある。たとえば、大腸がんのリスクが高い家族性大腸ポリポーシスでは大腸の全摘出、BRCA1や2では卵巣がんになるリスクも高いので、卵巣・卵管の予防的切除という方法もある。
日本人の感覚からいうと、がんにもなっていないのに卵巣を摘出してしまうなんて、という思いもある。だが、卵巣・卵管の予防的切除で「がんの発症リスクは75パーセント低減できると報告されている」そうだ。
必要な精神的サポート
そして、もう1つの課題が精神的な問題だ。遺伝性がんの素因を持つとわかることで、がんの恐怖に苛まれることはないのだろうか。
「最初に、遺伝性のがんについて説明し、遺伝性のがんとわかったときどういう気持ちになるのか、知りたいか知りたくないかも含めて詳細に話をします」と武田さん。きちんと情報を提供することで、それほど大きな負担にならない人が多いという。
定期的な検診を勧め、必要ならば医師や病院も紹介する。予防的切除など治療方針を選択する場合は術後の情報を提供するなどのサポートも行う。
そして、家族と情報を共有するのも大切なことだ。
「知らないで手遅れになることだけは避けないと」と武田さんは言う。遺伝性がんの多くは優性遺伝なので、遺伝子変異は50パーセントの確率で子供に受け継がれる。
「同じ遺伝子変異があって発症の危険があるのは、どのあたりの人かを知らせ、その人に来ていただき、話をすることもあります」
家族関係には微妙なところがあり、お互いを思いやっているのにずれてしまうこともある。そこで武田さんは、「ご夫婦でいらしても、1人ひとりお話する時間を作り、それぞれの気持ちや何が負担になっているのか、話を聞く」のだそうだ。許可を得て思いを相手に伝えることもある。
子供に対しては、親は罪悪感を抱いて遺伝性のがんについて伝えられないこともある。
「でも、遺伝子変異の有無は個人では責任の負えない事象です。『こちらからお子さんに話しますよ』というと、それだけで気持ちが楽になる方もいます」と武田さんは話す。
同じ境遇の人の存在が支え
そして何より力強い支えになるのは、同じ遺伝子変異を抱えながら、元気に暮らしている人の姿だという。
「たとえば家族性大腸ポリポーシスの遺伝子変異を持つ子供でも、親が早期発見で大腸がんの手術をして元気でいれば、同じ遺伝子変異があるとわかってもあまり動揺しないのです。お父さんと同じ病気が心配だから、ちゃんと検査をしようねということになる」のだそうだ。
「どんな知識より、同じ境遇の人が元気であることが、力になるのです」と武田さん。
そこで、武田さんはカウンセリングだけではなく、患者会のサポートを行い、医療従事者や一般の人にも遺伝性のがんについて理解を深めてもらおうと活動している。
なお、現在日本では、遺伝カウンセリングや予防的切除などに健康保険は適応されていない。今後、そういった改善も必要と言えそうだ。
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