治癒力を引き出す がん漢方講座
第2話 気・血・水を調和して治癒力を高める漢方

福田一典
発行:2006年4月
更新:2013年4月

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

私達にはがんに対する自然治癒力が備わっている

体を構成するすべての組織や臓器は、血液から栄養や酸素を取り入れ、不要なものを排泄し、傷ついた組織を修復し、老化して古くなった細胞を再生することによって、その構造と機能の秩序を維持しています。生命力というのは「体の秩序を自ら作り出す力」であり、これが「自然治癒力」といわれるものです。

私たちの体の中では常にがん細胞のような異常細胞が発生していますが、免疫力が適切に維持されていれば、それらは増殖する前に排除されます。免疫が正常であれば、体内では、「治療を一切受けずとも、常にがんが治っている」状況にあるのです。

体に備わった抗酸化力は、活性酸素やフリーラジカルの害を防ぐことによって、がん細胞の発生や老化を防いでくれます。遺伝子(DNA)に傷がついても、それを修復する仕組みが、全ての細胞に備わっています。修復が困難になった場合は、細胞は自ら死に(アポトーシス)、正常な細胞が分裂をしてもとの状態に回復する仕組み(再生力)が備わっています。

さらに、ホルモンや自律神経の働きによって体の機能を絶えず一定に保つ仕組み(恒常性維持機能)が、血液循環や新陳代謝を良好に保ち、治癒力を高めています。このような本来体に備わった仕組みが、がんに対する自然治癒力(抗がん力)の柱となっています(図1)。

[図1]
図1

抗がん力を支える4つの柱。体に備わった免疫力、抗酸化力、修復・再生力、恒常性維持機能が、がん細胞の発生や増殖を抑える自然治癒力(抗がん力)の基礎になっている

「がんとの共存」や「がんの自然退縮」を可能にする自然治癒力

全身の栄養や血行を改善し、新陳代謝や恒常性維持機能を高め、免疫力や抗酸化力などの防御システムを回復させれば、治癒力が働いてがんの発生を予防することも、がん細胞を減らしていくことも可能です。

がん細胞を徹底的に攻撃するのではなく、生体の免疫力や自然治癒力を高めることで、がんの進行をストップさせ、がんと共存しながら寿命を全うするという考え方も、これからのがん治療には必要とされます。西洋医学はがん細胞を取り除くことを優先して、体の抵抗力や治癒力に対する配慮が乏しいと指摘されています。体の治癒力を妨げている治療法も少なくありません。これが、西洋医学におけるがん治療の最大の弱点です。

自然治癒力を気・血・水で考える漢方医学

漢方では、生体機能を担っている基本的な構成成分として、気・血・水の3つの要素を考えています。気は人体のすべての生理機能を動かす生命エネルギーであり、血・水は体を構成する要素です。血は血液に相当し、水は体液やリンパ液など体内の水分であり、気のエネルギーが原動力になって体の中を循環しています。

気を陽気、血・水を陰液と呼んでおり、陽気と陰液をあわせたものを「正気」といいます。正気は、自然治癒力を働かせる原動力と物質的基礎であり、病気の原因となる「邪気」と対抗する人体の抵抗力や生命力を示す概念です。

正常な人体では、気(生命エネルギー)と血・水(体を構成する要素)が、いずれも過不足なく、しかも滞りなく生体を循環することによって、生命現象が正常に営まれます。気・血・水の量のバランスがよく、循環が良好であると、体の新陳代謝・生体防御力・恒常性維持機能が十分に働いて、体の自然治癒力が高まります。つまり、漢方医学では、体の自然治癒力を高めるためには、気・血・水の量のバランスが良くし、循環を良好な状態にすることが必要条件と考えています(図2)。

[図2]
図2

体の抵抗力(正気)は気・血・水の3つの働きによって生み出されます。気は生命のエネルギーであり、自然治癒力の物質的基礎である血・水を動かす原動力となります。 気血水が過不足なくバランスがとれて循環が良好な状態(正気の充実)では、自然治癒力が十分に働いて病気の原因(邪気)に抵抗することができるのです

体を構成する成分や働きを、気・血・水の3要素で捉えることは、きわめて幼稚で、観念的な考え方と思われるかもしれません。しかし、体全体のバランスを調節するときには、むしろこのような観念的なほうが、全体像を捉えやすいのです。

漢方には、気血水の量や巡りを正常化させるための生薬が多数用意されており、それらを組み合わせて抗がん力を高めることができます。漢方薬には、栄養の消化吸収をよくするもの、血液の循環をよくするもの、組織の新陳代謝を改善するものなど、いろいろとあります。それらは、長い年月をかけ、多くの漢方医が臨床を重ねることにより見つけ出してきたものです。

治癒力を妨げる要因を取り除き、足りない部分を補う

体力や治癒力(正気)が不足しているときは、まず体力を高め、自然治癒力を賦活することを目標とします。体力や治癒力を増強し、病気に対抗させる方法を「補法」と言い、用いる漢方薬を「補剤」といいます。

手術や放射線照射や抗がん剤治療を受けた生体は、生理的機能が衰退して「虚」の状態になっていると考えられます。生体の体力や抵抗力が低下した「虚」の状態では、抗がん剤などの攻撃的な治療を十分行うことができません。がん細胞への攻撃を十分に行うためには、生体側の虚の状態を改善しておくことが大切であり、漢方の補剤が役に立ちます。

人間の正常な生理機能を損なうものは「邪」といいます。邪とは全ての病原要因の総称で、外界からの病因だけでなく、生体内の諸機能の異常なども含んだ概念です。

正気とは、生体内のすべての抗病物質を包含する漢方概念であり、現代医学的には、防御機構・恒常性維持機構・免疫監視機構・修復システムなどを包括する生体の自然治癒力そのものです。免疫のシステムや、活性酸素の害を防ぐ抗酸化力や、DNA変異を修復するDNA修復システムなども、漢方医学でいうところの「正気」の作用と基本的に一致しています。

がんの漢方治療においては、がん細胞そのものやがん細胞の悪化を促進させる生体の機能異常を取り除く「邪法」に加えて、生体機能を高めて正気を充実させる「扶正法」を、同時に考慮している点に特徴があります。そして、この扶正邪の方法が、オーダーメイドのがん治療の真髄になっています。

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