治癒力を引き出す がん漢方講座
第5話 体力と気力を高める補気薬

福田一典
(2006年7月)

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

「気」とは体を動かす生命エネルギー

生命を維持していくためには、飲食物をとり、酸素を吸ってエネルギーを産生し、不要物は排泄しなければなりません。こうした基本的な流れは西洋医学も漢方医学も大きな差異はありません。

飲食物は胃腸などの消化管の中で消化酵素の働きによって栄養素に分解(消化)されたのち体内に入り、細胞内へ取り込まれます。細胞内では、肺の呼吸によって得られた酸素の力によってエネルギーが生成されます。このエネルギーと栄養素をもとに新たな物質を作り出します。消化吸収過程で残ったカスは大腸を経て排泄され、余分な水分は尿として排泄され、炭酸ガスは肺から体外へと排出されます。このような細胞内でのエネルギー産生と物質交換を代謝といいます(下図左)。

一方、漢方医学では、生命活動の根源的エネルギーを「気」という仮想概念で理解します(下図右)。気は「先天の気」と「後天の気」の2つによって生み出されると考えています。「先天の気」とは生まれながらに持っている根源的な生命力であり、「後天の気」というのは、呼吸や食物の消化吸収によって絶えず補給されるエネルギーをさしています。生まれつき体力の弱い人もいれば、エネルギーの塊のような人もいます。生まれたときから持っている先天の気に恵まれなくても、後天の気で十分補ってやれば、生命力を補充することができると考えます。

気という生命エネルギーは目にみえませんし、科学的にも実体がつかめていません。しかし、気なるものを想定して生命活動を総合的に捉える視点は、物質的実体として理解することが困難な、自然治癒力や生命力というものを総体的に捉える上で有用です。

[エネルギー産生における西洋医学と漢方医学の考え方の違い]
図:エネルギー産生における西洋医学と漢方医学の考え方の違い
食物の栄養物質は胃・小腸で消化・吸収され、肝臓でエネルギーや蛋白質の合成などに使われる(左図)。一方漢方では、生命エネルギーを仮想的概念の「気」で理解する。生まれたときから持っている生命力を先天の気といい、これは腎に貯蔵されていると考えている。消化管から吸収された栄養物質(穀気)と肺からの空気(清気)によって後天の気が生成される。ここでいう腎・脾・肺という漢方の臓腑の概念は、西洋医学の解剖学とは異なる。漢方医学の気の考え方は観念的であるが、目にみえない生命エネルギーや自然治癒力を理解しやすくする

気の量が不足した状態を「気虚」という

気の量に不足を生じた病態を気虚といいます。生命体としての活力である生命エネルギーの低下した状態であり、新陳代謝の低下・諸々の臓器機能の低下・抵抗力の低下した状態です。元気がない・疲れやすい・食欲がない、手足がだるいなどの症状が出てきます。

手術や抗がん剤などのがん治療を受けている患者さんの多くが、気虚の症状を呈しています。手術や抗がん剤による組織や臓器のダメージが引き金となって、消化吸収機能が低下し食欲不振となり、それがさらに体力の低下を生むという悪循環を形成していきます。このような状態が続くと免疫力や回復力も低下してしまいます。

このような食欲不振や体力低下の状態に対しては、西洋医学における消化剤や消化管運動促進剤やビタミン剤などの効き目はあまり期待できません。気の量を高める漢方治療が有効です。不足した気を補い気虚を改善することを補気といいますが、気の量を増やすことは、臓器や組織の働きを活性化して元気を出させる効果があります。

気の不足を補い元気を高める補気薬の代表は人参と黄耆

気の産生を増す生薬(補気薬)の代表は高麗人参(以下、人参と略)と黄耆です。人参と黄耆を含む方剤を参耆剤といい補剤の基本となっています。気の産生を高めることは、諸臓器の働きを活性化することが基本になります。

人参はウコギ科のオタネニンジンの根で、野菜のニンジン(セリ科)とは全く別の植物です。人参の臨床的効果は、消化吸収機能を賦活化し、種々のストレスに対する生体の非特異的抵抗性を強くすることにあります。

人参に含まれるサポニン類は蛋白合成を促進し、新陳代謝と免疫能を高めます。各種の悪性腫瘍によって引き起こされる貧血・気力減退・食欲不振・手術などによる身体衰弱や栄養状態の改善にも有効です。化学療法による造血組織障害を防止し、免疫機能低下を抑制し、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果も報告されています。

一方、黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根です。黄耆の多糖類成分には免疫機能増強作用が報告されていて、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善する効果もあります。細胞の代謝機能を増強し、再生肝におけるDNA合成を促進するなどの作用も報告されています。

人参と黄耆は共に補気の要薬ですが、人参は消化管の虚弱(漢方では裏虚という)に適し、黄耆は体表の抵抗力減弱(表虚という)に適すると言われています。人参は体液を増す方向に作用するのに対し、黄耆は余分な水を排除する作用に働きます。人参を多量に使うとむくみや血圧の上昇が起こりますが、利水作用をもつ黄耆と組合せることによって、人参の副作用を軽減しながら、体力や抵抗力の低下を改善する効果を相乗的に高めることになり、漢方における滋養強壮療法の主剤として好んで用いられます。

補気剤の代表:補中益気湯

補気剤の代表的方剤が補中益気湯です。人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・甘草・大棗・陳皮・生姜・柴胡・升麻・当帰の10種類の生薬から作られます。その名の如く、中(消化器)を補い、益気する(元気を出させる)ということであり、全体として疲労を治し、元気の不足を補い、身体の活力を高めるように作られた方剤です。消化器系の働きが低下し、食欲がなく、元気が出ないという病態に用い、疲れやすい・元気がない・気力がない・立ちくらみ・筋力が弱い・四肢倦怠感が著しいなどの症状を目標にします。

平滑筋や骨格筋の緊張が低下した状態を改善し、臓器の下垂や消化管運動低下を改善します。また、黄耆・当帰には肉芽形成を促進する効能がありますので、慢性的に治癒傾向のない皮膚潰瘍などにも有効です。免疫増強作用など生体防御機能を高める点から、感冒や気管支炎を合併した場合などにも有効です。手術後の体力低下、悪性腫瘍や様々な感染症による全身衰弱・体力低下、虚証の人の慢性肝炎や肝硬変などにもよく用いられています。

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