治癒力を引き出す がん漢方講座
第6話 高麗人参の正しい使い方
ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。
高麗人参はがんに対する抵抗力を高める
高麗人参は朝鮮人参、薬用人参とも呼ばれ、昔の高麗国(朝鮮半島)に自生していたウコギ科の多年草で、多くの栄養成分を含む根が、古く4~5千年前より不老長寿の薬草として使用されてきました。人参の学名はパナックス・ジンセン(Panax ginseng)といい、パナックスという属名はギリシャ語の「万能薬」という意味で、古くからその多彩な薬効が注目されていました。
旧ソ連のブレクマン教授は、アダプトゲン(Adaptogen=適応促進薬)、イギリスのフルダー博士は、生体の生理機能を調和させる「ハーモナイザー(調和薬)」と呼んでいます。
体の抵抗力や自然治癒力を高める高麗人参の代表的成分はサポニンと呼ばれる物質です。サポニン自体はいろいろの植物に含まれていますが、人参サポニンはジンセノサイドというステロイドホルモンと似た構造をもつサポニンが主成分で、10種類以上のジンセノサイドが知られています。
人参サポニンは蛋白合成を促進し、新陳代謝と免疫力を高めます。がん細胞を殺し、転移を抑制するものも報告されています。サポニンには抗酸化作用もあり、発がん物質による遺伝子の変異を抑える作用(抗変異原性)を持つ人参サポニンも報告されています。サポニン以外にもセスキテルペンや多糖体など抗がん作用のある成分が数多く見つかっており、高麗人参は様々な成分の複合的な効果によって、抗がん力を高めます。
漢方では虚弱体質の改善に使う
漢方では、高麗人参は「気」の量を増す薬(補気薬)の代表です。「気」というのは、生体エネルギーを表わす漢方の考え方で、気の量が不足すると、疲れやすく、倦怠感や抵抗力低下が起こります。
高麗人参は体のエネルギーを増やすことによって、体の抵抗力や自然治癒力を高めると考えています。 虚弱体質の胃腸疾患に用いられる漢方薬には人参が配合されていますが、消化吸収機能を高め、体力や抵抗力を高めて種々のストレスに対する適応能力を高めることができるので、虚弱体質自体を治す効果があります。
高麗人参は、各種の悪性腫瘍によって引き起こされる貧血、気力減退、食欲不振、倦怠感などの改善に有効で、さらにがんの侵襲的治療(手術、抗がん剤、放射線照射)による骨髄障害や肝障害、免疫機能低下を抑制し回復を促進する効果もあります。最近では、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果や、がんの発生を予防する効果が報告されていて、がん治療後の再発予防にも効果が期待されています。
高麗人参を含む補中益気湯や十全大補湯という漢方薬には、進行がん患者の食欲不振や全身倦怠感の改善が認められています。抗がん剤や放射線治療のような攻撃的な治療を行っているときには、体力や免疫力の低下を防ぐ効果が期待できます。
人参は免疫力や血液循環を高めるため、活動性の炎症があるときには炎症を悪化させる可能性があります。慢性の炎症性疾患で体力が消耗しているような場合には、炎症を抑え熱を取るような生薬(清熱薬)とともに用いれば、炎症を悪化させることなく治癒力を高める効果だけを引き出すこともできます。
このように漢方治療では、それぞれの生薬の働きを知って、うまく組み合わせることにより、副作用を減らしながら、1つの生薬では得られない特殊な薬効を作り出すことが可能になるのです。
高麗人参は使い方を間違うとがんを悪化させることもある
高麗人参は、一般的にはがん治療中の体力・抵抗力の増強や、再発の予防効果が期待できますが、それは、体力・気力が低下して免疫力や新陳代謝が障害されている場合と考えておいたほうがよいと思います。
細胞の代謝を賦活する作用が強く、血管拡張作用や免疫増強作用があるので、炎症性疾患や熱がある状態では病気を増悪させる場合もあります。例えば、慢性関節リウマチで関節の腫れや熱が強い時期には、人参は症状を悪化させることがあります。がん細胞の増殖が強いときには、人参の蛋白合成亢進作用などががんの悪化につながる可能性もあり、単独での過剰摂取は推奨できません。
元気な人や高血圧、肥満の人は、人参を単独で大量に摂取すると、むくみや興奮・不眠・のぼせ・顔面紅潮などのほか、湿疹、血圧上昇などの有害作用が見られることがあるので注意が必要です。
昔から薬用人参のエストロゲン様活性が指摘されています。とくに、代替医療で影響力のあるアンドルー・ワイル博士が、「薬用人参にはエストロゲン様作用があるので、子宮筋腫、乳腺症、乳がんといったエストロゲン依存性の疾患には使用すべきでない」と言っており、乳がん治療に漢方治療を行う際に、人参の使用が問題視されています。
アメリカを中心とする乳がん治療のガイドラインでは、ハーブの使用を制限していますが、その理由の1つはそれらに含まれるフィトエストロゲンなどのエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤との相互作用が懸念されているからで、薬用人参もエストロゲン様活性があるから使用してはいけないという意見が多いようです。
しかし、最近の研究では薬用人参のエストロゲン様活性は、エストロゲンレセプターの結合を介するものではなく、乳がん細胞の増殖を促進する作用はなく、逆に、乳がんに対して増殖抑制効果を持つことが報告されています。しかし、この議論の結論が出るまでは、乳がん患者でホルモン治療を受けている場合は、高麗人参を単独で大量に摂取するのは控えておいたほうが良いかもしれません。
また、血液が固まりにくくするワーファリンの効果を薬用人参は減弱させることが明らかになっています。ワーファリン服用中は薬用人参の入った漢方薬やハーブティの使用は避けることが望ましいと言えます。
がんの漢方治療では、西洋医学的な知識と生薬の知識の両方を持っておくことが大切です。がんの治療や予防にサプリメントとして多く利用されている高麗人参でも、良い面ばかりではないという点は知っておくことが大切です。
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