治癒力を引き出す がん漢方講座
第15話 がん治療における生体防御力の重要性

福田一典
発行:2007年5月
更新:2013年4月

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

生体防御力を高めることは延命につながる

がんが進行していくと、体力や免疫力などの生体防御力の低下が起こります。すると、日和見感染などの感染症を引き起こし、死亡の原因となることがきわめて多いのです。

日和見感染とは、加齢などによる免疫力や抵抗力の低下によって、普通なら感染しないような常在菌や弱毒菌によって発症する感染症です。

抗がん剤や手術などがん治療に伴う体力や抵抗力の低下も、日和見感染症の原因となります。

手術や抗がん剤投与、精神的ストレス、栄養不全などが重なると、生体防御力はますます低下していきます。がんの末期も死期を決める最大の要因は、生体防御力や抵抗力のレベルにかかっています。

がん治療において生体防御力の低下を防ぐことがいかに大切であるかは、生体防御力がある一定のレベルを超えて低下すると、もはやがんの進行を抑えることも、感染症を防ぐことも、生命を維持することもできなくなるからです。何らかの治療によって生体防御力を高めることができれば、延命につながることは常識的に理解できます(図1)。

抗がん剤はがん細胞を殺すことが目的ですが、同時に正常な細胞をも傷つけてしまう性質を持っています。とくに細胞分裂を日常的に行っている骨髄細胞・腸粘膜上皮・リンパ球の障害が著しいため、体の自然治癒力に最も重要な栄養吸収と免疫能・生体防御能の低下をきたすことが問題です。

がん細胞だけに攻撃を集中して、正常組織には害が及ばないようにする方法も発達してきました。しかし、手術や抗がん剤や放射線治療などの攻撃的な治療法には、程度はさまざまですが正常組織へも障害が及ぶ結果、体の抵抗力や免疫力の低下を引き起こすという欠点を本質的に持っています。

がんそのものを取り除くことを目的とする治療法は、がん治療の基本であることは間違いありません。しかし、治療によるいろいろな副作用によって患者さんが亡くなることも少なくないことにも考慮が必要です。

また、全身状態の悪化や免疫力の低下は、がん細胞にとって再発・転移の絶好のチャンスとなります。手術が転移のきっかけとなることもあります。

がん治療は、がんを攻撃するだけでなく、体に備わった防御力を高めることも大切です。

[図1 生体防御力の年齢別推移]
図1:生体防御力の年齢別推移

生体防御能は20歳台をピークにして、老化に伴って生理的に低下する。身体的侵襲や精神的ストレスにより防御力は低下するが、復元力(回復力)により回復する。適切な対処により生体防御力を高めることもできる。生体防御力への配慮なく手術や抗がん剤などによりがんの攻撃ばかり行っていると、防御力のレベルの低下によりがんの急速な進展や日和見感染などが原因となって死亡する。生体防御力を高めることによってがん患者の延命を図ることは可能である

がん治療における西洋医学と東洋医学の視点の違い

最近は、個々の患者さんの状況に応じた「オーダーメイドのがん治療」を目標とした研究が盛んになってきています。このオーダーメイドのがん治療では、漢方治療や鍼灸などの東洋医学の治療法は、西洋医学とはまったく異なったアプローチをしています。

西洋医学では、がん細胞や正常細胞の遺伝子解析から、抗がん剤の感受性や副作用の程度を推定し、がん細胞の個性に合った抗がん剤の選択と、患者の個体差に合わせた薬剤投与量に反映させることが目標となっています。

一方、漢方治療では、個々の患者さんの病状や体力や体質に応じて、体力や抵抗力をいかに高めるか、症状を改善させるか、というようにオーダーメイドの考え方をします。

同じがんという病気であっても、患者さんの体質や病状はそれぞれ異なります。異常を起こしている臓器やバランスを崩している生理機能も個々の患者さんで異なりますし、同じ患者さんでもその病態は時によって異なるのがふつうです。

その時々刻々と変化する生体の失調に対処し、生体の治癒力を引き出せる状態に持っていこうというのが、漢方のオーダーメイド医療の基本です。これを達成できるのは、体の「虚」を補うノウハウを長い臨床経験のなかで蓄積し、複数の生薬を組み合わせて体調や病状に合ったオーダーメイドの薬を作ることができるからです。

鍼灸や気功も、体調を改善し治癒力を高めることを目的とする点では、漢方薬と同じです。つまり、西洋医学が腫瘍だけをターゲットとするのに対して、東洋医学の視点は、体の抵抗力や治癒力など体全体を対象にしている点に違いがあります(図2)。

[図2 がん治療における西洋医学と東洋医学の視点の違い]
図2:がん治療における西洋医学と東洋医学の視点の違い

西洋医学は主に腫瘍細胞だけをターゲットとするのに対して、東洋医学では生体全体を対象とし、抵抗力や治癒力を高めることを重視し、そのための治療法を多く持っている。東洋医学的方法論は、西洋医学の手段とは別の次元で働き、お互いに助け合うべき関係にある

攻撃は最大の防御か?

孫子の兵法の中に、「攻撃は最大の防御」という言葉があります。西洋医学のがん治療も、これに従っているように思えます。

しかし、この戦略は敵に対して攻撃力が圧倒的に強い場合にしか当てはまりません。攻撃力が十分でなければ、戦いが長引いて泥沼にはまります。早期のがんであれば、「攻撃は最大の防御」というのは正解です。手術などによってがん組織を完全に取り除けるからです。しかし、がんが進行している場合には、現在の治療方法の攻撃力が十分でないことは、治療成績を見れば明らかです。

一方、「戦わずして勝つ」という言葉もあります。

戦力や防御力が勝っていれば、相手は攻めて来ないということです。体に備わった抗がん力(体力や免疫力など)を十分に高めることができれば、がんを攻撃しなくても、がんの進展を抑えることができる場合もあります。

がんを初めの段階で一気に除去できない場合は、防御力を高める方法も併用しながら治療戦略を立てるべきだと思います。

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