治癒力を引き出す がん漢方講座
第16話 再発予防における漢方治療の役割
ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。
がんはがん体質という氷山の一角
がんは、全身病です。血液循環障害、新陳代謝の低下、免疫力や抗酸化力といった体の生体防御力の低下、慢性炎症の存在、食事の不摂生による栄養素の欠乏、老化、ストレスなど、体全体の異常が基盤となってがんが発生します。組織の治癒力が低下した体は、がんが発生しやすい状態にあります。目に見えるがん組織をいくら取り除いても、再発・転移や第2、第3の別のがん(多重がん)が発生するのは、そのせいです。がんの発生や増殖、再発を促進する要因を体内から除去しない限り、根本的な問題は解決しません。
がん組織は、「がん体質という氷山」の一角にすぎません(図1)。目に見えるがんを取り除いても、水面下にある「がん体質」という氷山そのものを小さくしなければ、またがん組織が現れてきます。
がん手術後の再発予防法として、西洋医学においては「全身に散らばっている(かもしれない)がん細胞を抗がん剤で抑えよう」という考えのもと、術後補助療法が行われます。
一方の漢方治療では「がん細胞が体の中に残っていても、免疫力や治癒力をしっかりと保持すれば、増殖は抑えられる」という考え方を基本にしています。つまりは、水面下の氷山(がん体質)を小さくすれば、水上に出てくる部分(がん組織)も小さくできるというのです。
進行がんの抗がん剤治療においても、治癒力を低下させている要因やがんを促進する要因を取り除く漢方治療を併用して行います。併用療法が治療にプラスの効果を与えることは、容易に理解していただけるかと思います。
がん体質と関連する気・血・水の異常
がんに対する免疫監視機構の働きは老化とともに低下しますが、これは臓器機能の低下(虚)であり、漢方的には気虚や血虚として捉えることができます。実際に、人参・黄耆・茯苓・当帰などの補気薬や補血薬に分類される生薬には、免疫賦活作用が証明されているものが数多くあります。
発がんの体質的傾向を漢方医学の概念で捉える際には、*オ血や気滞といった気や血の滞りが重視されます。「気血が滞ると百病生じる」というのが漢方の考えです。気滞やオ血が長期にわたって続くと免疫機能は低下しますし、治癒力が障害されてさまざまな病気を引き起こしやすくなります。免疫力の低下に加えて組織の酸素不足などによる治癒力の障害が起きると、体はがんが発生しやすい状態になっていると考えられます。
このような考え方は、現代医学的な理論からも間違いではありません。種々のストレスによって生じる抑うつや自律神経の失調は、諸臓器の機能異常、組織や臓器の血液循環にも悪影響を及ぼすことはよく知られています。血液循環の異常による新陳代謝の低下は、治癒力を妨げ、生体防御力を弱めるため、がんの促進因子となります。
組織の酸素不足が、がんの増殖を促すことに関しては、すでに報告がされています。また発がんの主要な原因である酸化的ストレスはオ血の原因となります。このように、気や血の滞ったオ血や気滞といった漢方医学的病態は酸化ストレスや免疫力低下と密接に関連し、発がんの促進因子として、体質的基盤をなすと考えられます。
がんの発生や再発の要因として、免疫力などのがんに対する抵抗力や治癒力の低下が重要ですが、西洋医学ではあまり重視されていません。気血水の異常を改善し、体に備わった抵抗力や治癒力を高めていくという治療法は、漢方ならではのがん再発予防策です。
生薬成分の相乗効果によってがん体質を改善する
発がん予防(微小がんの顕在化抑制)や再発予防を目的とした治療には、漢方薬治療がある程度の効果を発揮します。どちらもがん体質を変えることを目的としているからです。
たとえば、生薬成分による抗炎症作用やフリーラジカルの消去・産生抑制には、発がん過程を抑制する効果があります。また、補剤に関しては、免疫賦活作用によって、がんの顕在化を抑制すると考えられています。実際に、薬用人参や十全大補湯などの生薬・漢方薬による発がん抑制効果が、動物実験や疫学調査で明らかになっています。
漢方薬はさまざまな効能を持つ複数の生薬を組み合わせてつくられます。それぞれの生薬は多数の成分を含んでいます。漢方治療によって気血水の量と巡りを正常化させることは、消化管の働きや組織の血液循環、新陳代謝を良好にします。
生薬に含まれる天然成分のなかには免疫力や抗酸化力を増強するものがあり、それらの物質的基盤ががん体質の改善を促すと考えられます(図2)。
がん治療後の食生活の内容が、再発率に影響することが多くの疫学的研究で知られています。たとえば、野菜や大豆製品を多く食べると、がんの再発率が低下することが報告されています。漢方治療は医食同源思想を基本にしており、野菜に近い薬草を複数組み合わせることによって、病気を予防するノウハウを蓄積しているのです。漢方の有用性は、この点にあります。単一成分でがん予防効果を得ようとする要素還元主義の西洋医学の研究は、ことごとく失敗しています。医食同源思想を基盤とする漢方医学の方法論にも目を向ける必要があるように思います。
*オ血:オは病だれに於
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