治癒力を引き出す がん漢方講座
第17話 抗がん剤と黄耆の相乗効果
ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。
黄耆は病気に対する抵抗力を高める
漢方では、体力や抵抗力の源である生命エネルギーを「気」という概念でとらえます。気の産生を増すことで体力や抵抗力を高める生薬を補気薬と言い、補気薬の代表が高麗人参と黄耆です。がんの漢方治療で利用される機会が多い補中益気湯や十全大補湯や人参養栄湯など体力や免疫力を高める効果をもつ漢方薬の多くが、高麗人参と黄耆の組み合わせを基本にしています。高麗人参については第6話で解説していますので、今回は黄耆の効能について紹介します。
黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根です。黄耆の多糖類成分にはインターフェロン誘起作用やリンパ球の活性化など免疫機能増強作用があり、病気全般に対する抵抗力を高めます。皮膚の血液循環や新陳代謝を良くして皮膚の傷の修復を促進する効果や、肝細胞の再生を促進する作用があるとされています。
黄耆には体内から余分な水を排除する作用(利水作用)もあります。高麗人参は体液を保持する作用があり、多量に使うとむくみや血圧の上昇が起こりますが、利水作用をもつ黄耆と組合せることによって、人参の副作用を軽減しながら、体力や抵抗力を増強する効果を相乗的に高めることができます。
黄耆の免疫力増強作用や抗がん剤の副作用軽減効果に関しては、動物実験や臨床試験などで、高麗人参に次ぐ研究報告がなされています。
例えば、マウスに抗がん剤を投与して骨髄にダメージを起こす実験モデルで、マウスの腹腔内に黄耆エキスを投与すると、造血能の回復が促進されることが確認されています。その作用機序として、黄耆エキスが骨髄の造血支持細胞の生存率や増殖能を高め、造血機能を高める増殖因子の産生を促進する効果などが報告されています。また、黄耆に含まれるサポニン成分が、がん細胞の増殖を抑えたり、細胞死(アポトーシス)を引き起こしたりする効果も、培養細胞や動物実験の研究で示されています。
欧米では黄耆はアストラガルスという名前で、免疫増強や滋養強壮を目的としたサプリメントとして利用されており、米国では高麗人参(Ginseng)と並んで最も多く販売されている漢方系ハーブの1つです。中国では、内服の漢方薬だけでなく、黄耆エキスの注射薬を、抗がん剤の副作用軽減の目的で使用しています。
メタ・アナリシスで示された黄耆の効果
EBM(根拠に基づく医療)を重視する西洋医学のがん専門医の大半は、漢方治療の有効性や安全性はエビデンスに乏しいとの考えから、抗がん剤治療中は漢方治療を併用することをしませんでした。しかし最近になって、抗がん剤治療に漢方薬治療を併用すると、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めるという信頼度の高い臨床試験の結果が数多く発表されるようになりました。
2006年の『ジャーナルオブクリニカルオンコロジー』(JCO)という学術雑誌には、白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を使用した進行非小細胞肺がん患者を、抗がん剤単独のグループと、抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用したグループに分けて行った34の比較試験をメタ・アナリシス(*)の手法で解析した結果が載っています。それによると、抗がん剤治療に、黄耆を含む漢方製剤を併用すると、生存率や奏効率が上昇し、副作用が軽減されるというメタ・アナリシスの結果が報告されています(表)。EBMの考え方ではメタ・アナリシスの結果がもっとも強い証拠とされています。
この試験では、黄耆を含む内服の漢方薬を抗がん剤治療に併用したグループは、抗がん剤単独のグループと比較して、12カ月後の死亡数が30パーセント以上減少し、奏効率やQOL(生活の質)の改善率は30パーセント以上あがり、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になるという結果が示されています。
*メタ・アナリシス=同じテーマの研究結果を複数統合して、統計的に分析する研究手法。ひとつひとつの臨床研究では症例数が少なくて統計的な精度や検出力が不十分な場合や、研究間で結果が異なる場合など、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、その治療法の有効性を総合評価する
進行した非小細胞性肺がんに対する黄耆をベースにした漢方薬と白金製剤をベースにした抗がん剤治療:ランダム化臨床試験のメタ・アナリシス |
J Clin Oncol.24(3):419-430,2006 McCulloch M, 他(University of California,Berkeley School of Public Health,Division of Epidemiology,Berkeley,CA 94720,USA.) |
【目的・方法(抜粋)】 進行した非小細胞性肺がん患者に対して、白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を中心とした抗がん剤治療において、黄耆を含む漢方薬を併用した場合の効果を検討した34のランダム化臨床試験(患者総数2815人)の結果をメタ・アナリシスの統計的手法で検討した |
【結果】
検討項目 | 評価できた臨床試験の数(n=患者数) | 抗がん剤治療のみの場合を1.0として、漢方薬を併用した場合の相対比RiskRatio()内は95%信頼区間*1 |
---|---|---|
6カ月後の死亡数 | 7試験(n=529) | 0.58(0.48~0.71)*2 |
12カ月後の死亡数 | 12試験(n=940) | 0.67(0.52~0.87) |
24カ月後の死亡数 | 9試験(n=768) | 0.73(0.62~0.86) |
36カ月後の死亡数 | 6試験(n=556) | 0.85(0.77~0.94) |
奏効率 | 30試験(n=2472) | 1.34(1.24~1.46) |
一般全身状態(PS)の 維持・改善*3 | 12試験(n=1095) | 1.36(1.21~1.54) |
グレード3又は4の 白血球減少 | 9試験(n=808) | 0.39(0.24~0.63) |
グレード3又は4の 血小板減少 | 6試験(n=777) | 0.36(0.11~1.21) |
グレード3又は4の 血色素減少 | 5試験(n=500) | 0.26(0.13~0.49) |
【結論】 黄耆をベースにした漢方薬治療は、白金製剤を使用した抗がん剤治療の有効性を高める。この結果は厳密にコントロールされ大規模なランダム化比較試験で確認する必要がある |
*2:抗がん剤と漢方薬を併用した場合の6カ月後の死亡数(率)が抗がん剤だけの場合の死亡数の0.58倍であったという意味
*3:一般全身状態(PS)はKarnofsky performance scaleの10段階評価を用い、一般全身状態が維持あるいは改善された率を比較。漢方薬の併用によって一般全身状態の維持・改善した率が1.36に上昇したことを示している
素人判断での漢方薬の服用は危険
十全大補湯などのエキス製剤の漢方薬が抗がん剤の副作用を軽減する効果は、日本でも数多くの研究報告がありますが、薬物代謝酵素に対する漢方薬の影響を懸念する意見などもあります。今回の試験結果から、黄耆には延命効果や奏効率を高める効果があり、抗がん剤の効き目を弱める心配はなさそうですが、抗がん剤と漢方薬の併用の是非については、まだ議論があります。
症例数が少ない臨床試験では有意差が出たものが発表され、有意差が認められなかったものは発表されない傾向(出版バイアスという)があるため、メタ・アナリシスの結果だけでは有効性を結論づけることはできません。最終的な結論を出すには、大規模なランダム化試験の結果を待たなければならないのも事実です。
滋養強壮作用や免疫増強作用、ダメージを受けた肝細胞や皮膚や粘膜の修復を促進する作用、血液循環の改善作用、利尿作用など、基礎研究や臨床経験で認められている黄耆の効能は、抗がん剤の副作用軽減や効果増強に役立つ可能性は十分にあるように思いますが、まだ不明な点も残っています。
医食同源を基本とする漢方治療は、抗がん剤治療中においても、食事療法をサポートし、生存率やQOLの向上に寄与すると考えられています。しかし、抗がん剤治療中の素人判断での漢方薬やサプリメントの服用は危険であることには変わりがありません。漢方とがん治療の両方に詳しい医師や薬剤師に相談しながら適切な漢方薬を利用することが大切です。
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