治癒力を引き出す がん漢方講座
第18話 下痢を改善する漢方治療

福田一典
発行:2007年8月
更新:2013年4月

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

下痢の原因によって生薬を使い分ける

下痢はがん治療中にしばしば起こります。抗がん剤治療では消化管粘膜のダメージによって消化吸収が障害され、消化管手術の後では消化管の切除や再建による消化管運動の異常が下痢の原因となります。抵抗力が低下すると病原菌による胃腸炎が起こりやすくなり、抗生物質を使うと腸内細菌が変化して下痢が起こることがあります。

下痢の治療は西洋薬での治療に加えて漢方薬を併用すると効果が高まることがあります。昔から胃腸虚弱による下痢や感染性下痢には西洋薬にない効果もあるため、漢方薬が使われてきました。

胃腸内に水分が停滞して水様性下痢を起こしているときには、白朮(オケラやオオバナオケラの根茎)・蒼朮(ホソバオケラやシナオケラの根茎)・茯苓(マツホドの菌核)・猪苓(チョレイマイタケの菌核)・沢瀉(サジオモダカの塊茎)などの健脾利水薬(胃腸の働きを高めて余分な水分を排出する薬)が使われます。

胃腸の働きが弱っている慢性下痢には、大棗(ナツメの果実)・山薬(ナガイモの根茎)・蓮肉(ハスの果実)のような食品としても利用されている健脾薬を併用します。漢方医学でいう「脾」は栄養物の消化吸収という消化器系全体の働きを統一的にとらえた概念です。脾の機能低下を脾虚といい、胃腸虚弱に近い概念です。脾虚を改善する生薬を健脾薬といいます。

体力や抵抗力の低下が著しいときには高麗人参や黄耆のような補気薬(生命エネルギーである気の量を増す生薬)を併用します。冷えが下痢を悪化させている場合には附子・乾姜など体を温める補陽薬を使用します。感染性の下痢や出血を伴うときにはベルベリンを含む黄連・黄柏を用い、消化管運動が亢進して腹痛が強いときには芍薬を配合します。芍薬はボタン科のシャクヤクの根で、主成分のペオニフロリンには、腸管平滑筋の痙攣を緩和し、過剰になった腸の蠕動運動を鎮める効果があります。

下痢に使われる漢方薬

急性の水様性下痢で、胃腸内に過剰な水分がある場合(水滞)には利水剤の五苓散を用います。五苓散は利水薬の白朮(または蒼朮)・茯苓・猪苓・沢瀉に桂皮(クスノキ科のニッケイ類の樹皮)の5つからなる漢方薬です。桂皮は血行促進作用により利水の効果を高める目的があります。

慢性的な下痢の場合には消化吸収機能自体の低下があるため、胃腸の虚弱状態を改善することが大切です。六君子湯(人参・白朮または蒼朮・茯苓・甘草・生姜・大棗・半夏・陳皮)、啓脾湯(白朮または蒼朮・茯苓・人参・甘草・沢瀉・陳皮・山査子・山薬・蓮肉)、補中益気湯(人参・黄耆・白朮または蒼朮・甘草・大棗・陳皮・生姜・柴胡・升麻・当帰)のように、補気薬、健脾薬、利水薬をバランスよく組み合わせた漢方薬が使用されます。

胃腸虚弱と体の冷えが強い場合は、人参湯(人参・白朮または蒼朮・甘草・乾姜)や真武湯(附子・生姜・白朮または蒼朮・茯苓・芍薬)のように補陽作用(体を温める)を持つ乾姜や附子を併用処方します。

腹がゴロゴロ鳴り、下痢と嘔吐があって上腹部の圧痛がある場合には半夏瀉心湯が使われます。半夏瀉心湯は抗がん剤の塩酸イリノテカン(CPT-11商品名トポテシンまたはカンプト)による下痢を緩和する効果が報告されています。

イリノテカンの下痢に対する半夏瀉心湯の予防効果

半夏瀉心湯は半夏・黄終・乾姜・人参・甘草・大棗・黄連の7種の生薬からなり、下痢や悪心・嘔吐などの治療に用いられる漢方薬です。補益作用のある人参・甘草・大棗に、抗炎症作用を持つ黄終・黄連と消化管機能改善作用のある半夏・乾姜を組み合わせることにより、胃腸粘膜の炎症を緩和し、粘膜のダメージの回復を早めます。

イリノテカンはDNAトポイソメラーゼを阻害して強い抗がん活性を示しますが、副作用として重篤な下痢があります。これはイリノテカンの活性体が肝臓でグルクロン酸抱合を受けて胆汁経由で腸管に排泄された後、腸内細菌のβ-グルクロニダーゼによって脱抱合される結果、活性型代謝産物が再生成され、これが腸管粘膜を損傷して下痢が引き起こされると考えられています(図)。

黄終(シソ科のコガネバナの根)に含まれるフラボノイド配糖体のバイカリンには、β-グルクロニダーゼを阻害する活性があります。そのため腸管で再生成を抑え、イリノテカンの下痢を抑制する可能性が推測され、黄終を含んでいて下痢に使われる半夏瀉心湯が試されました。

その結果、イリノテカンの投与2~3日前から半夏瀉心湯エキス剤を投与したところ、下痢の予防あるいは軽減効果があることが動物実験やヒトの臨床試験で示されました。この際、抗腫瘍効果には影響しないことが確認されています。イリノテカンによる下痢には、塩酸ロペラミドがしばしば投与されます。しかし、同剤が効果がない場合も半夏瀉心湯が著効を示すことが多く、イリノテカンの使用にあたっては半夏瀉心湯の予防的内服が勧められます。

単にフラボノイド配糖体によるβ-グルクロニダーゼ阻害が唯一の作用機序であるなら、漢方方剤でなく、黄終やフラボノイド配糖体の単独投与でも効果が得られるはずです。しかし、半夏瀉心湯に含まれる他の生薬の総合的な作用がより効果を高めているのです。つまり、半夏瀉心湯には腸管内プロスタグランジンE2の増加を抑制し、障害された腸管粘膜の修復を促進し、さらに腸管の水分吸収能を改善する効果も報告されています。単一の成分より複数の生薬の相乗効果を利用して効果を高める点が漢方薬の特徴なのです。

[図 塩酸イリノテカン(CPT-11)による下痢の発生機序と半夏瀉心湯の作用点]
塩酸イリノテカン(CPT-11)による下痢の発生機序と半夏瀉心湯の作用点

CPT-11はプロドラッグ(体内で分解され活性化する薬)であり、まず体内で肝臓にあるカルボキシルエステラーゼによって強力な抗がん作用をもったSN-38に分解され全身に運ばれる。肝臓内で生成したSN-38は同じく肝臓にあるグルクロン酸抱合酵素によってグルクロン酸抱合され、胆汁を経て腸管に排泄される。この時点でSN-38は不活化されていて障害作用はない。しかし、胆汁から腸管内に移行したSN-38のグルクロン酸抱合体は腸内細菌のβ-グルクロニダーゼによって分解され、再びSN-38が大腸内で生成される。これが大腸の粘膜上皮細胞を障害して下痢を発症することが推測されている。
半夏瀉心湯に含まれるフラボノイド配糖体は腸内細菌のβ-グルコロニダーゼ活性を阻害する結果、大腸内における活性型SN-38の生成が抑制され、薬剤の効果を弱めることなく下痢が予防される

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