治癒力を引き出す がん漢方講座
第20話 悪液質に対する漢方治療

福田一典
(2007年10月)

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

悪液質を改善すると延命効果がある

悪液質とは、慢性疾患に起こる主として栄養失調に基づく病的な全身の衰弱状態で、全身衰弱、羸痩、浮腫、貧血による皮膚蒼白などの症状を呈します。進行がんによる悪液質の場合は、がんは宿主の体に必要な栄養素を奪い取ります。

さらにがん細胞から分泌される物質や老廃物の蓄積、炎症細胞からのサイトカインの過剰分泌、血液循環障害など多くのメカニズムが積み重なっています。

飢餓の体重減少は貯蔵脂肪の涸渇が主ですが、悪液質では骨格筋と体脂肪の両方が失われ、体力が急速に低下します。悪液質になると、食欲不振や倦怠感などの症状が現れ、治癒力や抵抗力が低下してQOL(生活の質)を悪くする原因となります。抵抗力が低下すると感染症を発症して、ますます体力がなくなり死亡の原因となります。

がんの増殖を抑えることができなくても、がん患者の衰弱と死亡の直接的な原因である悪液質の状態を軽減できれば、延命効果が得られます。悪液質を改善することで、がんに対する免疫力と治癒力が向上して、治療効果を高めることが期待できます。

漢方治療が、がんを縮小させる力が乏しくても延命効果を発揮できる理由の1つは、悪液質を改善して体力や抵抗力の低下を防ぐことを目標にしているからです。

免疫を活性化すると悪液質が悪化することもある

がん性悪液質は、十分なタンパク質とカロリー投与によっても改善できない点が、単純な飢餓とは異なります。それには腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)やプロスタグランジンや活性酸素などの炎症性因子が関与しています。悪液質の改善にはこれらの作用を制御することが必要です。

このような炎症性因子はがん組織内のマクロファージなどの炎症細胞から産生されます。マクロファージというのは、細菌や異物や死んだ細胞などを細胞内に取り込んで、酵素で消化する細胞です。さらに、がん抗原をリンパ球に提示したり、リンパ球の働きを制御するタンパク質を分泌して免疫を調節する役割も持っています。

活性化されたマクロファージから産生される腫瘍壊死因子アルファは、がん細胞を殺す作用がありますが、場合によっては、がん細胞の酸化ストレスを高めたり、がん性悪液質の原因になります。

さらに活性化したマクロファージからは、活性酸素や一酸化窒素のようなフリーラジカルやプロスタグランジンE2も大量に産生されます。フリーラジカルは正常細胞を傷つけて発がん過程を促進し、プロスタグランジンE2は、血管新生を促進し、がん細胞の増殖を促進し、リンパ球の働きを抑えて免疫力を低下させる作用があります。

つまり、マクロファージが活性化するということは、免疫を高めるという良い面だけでなく、炎症を増悪させてがんを悪化させる可能性があるという悪い面ももっていることを知っておく必要があります。

がん性悪液質の治療では、抗TNF-α作用をもつサリドマイドや、プロスタグランジン産生阻害作用を持つシクロオキシゲナーゼ阻害剤やω3不飽和脂肪酸、活性酸素を消去する抗酸化剤の有効性が報告されています。がん組織の炎症反応が強いときや、悪液質が存在するときには、免疫力を高めることを目的にした健康食品や漢方薬は、症状を悪化させることもある点に注意が必要です。免疫力を高める生薬や健康食品には、マクロファージからのTNF-αやプロスタグランジンや活性酸素の産生を刺激する作用があるからです。

がんの漢方治療では、免疫力を高める滋養強壮薬だけでなく、状況によっては抗炎症作用や抗酸化作用をもった生薬(清熱解毒薬や駆オ血薬)を使用することがポイントになります。

駆オ血:オは病だれに於

悪液質改善に清熱解毒薬や駆オ血薬が役に立つ

高麗人参や紅参に含まれる成分が、がん性悪液質における体脂肪の分解や食欲不振を軽減するという報告もあります。漢方薬の補中益気湯や十全大補湯には、進行がん患者の免疫力を高めることによって、食欲不振や全身倦怠感を改善する効果が認められています。しかし前述のように、免疫力を高めることだけを目的にした漢方薬や健康食品は、かえって悪液質を悪化させる場合もあるので、注意が必要です。

抗炎症作用のある生薬には、炎症反応を抑えたりがん細胞の増殖を抑制することによって悪液質を改善する作用が報告されています。

「清熱解毒」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用と体に害になるものを除去する作用に相当します。体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用などが報告されており、がんの予防や治療に有用であることが理解できます。

清熱解毒薬に分類される生薬としては、黄連・黄ゴン・黄柏・山梔子・夏枯草・連翹・半枝蓮・白花蛇舌草・山豆根・板藍根・大青葉・大黄・蒲公英などがあり、感染症や化膿性疾患に使用されていますが、がんの治療においても有用な生薬です。

清熱薬の代表である黄連(キンポウゲ科オウレンの根茎)は、がんを移植したマウスの実験で悪液質改善作用が報告されています。その機序として、炎症性サイトカインの産生抑制やがん細胞増殖の抑制作用などが示唆されています。

さらに血液循環や新陳代謝を良くする「駆オ血薬」やむくみを軽減する「利水薬」も悪液質の改善に有効です。このように滋養強壮作用をもつ補気薬や補血薬に加えて、清熱解毒薬や駆オ血薬や利水薬を組み合わせることで、栄養障害や悪液質を改善し、延命やQOLの向上が期待できます(図)。

がんの漢方治療は、免疫能や栄養状態を高める扶正法と、がん細胞や炎症反応に対するキョ邪法とを併用することが基本ですが、悪液質の改善もこの考え方が大切です。

黄ゴン:ゴンは草かんむりに今
キョ邪法:キョは示へんに去

[図 漢方薬治療の悪液質に対するアプローチ]
漢方薬治療の悪液質に対するアプローチ
がん組織を構成するがん細胞や炎症細胞から産生されるさまざまな物質によって悪液質が引き起こされる。悪液質の個々の症状に対応する治療薬と、悪液質を引き起こしている原因を抑える治療薬を組み合わせることによって、悪液質を改善する漢方薬を作成することができる

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