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個別化医療総論 急速に進む遺伝子解析と新薬開発

個別化医療でより効果的に、より副作用を少なく

監修●大津 敦 国立がん研究センター早期・探索臨床研究センター長/東病院臨床開発センター長
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2014年9月
更新:2019年7月

  

「遺伝子の解析が進み、個別化医療のスピードが増しています」と話す大津 敦さん

がん治療界で「個別化医療」という言葉が使われ出したのは30年ほど前だ。そして近年、そのころからは思いもよらぬほどの急カーブを描きながらの進展を見せている。がんの原因となる遺伝子変異を見極め、それに対する分子標的薬を投与するという細密さが基本だ。がんの化学療法における個別化医療の現況を、最前線の研究者に聞いた。

「ドライバー遺伝子対阻害薬」という1対1の対決

図1 個別化医療の模式図

「個別化医療」とは何だろう。オーダーメイド医療、テーラーメイド医療などと言われることもあり、患者自身の好みや意見に沿った治療をしてくれることでは、との解釈を持たれることもあるが、医療上の意味は違う。

「特定の患者集団に効果を発揮する薬剤を、その患者集団にだけ投与するという治療法です」

がんの個別化医療の最先端にいる、国立がん研究センター早期・探索臨床研究センター長/東病院臨床開発センター長の大津敦さんは、わかりやすく解説を始めた。

「海外では最近precision medicineと言われています。precisionとは、『精度が高い、誤差がない』といった意味です。がんを引き起こすような変異や融合などをした『ドライバー遺伝子』を突き止め、その遺伝子をターゲットにした分子標的薬を投与します」(図1)

従来の殺細胞抗がん薬治療はがん細胞の増殖を抑える作用を持つ薬を投与するもので、いわゆる絨毯爆撃的にがん細胞を攻撃していた。そのため、正常な細胞も傷つけてしまい、副作用も多く出てしまうというデメリットもあった。

それが、分子標的薬の登場により変わった。分子標的薬とは、がん細胞が持っている特定の分子をターゲットとして、その部分だけに作用する。

「殺細胞抗がん薬は相対的に効きやすいか、効きにくいかということを考えて使われます。一方で、一部の分子標的薬は、『ドライバー遺伝子異常対その阻害薬』という、1対1の対応をします。逆に言うと、ある種類は効くけど、ほかの種類には全く効かないということです。オンとオフがはっきりしています。この1対1の治療が理想的な個別化医療です」

より正確な医療を目指して急激な進歩

個別化医療という言葉が使われ出したのは、30年ほど前からだ。しかし、しばらくは感受性試験といって採取したがんの組織や細胞に薬を振りかけて、効きそうな薬を選んでいるというレベルだった。

「個別化がクリアではありませんでした。しかし、近年の進歩はすごいスピードで進んでいます。ゲノム解析の技術が進歩し、より正確な(precision)医療ができるようになりました」

ターゲット遺伝子の特定や新薬開発の将来予測も、前倒しで実現し続けているという。

「次世代シークエンサー(解析装置)で様々ながんの遺伝子異常が調べられています。最近1、2年で、いろいろながん種で次々にわかってきている状況です」

遺伝子異常が発見されると、それを標的にした新薬の開発が進められ、さまざまな臨床試験を経て患者さんに届くようになる。

分子標的薬が日本で最初に承認されたのは2001年、それ以来30以上の薬が治療の場で使えるようになった(図2)。

図2 代表的な異伝子変異と分子標的薬

Garnett MJ et al: Drug Discov Today, 2012

「肺がんが一番進んでいます。EGFR(上皮成長因子受容体)やALK(未分化リンパ腫キナーゼ)といった遺伝子の変異や融合に応じて、そこにぴたりとフィットする薬剤としてイレッサやザーコリが投与され、がんを抑えるのです」

その効果の高さは従来の抗がん薬との比較試験で明らかになっている(図3)。

図3 イレッサと抗がん薬との比較試験

Mok TS, et al. N Engl J Med 361: 947-957, 2009

イレッサ=一般名ゲフィチニブ ザーコリ=一般名クリゾチニブ

治療効果を高め 副作用、医療費を抑える

分子標的薬がピンポイントで、がんのドライバー遺伝子を攻撃することで、患者にはどのようなベネフィットがあるのだろうか。

「治療効果が上がることが一番大きなことですが、副作用が少なくなりますし、無駄な治療を避けられることで医療費も抑えられます」

1対1対応ということは、違う一面から見れば、無駄な薬を投与しなくていいということになる。がんの原因となるドライバー遺伝子が特定されれば、その遺伝子に作用する薬だけ投与すればよいわけで、絨毯爆撃的に「効くかもしれない」薬を投与する必要はなくなる。それにより、副作用も減るし、医療費も抑えられる可能性があるということだ。

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