わたしの町の在宅クリニック 7 藤野在宅緩和ケアクリニック
看取りまでの過程を大切に。共に最期を考えていきたい
石橋了知さん
〒252-0187 神奈川県相模原市緑区名倉837-6
TEL:042-684-9166 FAX:042-684-9188
URL:www.fujino-kanwa.com/
「看取りに至る過程が大切で、その患者さんの最期の物語をどう紡いでいくか、ご本人、ご家族と一緒になって考えていきたい」――こう話すのは、神奈川県相模原市にある藤野在宅緩和ケアクリニック院長の石橋了知さんだ。クリニックは石橋さんのみの「1人クリニック」。地域に密着しながら、丁寧なケアが行われている。
出産への立会いが在宅ケアに取り組むきっかけに
JR中央線藤野駅から車で10数分。相模川を越えて山間に入るとコテージ風の住宅が数棟、軒を並べている。その一角に藤野在宅緩和ケアクリニックはあった。開業は昨年(2013年)3月。ドアを開けると、真新しい清冽な杉の香りが漂ってくる。
「診察室はいってみれば出会いの場。不安を抱えて訪ねて来られるご本人やそのご家族と、落ち着いた雰囲気の中でリラックスして話し合いたい。そう考えると、自然とこうなりました」
と話すのは、クリニック院長である石橋了知さん。クリニック内には石橋さん以外に看護師も事務スタッフの姿も見当たらない。そう、藤野在宅緩和ケアクリニックは石橋さんの「1人クリニック」なのである。石橋さんはクリニックを拠点として、がんや認知症、脳梗塞など、多様な疾患を持つ人たちの在宅緩和ケアに取り組んでいる。
石橋さんが「人の生と死」を扱った写真家、藤原新也さんの著作「*メメント・モリ」に感銘を受け、緩和ケアを志すようになったのは慶應義塾大学医学部在学中のことだった。卒業後も「看取りに関わりたい」と、当時は末期がん患者さんの最期の選択肢とされた放射線治療科を選択する。その石橋さんが在宅ケアに関心を持ったのは、パートナーの出産に立ち会った経験が契機になっている。
「妻と話し合って、自宅での出産を選択しました。温かく穏やかな環境の中で新たな生を迎え入れたことは素晴らしい体験だった。そしてそれが人間本来の自然な在り方だと感じました。それなら死も同じように自宅で迎えてもいいのではないかと考えました」
*「メメント・モリ」=ヨーロッパ中世末期に盛んに使われたラテン語の宗教用語「死を想え」
看取りに至るまでの過程を大切にする
石橋さんが在宅緩和ケアで何よりも重視しているのが、「人と人とのつながり」だ。「医療の本来の目的は、ご本人やご家族に幸せになってもらうことにあると思っています。末期がんなどで緩和ケアを受ける人たちが幸せを感じるためには、自分自身の物語をきちんと紡いでいく必要があります。もっとも現実には、ほとんどの患者さんは自らの最期の生き方について、明確に自覚しているわけではありません。そこで、ご本人の物語をどんな形にしていけばいいのか、ご本人やご家族に深く関わりながら、共に考えていく。それが僕に課された重要な役割の1つだと思っています」
例えば40代のある女性がん患者さんは小腸がんが腹膜に転移しており、体調も芳しくなかった。しかし、その女性は小学生と中学生の2人の子どもが成人式を迎えるまで、誕生日ごとに読んでもらう手紙を書きたいと、在宅緩和ケアを選択したという。
「その女性は子どもたちと過ごすという物語を選択され、そして2人のお子さんが結婚式を迎える日までの手紙を書き終えることができました。体はきつかったかもしれませんが、それでも最期のときまで、ご家族と一緒に穏やかな毎日を過ごすことができたと考えています」
結果よりもプロセス。在宅緩和ケアでは看取りに至る過程を大切にしていくことで、患者さんやその家族を最期までしっかりと支えていくという。
患者さんと共に最期の物語を紡いでいきたい
藤野在宅緩和ケアクリニックの昨年の看取り患者数は21人。現在は末期がんを中心に17人の患者さんに関わっている。
患者さんの中には病院で化学療法を受けている人もいる。また家族のいない独居の人がケアを受けているケースもある。ちなみに石橋さんの患者さん宅への訪問頻度は末期がんの場合で、週に2度が原則だ。さらに訪問看護ステーションの看護師が週に2度訪れる。また「1人クリニック」であることからもわかるように、「地域密着」もケアの1つの特徴だ。
「藤野という地域との関係を大切に、丁寧なケアを続けていきたい。ご本人やご家族と一緒に、その人本来の最期の生き方を探していきたいと思っています」
看取りに至る過程を大切にし、その人それぞれの〝物語〟を患者さんと共に作っていく――。これからどんな物語がこのクリニックから紡ぎ出されていくのだろうか。