【呼吸器内科医×患者対談】医療者と十分コミュニケーションをとり、自分に合った治療法を選ぶ 自分で納得した肺がん治療を行うために
遺伝子検査により、自分のタイプに適した個別化治療が進む肺がん治療。自分自身で納得し、自分に合った肺がん治療を受けるためには、医療者とのコミュニケーションが大切です。
遺伝子検査でALK融合遺伝子陽性であることが判明し、新薬ザーコリによる治療を続ける患者さんとその主治医に、実際にどのようにコミュニケーションをとりながら治療を進めているのかを話し合ってもらった。
(Sさんプロフィール) Sさんは2007年にⅢ期の非小細胞肺がん(腺がん・リンパ節転移なし)と診断され、診断を受けた病院で手術を勧められたが仕事が忙しいことを理由に断った。その後、がんの進行に伴い、カルボプラチン*を中心とした3種類の抗がん薬併用療法を受けたが、がんの進行は止まらなかった。そこで、新しい遺伝子検査であるALK融合遺伝子検査を行ったところ、陽性と分かり、 ALK阻害薬ザーコリの発売を機に、2012年7月に聖マリアンナ医科大学呼吸器・感染症内科に転院、同薬による治療が開始された
*カルボプラチン=商品名パラプラチン/カルボプラチン/カルボメルク
これからは遺伝子検査が必要
古屋さん Sさんは、2012年の7月25日から、ALK阻害薬ザーコリ*を服用し始めました。服用を始めた最初の3週間は入院し、その間にいくつかの副作用を乗り切りながら、今も服用し続けていただいています。
この薬はALK融合遺伝子を持っている(陽性)*患者さんに対する分子標的薬ですが、前の病院でALK融合遺伝子検査を行った経緯をお聞かせいただけますか?
Sさん がんが進行して、担当の先生が外科の先生から内科の先生に代わった際に、ALK融合遺伝子という遺伝子を持つ人に効果がある新しい治療薬のことを聞きました。
私は手術が嫌いなので、なるべく切らずに治療してもらいたいと思っていましたので、新しい治療薬があるのであればと思いALK融合遺伝子検査を受けてみることにしました。
古屋さん ザーコリのような分子標的薬を使うときは、まずその薬剤が、効果・副作用などを含めどういう薬剤なのかを患者さんに理解していただく必要があります。そしてその分子標的薬が患者さんのがんのタイプに合うかどうかを調べるための遺伝子検査が必要です。Sさんの場合は、前治療として数多くの化学療法を行ってきました。EGFR遺伝子変異が陰性でしたので、ALK融合遺伝子が陽性である可能性が考えられ、前の病院の呼吸器内科の先生が遺伝子検査を行われたようですね。
Sさん 遺伝子検査を勧めてくれた先生にはとても感謝しています。
*ザーコリ=一般名クリゾチニブ *ALK融合遺伝子陽性=ALK遺伝子は正常な細胞増殖に関係する遺伝子だが、他の遺伝子と融合したALK融合遺伝子(陽性)は、がんなど無限に続く細胞増殖に関わっている
自分の肺がんタイプを知ることが大切
古屋さん 遺伝子検査は大学病院や地域の基幹病院では一般的になっていますが、もし、まだ自分の肺がんタイプをご存知ではなく「遺伝子検査を受けたい、分子標的薬による治療を受けたい」と考えている患者さんがいらっしゃったら、「自分の肺がんのタイプはどのようなものなのか知りたい」と率直に主治医に聞いていただきたいですね。自分の肺がんタイプを知ることで、自分に合った治療薬を選択できますから。
遺伝子検査を受けるためには、がんの組織を取って調べることが必要です。気管支鏡や外科手術で採取したがん組織で調べることが主ですが、胸水でも調べることができます。
また数年前に手術したがん組織を用いて検査することもありますが、長期保存によってがん組織自体が劣化して、正確な遺伝子診断ができない可能性も少なくないので、遺伝子検査を受けるタイミングは十分に主治医と相談することをお勧めします。
ザーコリを服用し始めて何か副作用はでましたか?
Sさん はい。入院して2~3日目に残像が見えるような症状が起こりました。それから、便秘が4~5日続くようにもなりました。
古屋さん 目の症状はザーコリ特有の副作用ですね。通常は次第に患者さんも慣れてくるようで、ザーコリの服用に支障をきたすことはほとんどないようです。ただ症状が現れるのはほとんどが夜間のようで、お年寄りではトイレに行くときなど転倒されないよう注意が必要ですね。便秘に対しては、下剤を飲んでいただきました。
Sさん それがなくなると、脚がむくんできました。とくに膝から下ですね。
古屋さん 治療を始める前に起こりうる副作用については全て説明したつもりでしたけれど、このむくみの症状については、充分な説明ができていなかったかもしれませんね。当時は食欲も落ちておられていたので、低アルブミン血症が原因でむくんだとも考えられましたが、ザーコリの直接の副作用でむくんだのだと思います。
この薬はまだ新しい薬ですが、患者さんによって、出る副作用の種類や程度がかなり異なります。何か気になる症状が現れた時には主治医にすぐに相談することが大切ですね。
小さくなったがんにビックリ
古屋さん これまで効果が見られなかった化学療法からザーコリに変えて、かなりの効果が見られていますがお気持ちはいかがですか。
Sさん びっくりしました。レントゲン(X線)やCT検査でがんがすごく小さくなっていたのを見て、このまま効果が続くといいなと思っています。(図1、2)。
古屋さん ところで副作用はいかがでしたか。
Sさん 今は1日1回1カプセル服用していますが、以前に朝晩2カプセル飲んでいたときは副作用がきつかったです(図3)。
古屋さん 当院に来られた頃は多くの化学療法が効かなくなっていて、腫瘍がかなり大きくなっていましたが、ザーコリを服用し始めて4日目には腫瘍が小さくなっていますし、1カ月後には当初の10分の1くらいの大きさになっています。
副作用に関しては、1日1カプセルにして、たまに1週間くらい休薬したりして治療を継続できるように工夫していますね。年齢的にも1日2回1カプセルを飲むことは難しいかも知れません。
今なにか副作用などでつらいことはありませんか。
Sさん ありません。食欲もあって毎食きちんと食べて体力が落ちないよう気をつけています。この薬の副作用もわかってきて上手く付き合えるようになっています。日常生活には問題なく仕事も継続しています。これまでの日常生活が変わらず続けられるということはとてもありがたいことです。
古屋さん 薬剤を長期間投与していると、その患者さんの副作用の特徴がわかってきます。ですので、医療者は患者さんとのコミュニケーションを大切にし、患者さんの体調や気持ち、希望に合わせながら服薬量などを決めていくことが治療を続けていく上でとても重要です(図4)。
なるべく病気のことは考えない
古屋さん 同じように肺がんで苦しんでいる患者さんに何か治療上、あるいは生活上のアドバイスはありますか。
Sさん 私はなるべく病気のことは考えないようにしています。年齢も80歳ですし、病気のことを考えるよりも毎日を変わらず過ごしていくことを考えています。
古屋さん 先程もなるべくなら手術は受けたくないというお話がありましたが、それはご自分のそれまでの暮らしを変えたくないということでしょうか?
Sさん それもありますし、たまたま私が肺がんになる半年前に妻が胃がんになって、胃を切除したときに随分体力が弱ってしまったのを見ていましたから、そのようになるのは嫌だという気持ちがありました。体力が弱ってしまうと仕事や日常生活も大きく変わってしまいますから。だから、手術はしないと最初から決めていました。
ザーコリのときの入院中も土日は事務所に行って普段通りに仕事を継続することができました。
古屋さん Sさんはザーコリによる治療によって高い効果が得られています。これからもザーコリによる治療を続けていきたいと思われますか?
Sさん 飲み薬だから、あまり日常生活や仕事にも影響を受けずに治療を続けられ、幸いにもとても効果がでていますので今のところ、飲み続けていきたいと思っています。
ライフスタイルに合わせた治療を受けたい
古屋さん Sさんの「自分のライフスタイルを大切にしたい」というお気持ちが今の結果に繋がっていると思いますし、順調に治療効果も維持できていますので、Sさんにとってはベストな治療法でしたね。今後も「自分のライフスタイルを大切にすること」を目標にして治療していきましょう。
副作用については、たとえば食欲不振や倦怠感などは患者さんご自身から言っていただかないと医師にはわからないことがあります。そういう時はSさんも遠慮なくおっしゃってください。
Sさん あまり我慢せずに言います。
古屋さん 今後の目標としては、副作用なくお仕事を続けられることでしょうか。
Sさん 今は仕事をどうやって辞めようかと考えています。
古屋さん 仕事の性質上、自分で辞めようと決心しないと、辞められない仕事ですね。
Sさん 以前は80歳で辞めようと思っていたのですが、80歳になってしまったので、あと1、2年は続けようかと思っています。
古屋さん Sさんにとって仕事は生きがいの1つのようですから、続けられるだけ続けてみたらどうでしょうか。そのためにも今後も少しでも長くSさんに合ったザーコリによる治療を続けていけるといいですね。
進行肺がん治療の新たな道を示すザーコリを用いた治療法とは?
監修●坪井正博
横浜市立大学附属市民総合医療センター呼吸器病センター外科/化学療法・緩和ケア部 部長・准教授
ALK阻害薬ってどんな薬?
ALK阻害薬はALK(未分化リンパ腫キナーゼ)融合遺伝子をターゲットとした新しい治療薬です。ALK遺伝子とは細胞の増殖に関係する遺伝子です。ALK遺伝子と他の遺伝子が融合してできた異常な遺伝子であるALK融合遺伝子から作られるタンパク質は常に細胞を増やす方向に働きます。そのため、ALK融合遺伝子を持つ(陽性)細胞は無限に増殖を続ける「がん」細胞となるのです。ザーコリのようなALK阻害薬は異常なALK融合遺伝子を阻害することによってがんの増殖を止めたり、腫瘍を小さくすると考えられています。ALK融合遺伝子をもつ肺がん患者さんは、「腺がん」の約3~5%を占めるといわれています。
なぜ遺伝子検査が必要なのか
現在、イレッサ*、タルセバ*、ザーコリなどの分子標的薬は、特定の遺伝子検査をすることで、治療前にその効果が推測できることが明らかになっています。アバスチン*を除く肺がんの分子標的薬はあらかじめ効果が得やすい患者さんを選ぶことができるため、従来の抗がん薬に比べ、治療効果の目安である奏効率*は2倍以上高く、肺がんと診断された時点で、それが進行がんや再発がんであれば、治療薬選択のために自身の肺がんの遺伝子タイプについてきちんと情報を得ておくことは非常に重要なのです。
新薬ザーコリの効果は?
ザーコリの治療効果については、第3相臨床試験として、発売後に標準治療として使われている抗がん薬と、最初の治療(導入療法または1次治療)および2次治療において比較した試験があります。
1次治療の結果はまだ報告されていませんが、2次治療での第3相臨床試験(PROFILE1007)の結果は、昨年秋の欧州臨床腫瘍学会(ESMO2012)で発表されました。
この試験は日本を含む世界21カ国105施設から計343人の患者さんが参加して行われ、ザーコリ投与群172人、化学療法群171人に割り付けられました。化学療法群では、99人にアリムタ*、72人にとタキソテール*が投与され、両群共60人に脳転移がありました。
試験終了時点で無増悪生存期間中央値*は化学療法群の3.0カ月に対し、ザーコリ群は7.7カ月と明らかな延長が認められました。また、奏効率も化学療法群の19.5%に対し、ザーコリ群65.3%と明らかに高いことが示され、患者さん自身の評価による症状やQOL (生活の質)もザーコリ群で明らかな改善が認められました。
*イレッサ=一般名ゲフィチニブ(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬) *タルセバ=一般名エルロチニブ(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬) *アバスチン=一般名ベバシズマブ(VEGF[血管内皮細胞増殖因子]阻害薬) *奏効率=全患者数に占める完全奏効(CR)+部分奏効(PR)の患者数比率 *アリムタ=一般名ペメトレキセド *タキソテール=一般名ドセタキセル *無増悪生存期間中央値=無増悪生存期間とは、がんが進行せずに生存していた期間でPFS(progression-free survival)と略す。中央値は最も短いものから最も長いものまでの中間の値で平均値ではない
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