遺伝子変異を調べて個別化の最先端を行く肺がん治療 非小細胞肺がんのMET遺伝子変異に新薬登場
近年、進行・再発非小細胞肺がんの薬物治療は選択肢が増え、目覚ましい進歩を遂げている。2002年に登場し、2004年EGFR遺伝子に変異のある患者に有効だとわかったイレッサを皮切りに、解明された遺伝子変異ごとの治療薬の開発が進み、非小細胞肺がんの薬物治療は細分化してきた。
そんな中、MET遺伝子変異のある患者に対する新薬が2020年に2剤登場。その概要と薬物療法全体について日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野教授で同付属病院がん診療センター部長の久保田馨さんに伺った。
MET遺伝子変異をターゲットとした新薬登場
肺がんは組織型により、非小細胞肺がん(NSCLC)と小細胞肺がん(SCLC)に大きく分類されるが、そのうちの約85%を占めるのが非小細胞肺がん。その非小細胞肺がんは腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどに分けられる。
肺がんの発症にはEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子、ALK(未分化リンパ腫キナーゼ)融合遺伝子ほか、複数のドライバー遺伝子の変異が大きく関わっている(図1)。
遺伝子に変異があるとチロシンキナーゼという1つの酵素が異常に活性化し、シグナルが伝わってがん細胞が増殖するため、それぞれの遺伝子変異に対するチロシンキナーゼを阻害する薬により治療が行われるようになった。
そのような中で、新たに、MET(間葉上皮転換因子)遺伝子のエクソン14スキッピング変異に対する薬が、2020年に2剤使えるようになった。MET遺伝子変異を持つ患者は約3,000~4,000人いると言われる。
METは、正常細胞の増殖・分裂に関わるがん原遺伝子(proto-oncogene)だ。がん原遺伝子は何らかの原因により変異すると、がん遺伝子になることがある。MET受容体は、肝細胞増殖因子(HGF)をリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)とする。
そのMETがん遺伝子を阻害することで、がんの増殖抑制効果を発揮するのがMETチロシンキナーゼ阻害薬だ。
「MET遺伝子変異の患者さんの割合は約3%です。肺がん患者さんにとって、MET遺伝子変異に対する新薬で治療が可能になったのは喜ばしいことです」
そう話すのは、日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野教授で同がん診療センター部長の久保田馨さんだ。
2020年6月に発売されたのが、テプミトコ(一般名テポチニブ)というMETチロシンキナーゼ阻害薬だ。日本では、2020年3月、世界に先駆けて保険承認された。
これは、「VISION試験」という、METex14(METエクソン14スキッピング)変異陽性の進行・再発非小細胞肺がん患者に対して、テプミトコ単剤の有効性と安全性を検証した国際共同第Ⅱ相試験の結果に基づく。
さらに、タブレクタ(一般名カプマチニブ)は、GEOMETRYmono-1第Ⅱ相試験の結果、2020年6月に保険承認され、発売に至った。
GEOMETRYmono-1第Ⅱ相試験では、METex14変異のある97人の患者において、全奏効割合は未治療の患者群(28人)で68%、治療歴のある患者群(69人)では41%だった。さらに、奏効期間の中央値は、未治療群(治療効果があった19例)で12.6カ月、治療歴のある患者群(治療効果があった28例)で9.7カ月であった(図2)。
「新たにMETに対しての薬が登場したことは、もちろん喜ばしいことではありますが、第Ⅱ相試験で承認された、これらMETチロシンキナーゼ阻害薬については、まだ実際に治療を受けている患者さんが少ないのが現状です。今後、各施設で症例数を蓄積して行き、さらに有効性と安全性を検証していくことが大事でしょう」
METチロシンキナーゼ阻害薬の副作用については、テプミトコが、無力症、疲労、悪心、下痢、上部腹痛、食欲減退、アミラーゼ増加、リパーゼ増加などが見られる。
一方のタブレクタでは、末梢性浮腫、悪心、嘔吐、疲労、呼吸困難、食欲減退などがある。
「さらに2剤とも気をつけなくてはいけない重大な副作用は間質性肺炎で、死亡例もあります。投与にあたっては、添付文書の警告欄に留意して、全症例に対しての使用成績調査を実施することが承認の条件となっています」
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