前立腺がんに対する陽子線治療 有害事象が少なく、根治が可能な放射線療法
秋元哲夫さん
経過観察(watchful waiting)、ロボット手術(ダヴィンチ)、高精度放射線療法、小線源療法、粒子線治療(陽子線、重粒子線)。早期であれば、治療の選択肢が豊富なのが前立腺がん。中でも近年、患者にとって負担が少なく、かつ効果が高く、合併症も少ないと注目されているのが粒子線治療だ。粒子線治療には、陽子線治療と重粒子線治療がある。
そうした中、陽子線治療をその黎明期(れいめいき)から実施してきた全国の11施設が、将来の保険適用治療を目指して(※2018年4月に保険収載が見込まれている)、過去から蓄積した治療成績を集計した後向き研究を行い、昨年(2017年)横浜で開催された「第55回日本癌治療学会学術集会」でその結果を発表した。
この研究の一員で、全国で最も多い陽子線治療数を誇る、国立がん研究センター東病院放射線科科長の秋元哲夫さんにその内容をうかがった。
病巣で最大のエネルギーを発揮
粒子線治療は、従来のX線治療の光子線とは異なる粒子線を利用した治療で、陽子線治療と重粒子線治療がある。陽子線は水素の原子核である陽子を高エネルギーに加速した放射線で、重粒子線は炭素線による放射線治療。
いずれも一定の深さで急激にエネルギーを放出するブラックピークを特徴とし、病巣で最大のエネルギーとなり、効果的に病巣を叩き、正常細胞では極力線量を抑えることができる、メリットの多い治療だが、先進医療として、実費で約290万円(陽子線治療)、約350万円(重粒子線治療)と高額なことが唯一のデメリットだ。
この点については近年、民間保険会社の先進医療特約を利用して負担を軽減するケースも増えているが、やはりまだハードルの高い治療法であると言うことができる。
全国の実施施設の治療状況を示すことが目的
秋元さんは今回の研究に着手した経緯を次のように述べる。「陽子線治療に関しては、先進医療を経て保険収載を目指すにあたって、今まで全国の実施施設の治療状況を示せていなかったので、各施設のデータを集めて、その治療成績をまとめたものを先の学会で『我が国における前立腺癌に対する陽子線治療の多施設共同調査研究』という形で報告したのです」
本研究は、兵庫県立粒子線治療センター、筑波大学附属病院、名古屋市立西部医療センター、札幌禎心会病院、静岡県立静岡がんセンター、国立がん研究センター東病院、総合南東北病院、メディポリス国際陽子線治療センター、福井県立病院、相澤病院、北海道大学医学部附属病院の11施設で、2008年1月から2011年12月にかけて陽子線治療を実施した限局性前立腺がん(T1c-3bNOMO)治療成績を評価した。
登録数は1,302例で、去勢抵抗性がんなどいくつかの要因により11例除外し、1,291例について調査した。解析対象の内訳は、NCCNのリスク分類による低リスク群(T分類T1~T2a・前立腺特異抗原(PSA)10以下・グリソンスコア6以下)が215例、中リスク群(T分類T2b~T2c・PSA 10~20またはグリソンスコア7)が520例、高リスク群(T分類T3a(一部超高リスクT3bも含む)・PSA 20以上またはグリソンスコア8~10)が556例であった。
年齢の中央値は68歳(39~92歳)で、生存例の観察期間中央値は69カ月(7~107カ月)。
治療は、低リスク群では84%に陽子線単独療法を施行。中リスク群では53%で陽子線単独、36%で治療前の内分泌療法(中央値6カ月)が併用された。高リスク群では、陽子線単独が12%、治療前の内分泌療法併用が49%、陽子線治療前後の長期間にわたる内分泌療法併用が37%に実施された。
線量分割については、99%の症例で1回2グレイ(Gy)の通常分割照射で総線量70~82Gy(中央値74Gy)が照射された(17例については1回3Gy(総線量63~66Gy)の寡分割照射法が用いられた)。
晩期有害事象の5年累積発生率は5%未満
治療結果は、リスク別の5年全生存率、生化学的非再発率おいて、それぞれ低リスク群では98.4%、97.0%。中リスク群では96.8%、91.1%。高リスク群では95.2%、83.1%であった。
多変量解析では生化学的非再発率に関する予後不良因子は、T3およびグリソンスコアが8以上(つまり高リスク)という結果だった。また、グレード2以上の晩期有害事象の5年累積発生率は、消化器系で4.1%、尿路系で3.9%といずれも5%未満だった。
秋元さんは「これらの結果から、前立腺がんに対する陽子線治療は、有害事象が少ないうえ、根治が可能な放射線療法であるということが示されましたので、この結果を踏まえて、陽子線治療を先進医療Bで実施している11施設を対象に前向き臨床試験に着手しています。現在、登録240人を目指しています」と述べている。
近年、前立腺がんのみならず、その効果に注目が集まっている粒子線治療だが、まだ実施数は少ない。
「2016年度では、放射線治療実施総数の約1%が粒子線治療だというデータもあります。その中で、陽子線治療と重粒子線治療の比率は4.5対5.5といったところです。陽子線治療は全体の0.45%ということになり、そのうちの3~4割が前立腺がんに対しての治療です」
そう秋元さんは話し、さらにこう続ける。「やはり、IMRT(強度変調放射線療法)や小線源療法、そしてダヴィンチによる手術の数が圧倒的に多いのが現状ですが、技術的には陽子線治療の効果が徐々にわかってきていますので、今後はさらに普及していくことを期待しながら治療を行っています」
リスク分類と合併症の有無を検討して適応を判断
限局性の前立腺がんでは、冒頭で述べたとおり、治療の選択肢が多いが、個々の治療の優劣についてはその比較はないため、どの治療を適応するかの判断はなかなか難しい。
「どの治療を選択してもほぼ90数%根治に向えるというデータがありますので、適応については、リスク分類と合併症の有無などを慎重に検討して、患者さんに詳細に説明することによって治療を決めていくことが大切です」
高リスクになると、被膜外浸潤、さらには精嚢(せいのう)への浸潤といった症例もあるため、その場合は手術選択見送られることが多いが、低・中リスクに関しては、どの治療を選択してもほぼその効果は変わらない。
「ただし、高齢者では手術はきついでしょうし、手術は尿漏れや性機能障害などの合併症の可能性が否めませんから、それらを考慮すると放射線療法のほうが患者さんのQOL(生活の質)にとっては良いと思います。一方、若い人の場合は15~20年後の長期成績がわかっていませんので、放射線療法の長期合併症として2次がんを発症するといった可能性もあり、50~60代の方であれば、手術を選ばれたほうが良いかもしれないということもできます」
このように早期の前立腺がんに対する治療は、例えば、早期の肺がんであれば、手術がファーストチョイス(第一選択)の標準治療、というような明確な定義はなく、他のがんとは状況が違うというのが特徴的だ。
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