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光の力でがん細胞を叩く治療 悪性脳腫瘍に光線力学的療法(PDT)併用の実力

監修●村垣善浩 東京女子医科大学先端生命医科学研究所副所長/脳神経外科教授
取材・文●菊池亜希子
発行:2019年4月
更新:2020年3月

  

「手術中に腫瘍摘出を援護射撃してくれるPDTは、医療者から見てもいい治療法だと思います」と
語る村垣善浩さん

脳機能を温存しながら腫瘍を摘出するという、ギリギリのせめぎ合いの中で行われる脳腫瘍摘出術では、正常組織との境目に、どうしても取り切れない腫瘍組織が残ってしまう。そこに登場したのが光線力学的療法(PDT)。取り切れなかった腫瘍組織を、光化学反応を利用して死滅させるPDTの威力と可能性に迫ってみたい。

脳腫瘍のグレードⅠは良性腫瘍

脳腫瘍は大きく原発性と転移性に分けられる。ただ、転移性脳腫瘍は原発巣の治療に準じるため、肺がんから転移したものと乳がんから転移したものとでは腫瘍そのものの性質が異なり、治療法も異なる。そのため、ここで言う脳腫瘍は「原発性脳腫瘍」であることを前提としたい。

脳腫瘍は、他のがん種と違って病期(ステージ)分類がなく、悪性度の段階をグレードⅠからⅣまで4段階に分ける。グレードⅠは良性腫瘍で、グレードⅡからⅣへと進むにつれて悪性度合が高まる。

グレードⅠであれば、手術ですべてを摘出さえできたら再発の恐れはほとんどなく、髄膜種(ずいまくしゅ:ごく少数にグレードⅡ、Ⅲがある)、下垂体腺腫、神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)、頭蓋咽頭腫などがこれに当たる。

問題なのはグレードⅡからⅣだ。その中でも最も多いのが神経膠腫(しんけいこうしゅ:グリオーマ)で、年間約5,000人が新たに神経膠腫と診断されている。ただし一口に神経膠腫と言っても、グレードⅡの星細胞腫(せいさいぼうしゅ)や乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)からグレードⅣの膠芽腫(こうがしゅ)まで、悪性度合はさまざまだ。悪性脳腫瘍には神経膠腫のほかにも、中枢神経系悪性リンパ腫や髄芽腫(ずいがしゅ)などがある(図1)。

脳腫瘍の治療は、良性、悪性ともに、脳内の腫瘍細胞を可能な限り摘出する外科手術が中心だ。悪性の場合、そこに放射線治療や薬物療法を組み合わせて治療する。ただし脳には、他の臓器と違って、言語や運動をつかさどる神経がビッシリ張り巡らされており、それらを傷つけてしまうと、話したり考えたり歩いたりといった機能に支障が出てしまう。そのせめぎ合いの中での手術となるのだ。

脳機能を温存できるギリギリまで腫瘍を取り除くため、神経の近くに腫瘍がある場合は、患者と言葉を交わしながら行う覚醒下手術が行われる。また、神経膠腫のように脳の組織から生じる腫瘍は正常組織との境目がとくにわかりにくいため、手術中に逐次画像確認できるよう、術中MRIや術中蛍光診断(PDD)を取り入れたり、さらには手術中に的確な判断を可能にするために術中迅速診断(手術中に結果を出せる簡易組織検査)も行われている。

光線力学的療法のメカニズムと適応

とはいえ、脳機能を温存するためには、どうしても正常組織との境目に腫瘍組織が残ってしまう場合がある。そこに登場するのが光線力学的療法(Photodynamic Therapy:PDT)だ。

「PDTとは、光化学反応を利用して、手術で取り残したがん細胞を死滅させる治療法です」と東京女子医科大学先端生命医科学研究所副所長の村垣善浩さんは言う。

「PDTは腫瘍摘出手術と同時に行います。まず手術の24時間前に、光感受性物質のレザフィリンを患者さんの体内に注射で投与します。レザフィリンは腫瘍細胞に集積しやすい性質を持っているので、手術時間に腫瘍内のレザフィリンの濃度が高く、血液中の濃度が低い状態になるよう24時間前に投与するのです。そして、手術で腫瘍摘出が完了した直後、摘出した周辺部分にレーザ光線を照射すると、残存する腫瘍細胞に取り込まれているレザフィリンがレーザ光と化学反応を起こし、強力な活性酸素が発生します。この活性酸素が腫瘍細胞を死滅させるのです」

ちなみに、レーザ光線はレザフィリンが集積した細胞にのみ効果を発揮するので、レザフィリンが集積していない細胞、つまり正常細胞を傷つけることはないそうだ。

PDTが適応となるのは、初発でも再発でも、グレードⅢとⅣの悪性脳腫瘍。となると、「グレードⅡは?」という疑問が生じるが、「そこは判断の難しいところ」なのだと村垣さんは言う。

「脳腫瘍は、手術時に採取した組織を精密検査して、はじめて正確なグレードがわかるのです。東京女子医科大学では手術時に迅速診断を行ってはいますが、やはり簡易検査なので、確定診断ではありません。グレードⅣについては手術前の画像診断で明確にわかるので、間違いなくPDT対象です。ただ、グレードⅡとⅢの識別は、手術前には難しいことも多く、区別がつかないことも多いのです」

そもそも、グレードⅡを悪性とするかどうか、との問題もあるそうだ。とはいえ、「PDTは悪性脳腫瘍に適応」なので、悪性であることが術前にわかっていれば、受けられる可能性があることを覚えておいてほしい。

レザフィリン=一般名タラポルフィンナトリウム

PDTを受けるときの注意点

ここで、実際にPDTを受けるときの流れについて触れておこう。

まず、手術前日に入院し、手術開始の24時間前にレザフィリンを注射する。レザフィリンは光感受性物質なので、体内に残っている間は光に過敏な状態。その状態で日光などの光を浴びると過剰に反応し、皮膚症状を引き起こす危険性がある。レザフィリンは静脈内投与されることから、投与直後から注意が必要だ。

まずは遮光カーテンで部屋を暗くし、肌を露出させない服、ツバ広の帽子、サングラスを着用してから、レザフィリンを投与する。投与後も暗い部屋で安静にし、翌日の手術時間までを過ごすことになる。

「といっても、500ルクス未満の光は問題ないとされているので、真っ暗にしなくてはいけないわけではありません。蛍光灯はギリギリ大丈夫ですが、できれば消してもらいます」

レザフィリン投与から24時間、いよいよ脳腫瘍の摘出手術の開始である。患者本人にとっては、PDTは手術に組み込まれているので、術後、麻酔から目覚めたときには、摘出手術もPDTも終了しているわけだ。

PDTにかかる時間は「摘出時間に加えて、30分から1時間ほど」だそうだ。開頭し、術中MRIなどを駆使して脳腫瘍を最大限に切除した後、PDTが始まる。腫瘍を摘出した周辺には、正常組織との境目にあって切除し切れなかった腫瘍組織が、24時間前に投与したレザフィリンが集積した状態で残っている。そこに特殊なレーザ光線を照射すると、レザフィリンとレーザ光線が化学反応を起こして強力な活性酸素を放出し、残存している腫瘍組織を死滅させていくのだ。これで再発の危険性をグッと減らせるというわけだ。

ただ、光感受性物質を体内に入れているので、術後も副作用として光に過敏な状態がしばらく続く。光線過敏による皮膚症状を起こさないため、手術前日のレザフィリン投与以降と、術後1~2週間は太陽光を浴びず、500ルクス以下の部屋で過ごすことが必要だ。

とはいえ、簡単なパッチテストをして、光線過敏反応が陰性と出れば、その時点で解除される。陽性だった場合は、2~3日後に再びパッチテストをすればいい。他の副作用としては、軽度の肝機能障害が報告されているが、これは手術によるものかPDTによるものか不明だそうだ。かつ、非常に軽度なので、心配には及ばない(図2)。

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