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肛門温存の期待高まる最新手術 下部直腸がんTaTME(経肛門的直腸間膜切除術)とは

監修●松田 武 神戸大学大学院食道胃腸外科・低侵襲外科特命准教授
取材・文●半沢裕子
発行:2022年2月
更新:2022年2月

  

「下部直腸がんにおいては、腫瘍は肛門から非常に近い位置にあり、TaTMEでは、腫瘍の位置や状態が直近に確認できて確実に手術ができます。当院では、今まで人工肛門にしなければならなかった患者さんが、肛門を温存できる確率が高くなりました」と語る
松田武(たける)さん

大腸がんの手術では、腹腔鏡下手術、ロボット手術といった手術が全国で行われているが、とくに下部直腸がんに対しては、経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)という手術がいま注目を集めている。

TaTMEとは直腸がんの最新手術法で、腹部側からと肛門側からの2方向から同時に手術を行う術式のため、従来の手術時間よりも大幅に短く、患者さんはもちろん医療者にも負担が少ない。そして、施設によっては、これまでは人工肛門になるケースでも温存できる可能性が高くなった。今回は、下部直腸がん手術のほとんどをTaTMEで行っている神戸大学大学院食道胃腸外科・低侵襲外科特命准教授の松田武さんに話を伺った。

直腸がんの最新手術法TaTMEとは

肛門から腹腔鏡を入れて行う手術として一般の人にもおなじみなのは、大腸内視鏡などでポリープや早期がんが見つかったとき、肛門からのアプローチだけで行う経肛門的内視鏡手術(TAMIS)だろう。

これに対し、経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)は、術者が2つのチームに分かれて、通常の腹腔側からの操作と同時に、肛門からもカメラと鉗子を挿入し、挟み撃ちにして直腸切除し、再建する新しい手術法だ。

直腸は肛門から約15㎝の腸管部分をさすが、腹腔側からアプローチする腹腔鏡下手術では、直腸の位置は骨盤の一番奥に当たるため、重要な臓器や神経を損傷しないようによけて切除しなければならない。そのうえ、直腸の位置と腹腔鏡の鉗子の挿入角度の関係で、直線的な鉗子を操作するのもむずかしい。そのため、大腸がんの中でもとくに直腸がんに対する腹腔鏡下手術は難易度が高いとされる。

「痩せている女性や骨盤が広い患者さんは行いやすいのですが、とくに骨盤の狭い男性や、肥満の患者さんでは行いにくく、腫瘍ぎりぎりのところで腸を切らざるを得ず、結果としてがんが残り、再発してしまうことも少なくありませんでした。その点、TaTMEは肛門から見れば腫瘍は非常に近い位置にあって視野が確保できるため、腫瘍の位置や状態が直近に確認でき、より安全で確実な手術が可能となりました。その結果、当院ではで今まで人工肛門にしなければならなかった患者さんが、肛門を温存できる確率は高くなりました」と、神戸大学大学院食道胃腸外科・低侵襲外科特命准教授の松田武さん。

もうひとつの利点は、腹腔側からと肛門側から同時に手術を行うため、手術時間がほぼ半分で済むことだ。腹腔鏡下手術で行う場合は約8時間かかるが、4時間程度で終了することができる。

「腹腔鏡下手術は、低侵襲(しんしゅう)ではありますが時間がかかりました。それがTaTMEで激変しましたね。患者さんの体への侵襲は間違いなく少なくなりましたし、医療者にとっても負担が少ない。そのため、これまでは1日1件しかできなかった手術も、TaTMEでなら2件行うことも可能になりました」(松田さん)(図1)

TaTMEの手術の実際

もちろん、すべての症例で肛門が温存できるというわけではない。肛門の括約筋(かつやくきん)にがんが浸潤していたり、残った肛門と直腸をつなぐための余地がないといった場合、TaTMEをもってしても肛門を温存することはできない。

「がんのできた位置や大きさによっては、残せないと判断せざるを得ないこともあります。しかし、ほかの病院で残せないといわれて当院を訪ねてきた患者さんの中でも、TaTMEで行えば残せる患者さんはけっこうおられます」(松田さん)

つまり、最初の診断で「人工肛門になります」といわれても、TaTMEが適用できないか、セカンドオピニオンを求める価値は十分あるということだ。

「多くの患者さんはがんと診断されると、一刻も早く手術を受けたいと考え、最初にかかった病院でいわれるままに手術を受けられることが多いと思います。でも、肛門をとってしまえばもうどうしようもありません。そして、人工肛門になると、どうしてもQOL(生活の質)には大きく影響が出ます。直腸がんの手術を受けるときには、TaTMEで肛門が残せる可能性がないか、ぜひ確認してみてほしいです」(松田さん)

TaTMEの始まりはスペインから

TaTMEは2010年のバルセロナ大学(スペイン)からの報告が世界初で、以来、欧米を中心に急速に広がり、そのまま一気に広がるかと思われた。しかし、手技的に難しいことと2つのチーム編成が必要なためマンパワーやコストがネックになり、劇的に広がるというよりも、大学病院やがんセンターなど行える施設で一気に広がってきたそうだ。

日本では2012年頃に、京都大学、大阪大学、国立がん研究センター東病院などで導入され、国立がん研究センター東病院はその後も今日まで、日本におけるTaTMEの中心のひとつとなっている。現在は、国がん東病院以外は、松田さんが所属する神戸大学や、京大、阪大からパイオニアの医師らが異動した札幌医科大、福岡大学などが代表的な施設だ。

松田さん自身、上記パイオニアの医師らにTaTMEを習い始めたのは2015年とのことだが、現在では神戸大学医学部では、手術の95%が腹腔鏡下やロボット手術で、下部直腸がんは全てTaTMEで行い、今日まで、約180例の症例を蓄積している。

ところが、2020年ノルウェーから2014年~2018年に実施されたTaTME157例で、術後2.4年における局所再発率が11.6%と、非TaTME群の2.4%を大きく上回っていたとの報告があった。さらに、再発までの期間が短く、再発の仕方も骨盤内に多発するという特異なものだったため、TaTMEとの関連が疑われ、ノルウェーではTaTMEが中止となり、世界でTaTMEは危ないのではないかとの懸念が広がった。

しかし、その後の他国における多施設大規模データなどから、TaTMEにおける局所再発率は、TaTME以外の手技と比較して遜色ないことが示され、ノルウェーでの高い局所再発率はラーニングカーブの影響と考えられている。したがって、十分に修練を受け、TaTMEに慣れた施設においては、腫瘍学的な安全性に問題ないとのコンセンサスが得られつつある。

「今、TaTMEの日本における普及率は5~10%くらいではないかと思います。普及するには、集約した施設で数多く行っていくのが、技術の習熟のためにも患者さんにも一番いいのではないかと思います。また、TaTMEを日本で受けられる施設のリストを作成したいと思います」(松田さん)

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