前立腺がん再発とわかっても、あわてないで! 放射線治療後に局所再発しても、凍結療法で救済できる
三木健太さん
進行が極めて遅いのが前立腺がんの特徴。中には、治療の必要すらないものも多い。必要ない治療を受けて体にダメージを与えないためにも、あわてないことが何より大切だ。
そんな中、フォーカルセラピー(部分治療)の1つとして、さらに、放射線治療後の局所再発に対する救済治療として、凍結療法を手掛ける施設がある。東京慈恵会医科大学泌尿器科診療副部長の三木健太さんに話を聞いた。
治療する必要のないがんも多い
「前立腺がんが見つかっても、決してあわてないでほしい」
東京慈恵会医科大学泌尿器科診療副部長の三木健太さんは、開口一番、そう述べた。
前立腺がんは、進行が非常に遅い。極めて悪性度の高い一部を除けば、前立腺に生じた1個のがん細胞が治療を要するがんに成長するには数10年の歳月を要するそうだ。
よって、前立腺がんは高齢男性に多い。これは70代、80代で急に前立腺がんができたのではなく、40代、50代で前立腺内に生じた1個のがん細胞が、長い歳月をかけてゆっくり成長し、70代、80代になって初めて、がんとして発見されるに至った、と考えられる。
また、前立腺がんの罹患数は年々上昇している。その背景には食生活の欧米化といった環境的な要因もあるが、それ以上に、PSA(前立腺特異抗原)検査の普及によって、以前は症状が出るまで発見できなかった前立腺がんを、無症状の早期段階で突き止められるようになったことが挙げられる。
現在、前立腺がんは、男性の罹患数では全国1位。とはいえ、5年生存率はⅠ~Ⅲ期では100%、Ⅳ期でも63.7%と高い。つまり、前立腺がんはPSA検査によって早期発見が格段に増え、かつ、前立腺がんが見つかったからといって命に別状ないことがほとんどであるということ。だから、「あわてないでほしい」のだ。
ちなみに、天寿を全うした人を含め、前立腺がん以外の原因で亡くなった男性を解剖すると、80代以降で60%弱、70代で50%弱、60代でも45%を超える人に、前立腺がんの所見が見られるそうだ。つまり前立腺がんには「臨床的意義のないがん」、言い換えると、そもそも治療する必要のないがんが非常に多いと言えるわけだ(図1)。
フォーカルセラピーとして、さらに救済治療として
ここで、前立腺がんの治療法を整理しておこう。
根治的治療としては、大きく分けて手術と放射線治療の2つ。そして、治療する必要のないがんに対する過剰医療を避けるため、PSA値を監視しながら経過を見ていく監視療法、さらに根治的治療と監視療法の間に位置するフォーカルセラピー(部分治療)がある。
監視療法といっても、ただ見ているわけではない。3~6カ月ごとにPSA値を測定し、上昇し始めたり、一度上がった値が下がらなかったりといった動きを見せたら、積極的治療を開始する。そのときに選択肢となるのが、手術や放射線治療といった根治的治療とフォーカルセラピーである。
「そもそも、監視療法の枠から少し出てしまっただけの微妙な状況で、前立腺全摘や放射線全照射をする必要があるのだろうか? というところから始まったのがフォーカルセラピーです」と三木さんは説明する。
欧米では既に症例数も多く、広く知られているフォーカルセラピーだが、日本ではまだ臨床研究として行われている段階。方法としては、永久密封小線源療法、高密度焦点式超音波療法(HIFU:ハイフ)などがあり、今回紹介する凍結療法もその1つだ。
凍結療法には、初期治療でフォーカルセラピーとして行われる場合と、放射線治療後の局所再発に対する救済治療として行われる場合がある。慈恵医大が全国に先駆けて2015年から行っているのは、主に後者の救済治療としての凍結療法。2018年からは初期治療(フォーカルセラピー)としての凍結療法も始めたそうだ。
「初期治療でも、救済治療でも、凍結療法の方法は全く同じです。我々が救済治療から始めたのは、前立腺がんで放射線治療を行い、その後、再発すると、局所再発にも関わらず、ほぼホルモン療法(内分泌療法)に進んでしまうことに疑問を持ったからです」と三木さんは話した。
ホルモン療法は、がん細胞の餌(えさ)である男性ホルモンを急激に抑える治療法。確かにがんを抑え込むには有効だ。しかし、全身治療ゆえに、副作用で筋力低下や骨粗鬆症を急速に進めるだけでなく、認知症リスクも上昇させるため、その後の患者の人生を考えると、できるだけ先延ばししたい治療法なのだ。
再発が転移を伴うならば、もちろんホルモン療法を選択すべきた。しかし、前立腺内に限局した再発、しかも、造影剤を使ったMRIでかろうじて形を確認できるほどの小さな再発であれば、何も全身治療しなくてもいいのではないか……ということだろう。
初期治療で強度変調放射線治療(IMRT)や密封小線源治療、重粒子線、陽子線といった放射線治療で前立腺がんを治療すると、ゆっくりではあるが、PSA値が0(ゼロ)近くまで下降するそうだ。その後、定期的にPSA検査をしながら経過観察するが、残念ながら数年後に再び上昇し始める人が出てくる。そのとき、造影MRI、針生検を行い、前立腺内に限局した小さい再発がMRI所見に一致した位置に明確に確認できると、凍結療法が適応となる。
ちなみに、PSA値が上昇しただけでは再発とは見なされず、適応にはならない。
「造影MRIでがんが明確に見えることが重要です。そして、前立腺全体に均等に行う20数本の針生検で、MRI所見に一致した位置にがんが検出されることも条件になります。これらを満たしたとき、前立腺内に限局した小さい再発であることが確認され、凍結療法を行うことができるのです」
凍結療法の現場から
それでは、凍結療法がどのように行われるかを見ていこう。
方法としては、会陰(えいん)部から専用の針を腫瘍の周りに数本刺し、その針に凍結用のアルゴンガスを注入する。高圧タンクから送り出されたアルゴンガスは、針先で一気に大気圧に押し出され、その瞬間に周囲を凍らせ、針先の周りに氷ができるという仕組みだ。体内でも同じことが起こり、周囲を一瞬で凍らせてしまうという(画像2)。
針先からアルゴンガスが出た瞬間、周囲を一気に凍らせて氷にしていく
アルゴンガスの高圧タンクはさらに奥にあり、パイプで手術室に繋がっている
「がん細胞をマイナス40度にして10~15分間冷やすことで細胞膜を壊し、死滅させます」
凍結療法中は、ミリ単位の正確な位置を把握するため、まずは肛門から超音波(エコー)の棒(プローブ)を入れ、エコー画像で針の位置など、すべてを確認しながら進めていく。いよいよ会陰部から針を刺して患部にアルゴンガスを注入するわけだが、その凍結力は非常に強烈なので、そのまま注入すると周囲の細胞まで破壊しかねない。そこで、凍らせてはならない臓器を守りながら進めていく必要がある。
まず、前立腺の真ん中を貫通する尿道にカテーテルを通し、凍結療法の最中は温水を環流しておく。さらに、直腸と前立腺の間に温度センサーを入れて、直腸を冷やし過ぎないよう細心の注意を払う。これらの管理を徹底しながら、前立腺内のがんと周辺部分だけを凍らせるわけだ。
これこそが、凍結療法が前立腺内限局の〝小さいがん〟でなければならない理由だ。非常に強い凍結力は周囲の組織も破壊しかねない。つまり、尿道や直腸を守るためには、非常に〝小さいがん〟であることが必須条件になってくるのだ(図3)。
図4が、アルゴンガスが作り出した氷が、がんを攻撃するメカニズム(機序)。真ん中の濃い部分ががんだとすると、がんのすぐそばを囲むように針を5本ほど刺してアルゴンガスを注入し、周囲に氷を作る。氷が最も重なる部分、つまり破壊力が最強になるところが、がんに当たるようにするわけだ(図4)。
「凍結力をいかに凝縮させて、がん細胞にピンポイントで届けるか。そして、前立腺周囲の他の器官を冷やし過ぎないようにするか、そのさじ加減が非常に重要です」
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