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機器も進化。いびつな形のがんにも照射可能に
ガンマナイフによる脳転移治療の今 日々の暮らしを実現する強力な武器

監修:林 基弘 東京女子医科大学脳神経外科講師
取材:常陰純一
発行:2012年3月
更新:2013年4月

  
林基弘さん
ガンマナイフ治療の第一人者、
林基弘さん

乳がんの手術の2年半後に脳転移に見舞れた乳がん患者の石見雅美さん。その脳転移の治療に彼女は、治療後の生活を優先して、ガンマナイフによる治療法を選択した。その治療の現場を取材した。

医師と治療に全幅の信頼

治療後、笑顔の石見さん

治療後、笑顔の石見さん。今後は石見さんの全身のフォローが上手くできれば、以前と変わりない生活を送ることができるという

昨年11月中旬のある日──。東京の会社に勤務する石見雅美さん(53歳)はさいたま市の三愛病院さいたまガンマナイフセンターで、その日の午後に行われる脳転移した乳がんの治療を待っていた。

石見さんが受ける治療は、ガンマナイフによる放射線治療である。そのことを物語るように、石見さんの頭部には、治療に不可欠なチタン製のフレームがしっかりと固定され、はた目には痛々しい印象を与える。しかし石見さんの表情に陰りはうかがえない。

「治療を受けることでの緊張はまったくありません。昨日もいつもと同じように仕事をしていたし、夜は1時ごろにベッドに入って熟睡していました。私はガンマナイフという治療といい、その治療を手がけてくれている林基弘先生といい100%信頼しています。それに、何といっても私自身、ガンマナイフによる治療はこれで、もう3回目で慣れていますから……」

もちろん、葛藤がないはずがない。それにしても、石見さんがこれだけ明るく振舞えるのは、自らが語るように、ガンマナイフという治療や担当医に対して、全幅の信頼を寄せているからに違いない。

幻視の原因は脳転移だった

石見さんが初めてがんに見舞われたのは、5年3カ月前の11月のことだ。左乳房にしこりがあるような違和感を覚え、翌月に婦人科クリニックで検診を受けると2b期の乳がんの診断が下された。翌年3月に患部の左乳房を全摘し、わきの下のリンパ節も切除する手術を受けている。

その後、しばらくがんは沈静していた。しかし、術後2年半目に石見さんは再び病魔に襲われる。

まず骨転移が起こり、続いて脳神経の異常を思わせる症状が起こり始めた。

「目の前に居もしない女の子が現われたり、テーブルの上に宝石箱が見える幻視症状が現われました。それから間もなく頭痛が起こり始め、知り合いの皮膚科の先生から、すぐに検診を受けるべきだといわれたのです」

その翌日、検診センターで乳がんの脳転移が判明した。

後の検査で最大3㎝のがんが脳に10個前後、散在していることが判明する。もっとも、石見さんはめげることはなかった。

「脳転移は確かにショックでした。でもクヨクヨするより前向きに対処法を考えるほうがずっといい。私は以前から、人生を目いっぱい楽しみたいと考えており、脳転移により生活を変えたくはなかった。それでガンマナイフによる治療を選択したのです」

生命の機能を司る脳幹に再発

ガンマナイフ治療で最も大切なのは照射計画の作成

ガンマナイフ治療で最も大切なのは照射計画の作成。石見さんは、大事な神経線維がたくさん詰まっている脳幹部にも8mm程度のいびつな形の腫瘍があった

こうして、2年前に石見さんは東京女子医科大学脳神経外科講師の林基弘さんを訪ね、ガンマナイフによる治療を受けることを決めた。

効果はてきめんだった。治療対象のがん10個はすべて消失し、石見さんは転移前と同じ健康状態を回復する。分子標的薬のタイケルブ()と抗がん剤のゼローダ()による治療を続けながら、石見さんは仕事に励み、旅行も楽しんだ。しかし昨年11月の検診で、再び脳内で、がんが再発していることが明らかになった。

実は石見さんのがんは、昨年肝臓にも転移していることがわかっている。その新たな転移を乗り切るため、治療に用いる薬剤がタイケルブとゼローダから、ハーセプチン()とナベルビン()に変更されている。これらの薬は分子量が大きく脳内には届かない。脳にがんが再発したのは、それが原因ではないかという。

再発した腫瘍は、最大で直径8㎜で、その総数は20個あまりにも達していた。石見さんが気がかりだったのは、その内の4個が呼吸をはじめとして生命の基本機能を司どる脳幹に発生していたことだ。

「再発については、どうというほどのこともなかったんです。また来たか、という感じでした。でも、脳幹にがんができていたことは、やはりちょっとショックでした」

と、さすがの石見さんもこのときは少々声を落とす。しかし石見さんは、それでもQOL(生活の質)低下の不安が残る全脳照射でなく個々のがんを焼き切る治療を選択した。

やがて女性看護師が石見さんの病室のドアをノックし、治療準備が整ったことを告げる。実は石見さんがこうして話を続けている間に、この治療で1番重要な「照射計画」の作成が行われていた。午前中に実施されたMRI、CTによる画像データをもとに、林さんが作成していたガンマナイフの照射計画が完成したのだ。

看護師に促され、ストレッチャーに乗せられた石見さんは、照射中に聞くヒル・クライムのCDを携えて照射室へと向かっていった。

タイケルブ=一般名ラパチニブ
ゼロータ=一般名カペシタビン
ハーセプチン=一般名トラスツズマブ
ナベルビン=一般名ビノレルビン

90年に登場したガンマナイフ

以前は、脳腫瘍や石見さんのように他の部位に生じたがんが脳に転移した場合には、開頭による手術や放射線照射による治療が行われ、予後も決してよくはなかった。そんななかで1990年に初めて日本に導入されたのがガンマナイフ(定位放射線治療を行う放射線照射装置の1つ)による治療だ。このガンマナイフが急速な技術進歩によって新たな脳腫瘍治療の切り札として注目を集めている。

「数年前まではがんが脳転移した場合、それが原因で命を落とす人が85%にも達していました。それが最近ではガンマナイフの普及により10%台にまで低下しています。一般的な認知度はそこまで高いとはいえませんが、脳に転移したがんの97%はガンマナイフで治せます」

こう語るのは石見さんの治療担当の林基弘さんである。

もっとも日本では、治療機の普及台数は少なく、全国でも55機ほどにすぎないという。

ガンマナイフという言葉は放射線の一種であるガンマ線をピンポイントで照射することで、ナイフで切り取るように腫瘍を焼失させることに由来する。林さんによると、「虫眼鏡で太陽光を1点に集めて、紙を焦がすようなイメージ」で、治療の切れ味は手術に匹敵するという。

このガンマナイフによる治療では、照射する個々の放射線は18~24グレイと非常に高線量である。しかし、最低3カ月、間をおけば何度でも繰り返し治療が行えるメリットもある。ちなみに今回の石見さんの治療における、ガンマ線の照射線量は脳幹部であるがゆえ、安全を考え14~18グレイに抑えざるを得なかった。まずは、安全かつ効果的に腫瘍発育を制御することが目的となった。この治療は、3㎝以上の大きな腫瘍には適用できない。周りの正常細胞にあたる放射線量が増えてしまうためだ。


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