乳がん長期生存の秘密
長期生存を可能にする治療法とサポート法を探る
乳がんが再発すると、完治は難しいとされる。しかし、実は再発後の治療が効果を発揮し、長期にわたって生存している人たちも少なくない。再発後でも長期生存を実現するためには、どのような治療を受け、どのような日々の生活を送ればいいのか。再発患者を支える医師たちにその治療法とサポート法について聞いてみた――。
大きく変化している再発治療
聖路加国際病院乳腺外科部長の
中村清吾さん
今、再発乳がん治療の常識が大きく変化しようとしている。「予後が悪い」とされていたこの病気に、治癒や長期生存の期待が膨らみ始めているのだ。
「これまでの抗がん剤治療は一時的に効いても、効く(奏効率)患者さんの数が4~5割、また長期的な生存も難しいというのが現状でした。しかし、現在は新たな治療薬を用いることで、少なくとも検査画像上はがんが消滅した状態が5年、6年と元気に暮らし続けている再発患者さんが出てきています」
こう語るのは、聖路加国際病院乳腺外科部長の中村清吾さんである。
新しい治療薬というのは、2001年に再発乳がんの治療薬として認可された分子標的治療薬のハーセプチンを指す。
「従来の抗がん剤治療は体内にどの程度、腫瘍(がん)が存在しているかという『腫瘍量』で抗がん剤が効くか効かないかを決めるという治療法でした。しかし、この新しい薬ハーセプチンは、細胞内のがんの増殖シグナルをストップするという作用機序で、初めての分子標的薬となりました」
ひと言で乳がんといってもその性質はいくつかのタイプに区分される。
エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンを必要として増殖するタイプもあれば、HER2遺伝子が異常を起こすタイプもある。
ハーセプチンはがん細胞の表面にあるHER2と呼ばれるタンパク質を標的とし、その機能を遮断する作用を持っている。
では、実際、再発患者さんへのハーセプチン治療はどのように行われているのだろうか。
「ハーセプチン単剤だと約2割、抗がん剤と組み合わせると約5割の患者さんに効果があり、その中で長期生存が可能となっている患者さんが出ています。抗がん剤は、タキソールが第1選択で、次にナベルビン(一般名ビノレルビン)、ゼローダ(一般名カペシタビン)。これらがハーセプチンと相性がいいと言われている抗がん剤です」
腫瘍が完全消滅するケースも
こうしたハーセプチンを用いた治療によって、これまでにはない画期的な効果が出始めている。
聖路加国際病院で治療を受けている再発乳がん患者さんのうち、再発後5年以上が経過している長期生存者は20名近くに達している。
治療の内訳としては、そのうちの約半数ずつを従来の治療法(ホルモン治療→抗がん剤治療)とハーセプチン治療を受けている患者さんが分け合っているという。しかし、それぞれの治療効果を比べると、その内容はまったく異っていると中村さんは説明する。
「従来の治療法による長期生存者は、体内に腫瘍が残っている、いわばがんと共存している患者さんです。しかし、ハーセプチンで治療している患者さんには検査画像上で腫瘍が消えているケースも少なくありません。なかには、肺や肝臓に転移がんがあったのに、ハーセプチンの治療でがんが消えて、ずっと元気でいる人もいます」
残念ながらハーセプチン治療が適応となるHER2陽性患者は、乳がん患者の20~30パーセント程度にすぎず、そのうち長期生存が可能となっているのは4パーセント程度とみられている。
しかし、中村さんは再発乳がん治療の今後には大きな期待が持てるという。
「再発乳がん治療は、オーダーメイド治療の時代にさしかかっており、新たな治療薬も次々に登場しています。ハーセプチンが効かない患者さんに効果があるタイケルブ(一般名ラパチニブ)という治療薬が4月に承認されましたし、HER2だけでなくHER3タンパクも抑えるペルスズマブ(一般名)という薬剤も開発中(国内で第2相臨床試験中)です。タイケルブの後も、アバスチン(一般名ベバシズマブ)、スーテント(一般名スニチニブ)などの新たな分子標的薬が登場してくるでしょう。再発乳がんの治療は、まさに日進月歩です。半年ごとに新薬が出てきている状況ですので、あきらめないことが大切です」
新たな治療法の登場に希望を持って、今ある生を紡ぎたい。
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