4つのS「睡眠、水分、食事、しゃべること」を軸に、心のセルフケアを
乳がんの再発告知をどう乗り越えるか
広島大学病院
総合診療科准教授の
佐伯俊成さん
乳がんは他のがんに比べると予後が比較的よいことから、再発告知で受ける患者さんの衝撃は大きく、うつ状態に陥ってしまうケースも少なくない。そのような場合には「1に睡眠、2に水分、3に食事、4にしゃべることの4つのSが大事」と精神腫瘍医の佐伯俊成さん(広島大学病院総合診療科准教授)はいう。ここでは、乳がんの再発告知で陥りやすい心のセルフケアについて紹介したい。
他のがんより深刻な乳がんの再発告知
どんながんの場合でも、患者にとっては最初のがん告知よりも再発告知を受けた場合のほうがより強いショックに見舞われる。もちろん、乳がんの場合もその例外ではない。むしろ乳がんの場合には、他のがん以上に「再発」という言葉、告知に、切迫した響きがともなう。
「乳がんは他のがんに比べると予後がよく、手術などによる初期治療の後、長期間にわたって健常者と変わらない生活を送っている人も少なくありません。それだけに、再発告知によって患者さんが受けるショックは痛烈なものがあります。そのことで精神的な落ち込みにつながるケースも少なくありません」
と、語るのは広島大学病院・総合診療科准教授の佐伯俊成さん。
佐伯さんは、日本で数10人しかいないといわれる精神腫瘍科医の1人で、少し前まではがん治療のメンタル面でのサポートを手がけていた。
現在も、乳がん患者を含めた外来がん患者や、がんで家族を亡くした遺族のカウンセリングに取り組んでいる。
佐伯さんの前述の説明からもわかるように、乳がんの再発告知では、患者さんが思い描いていた初期治療後の自らの生活設計と、再発という現実との落差がそのまま精神面へのダメージにつながってしまう。
そして、そのようなダメージから脱出できずに、うつ状態に陥ってしまう患者さんも少なくないという。そうして最悪の場合には、「自殺衝動に駆られるようなケースもあります」と佐伯さんは指摘する。
「これは乳がんに限りませんが、再発告知を受けると程度の差はあれ、誰でも自らの将来に絶望を感じ、憂うつな心理状態に陥ります。もっとも、ほとんどの場合は、1週間、2週間、そして1カ月と時間が経過するなかで、自然と自らを立て直し、自らの将来にも希望を持つようになっていくものです。しかし、なかには憂うつ状態からいつまでたっても回復できず、本格的なうつ病へと移行していくケースもあるのです。なかには、絶望のあまり、自殺に追い込まれる人もいます」(佐伯さん)
現実には乳がんが再発しても、希望はまだまだ残されている。とすれば、一時的な憂うつ状態から本格的なうつ病への移行をどう回避するか、乳がんを再発した場合には、再発後の治療プランの構築とともに、精神面でのケアも重要課題であるといえる。
6段階の情報伝達でショックを和らげる
では、再発告知によって受ける患者さんの精神的なダメージを回避するために、医療者側はどんな対策を講じているのだろうか。
患者さんの精神的な落ち込みを最小限に抑えるための1つの手法として、佐伯さんは再発告知に臨む医師に、「SPIKES」と呼ばれる、6段階のプロトコール(手順)に基づく情報伝達の手法をアドバイスしているという。
具体的に見てみよう。
- セッティング(Setting)―面談の準備を整える
- パーセプション(Perception)―患者さんが自らの状況をどの程度、理解しているかを把握する
- インビテーション(Invitation)―病状についての理解を確認したうえで、治療についての意向を患者さんにたずねる
- ノーリッジ(Knowledge)―現在の状況、病状についての情報を伝達する
- エモーション(Emotion)―その情報に対する患者さんの感情を受け止める
- ストラテジー(Strategy)―患者さんの気持ちを受け止めたうえで、今後の治療戦略についての方向性を話し合う
6段階がうまく機能しないとダメージはより大きくなる
再発告知という、患者さんにとっては、ショッキングな情報を伝えるには、これだけのステップを踏む必要がある。この手法がうまく機能しないと、患者さん側が受けるダメージがより痛烈なものになることもあるのだという。
「最初の3段階で患者さんに、現状を正しく理解してもらうとともに、悪い知らせ(バッドニュース)を受け止める心の準備をしてもらったうえで再発という事実を伝えるのです。もっとも難しいのは(5)の段階でしょう。再発を伝えられて患者さんの多くは言葉を失います。途方に暮れ、涙する人も少なくありません。そのときにどう対応するか。なかには患者さんの気持ちを引き立てようと、治療の可能性などについて話し続ける医師もいます。しかし、そうした対応は逆効果をまねくだけで、何の意味もありません。それよりも患者さんの気持ちに共感していることを伝えるためには、一緒に沈黙を続けているほうがずっといい。患者さんが涙に暮れている場合には、そっとティッシュペーパーを差し出すなどして、相手が再び口を開くのを可能な限り待つことです」
と、佐伯さんは説明する。
ときには、再発を伝えたあと、沈黙が5分、10分と続くこともあるという。
しかし、そうした状況のなかで、患者さんに寄り添い続けることも医師としての力量といえるのかもしれない。
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