傷が小さく、痛みと合併症のリスクが少ない手術
技術格差の大きな腹腔鏡下手術は熟達医を選べ
慶應義塾大学病院の
中川健さん
従来高度先進医療として進められてきた前立腺がん治療の腹腔鏡下前立腺摘除術は、2006年から保険適用となった。
この手術の実績ナンバーワンを誇る慶應義塾大学病院泌尿器科では、死亡率ゼロの好成績を収めている。同病院専任講師の中川健さんから、腹腔鏡のメリットや治療法選択のポイントをうかがった。
日本でダントツの症例数
慶應義塾大学病院(以下慶應病院)の泌尿器科では、2000年5月から手術代のみ全額自己負担(48万円)の(高度)先進医療として、前立腺がん治療のための腹腔鏡下前立腺摘除術を始めた。これと前後して、他のいくつかの施設でもこの治療に取り組み始めたが、当初から同科が日本でトップの実績を示してきた。
すでに日本では数千例の症例を蓄積しているが、同科では約500例の実績がある。
腹腔鏡下前立腺摘除術は、2006年4月1日より保険適用となった(診療報酬4万5300点=3割負担で約14万円、開腹手術は約1万3000点)。厚生労働省はこの治療を行う施設として次のような基準を示している(全国でこの基準を満たしている施設は10数カ所にすぎない)。
- 泌尿器科を標榜している病院であること。
- 腹腔鏡下腎摘出術及び腹腔鏡下副腎摘出術を、術者として、合わせて20例以上実施した経験を有する常勤の泌尿器科の医師が2名以上いること。
- 当該手術に習熟した医師の指導の下に、当該手術を術者として10例以上実施した経験を有する常勤の泌尿器科の医師が1名以上いること。
- 当該保険医療機関において腹腔鏡下前立腺悪性腫瘍手術が10例以上実施されていること。
- 関係学会から示されている指針に基づき適切に実施されていること。
2006年の1年間に慶應病院の泌尿器科では約100件の腹腔鏡下前立腺摘除術を行った。この数字は他の施設を大きく引き離しており、これに次ぐ施設は50件程度である。
中川さんは1991年に腹腔鏡下骨盤内のリンパ節郭清を実施したのを手始めに、同科の腹腔鏡手術を牽引してきた。これまで900件前後の腹腔鏡下手術を経験しており、うち360~370件は前立腺がんの腹腔鏡手術である。
「最初は外の病院で、腹腔鏡手術をやっている産婦人科医師に教えてもらったり、胆石の手術に取り入れている外科医に習ったりして、簡単にできる症例から取り組み始めました。患者さんの身になって、『痛い手術は嫌だから』と考えたのが動機です」
と中川さんは話す。
専用の内視鏡で手術の視野を確保
前立腺がんに対する腹腔鏡手術は、お腹に5カ所の小さな穴を開け、それぞれにトロッカーと呼ばれる筒をはめ込んで行われる。おヘソの横に開ける穴は直径1.5センチほどで、ここから専用の内視鏡が差し込まれる。あとの4つは0.5~1センチほどの大きさで、鉗子(腹腔や胸腔内の柔らかい組織をつかむためのアイテム)などの手術器具の先端を挿入する。
そして、手術の視野を確保するために、二酸化炭素を注入して腹腔内を膨らませ、モニター画面に映し出された腹腔内の様子を見ながら手術を進める。その際、開腹手術で行われているのと同じく、膀胱と排尿につながる尿道の間にある前立腺を摘出して、膀胱と尿道をつなぐ。
「腹腔鏡手術のいちばんいい点は、傷が小さいので痛みが少ないことです。お腹を開く手術に比べて痛さは5分の1程度と考えられます。
開腹手術では10人中9人は全身麻酔から覚めたあと追加の痛み止めが必要ですが、腹腔鏡手術でそれが必要なのは10人中3人くらいです。痛みが小さければ翌日から簡単に歩き出せます。そうなれば血が固まりにくくなり、術後に起こりがちな深部静脈血栓症(肺塞栓、いわゆるエコノミークラス症候群)のリスクを減らせるわけです。
また前立腺がんの患者さんは高齢者が多く、傷口の大きい開腹手術では肺炎や腸閉塞などの合併症がより起こりやすいのですが、そのリスクも減らすことができます」
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