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前立腺がんのテーラーメイド・ペプチドワクチン療法
再燃がんに対し20カ月の延命効果。低用量抗がん剤との併用でさらにアップ

監修:野口正典 久留米大学医学部泌尿器科学講座助教授
取材・文:守田直樹
発行:2006年5月
更新:2013年4月

  
野口正典さん
久留米大学医学部
泌尿器科学講座助教授の
野口正典さん

他のがんに比べて比較的穏やかな前立腺がんも、いったんホルモン療法が効かなくなり、再燃してくると、なかなかやっかいだ。

現状ではいい治療法がない。その隘路を打破すべく国内外でさまざまな治療法が試行されているが、そのひとつが免疫療法の一種、ペプチドワクチン療法である。この治療の現状はどうなのだろうか?

第4の治療法「免疫療法」

前立腺がんは、たとえ進行していてもいろんな治療を組み合わせれば長期の延命も可能ながんだ。リンパ節や骨などに転移した進行前立腺がんでも、内分泌療法(ホルモン療法)などの治療で、約8割の人が長期間の安定した日常生活を送っている。

しかし、いったん腫瘍マーカーの「PSA値」を下げられても、再び5年以内に再発、前立腺がんでいう再燃をしてしまう人がその半数にのぼるのも現実である。こうした再燃前立腺がんには、男性ホルモンの分泌を阻止する抗男性ホルモンや女性ホルモン剤、ステロイドなどで治療を行うが、平均余命は1年前後。ホルモンが効かなくなった再燃前立腺がんの場合はもっと短く、6カ月~9カ月とされている。

こうしたぎりぎりの状況に追い込まれた患者に対し、臨床試験の治療効果を上げはじめている治療法がある。外科手術、抗がん剤、放射線に続く「第4の治療法」と言われる免疫療法のひとつ、久留米大学で行っている「ペプチドワクチン療法」だ。

最適のペプチドを事前に選択するテーラーメイド

まず、「ペプチドワクチン療法」から簡単に説明したい。

インフルエンザなどのワクチンと同様、がんに対する特定の免疫力をつけるために使われるのが「がんワクチン」である。手術で切り取った腫瘍細胞そのものを増殖しないよう処理し、ワクチンとして使う方法もあるが、手術前の準備と処理に時間がかかってしまう。そこで注目されたのがペプチドだ。

ペプチドは8~10個のアミノ酸からなる、タンパク質の小さな断片。がん細胞の表面には、がん化すると異常に増えたり、突然現れるタンパク質など、がん特有のタンパク質のかけらがある。これがペプチドで、がんを特定する際の目印、いわゆる「がん抗原」とも呼ばれる。分子生物学の進歩で人工合成できるようになり、自己腫瘍の代替が可能になった。このペプチドをワクチンとして利用する免疫療法が、「ペプチドワクチン療法」である。患者の体内にペプチドワクチンを投与すると、体内の免疫細胞ががん抗原を覚え、がん細胞に集中砲火を浴びせて排除するわけだ。

これでがんが一掃できればいいのだが、事はそれほど簡単ではない。同定されたペプチドだけでも膨大にあり、同じ人の前立腺がんにおいてもペプチドは1つではない。そのうえ消えたり変異したり、接着分子を消失したりと七変化するのががん細胞のペプチド。さらに生体の免疫機構は人知の及ばない複雑さがあり、免疫療法の決定打はまだ出ていないのが現状である。

[前立腺がんに多いがん抗原用ペプチド一覧]

HLA-A24型
SART-2 93 Lck 486 PAP 213 PTHrP 102
SART-2 161 Lck 488 PSA 152 EZH2 291
SART-3 109 MRP3 503 PSA 248 EZH2 735
Lck 208 MRP3 1293 PSMA 624 EGFR 800
HLA-A2型
SART-3 302 Lck 246 WHSC2 141 HNRPL 501
SART-3 309 Lck 422 UBE2V 43 PAP 112
CypB 129 ppMAPkkk 432 UBE2V 85 PSCA 21
CypB 172 WHSC2 103 HNRPL 140 PSMA 441

4種類のペプチドワクチンを投与する

写真:キラーT細胞などの免疫能を測定中
キラーT細胞などの免疫能を測定中

そんななか、久留米大学の「ペプチドワクチン療法」がなぜ注目されているのだろう。

医学部泌尿器科学講座助教授の野口正典さんはこう説明する。

「これまでの免疫療法は、がん抗原に沿ったペプチドを見つけ、その1つの抗原を元にして治療を行ってきました。ところが、がん抗原というのはがん細胞の上にいくつもあり、1つだけで誘導すると効果がなかなか出にくい。そこで数を4種類に増やし、事前に患者さんの血液に高い反応性を示すペプチドを選んで投与するテーラーメイドの免疫治療を始めたのです」

これまでペプチドは、たとえば消化器がんなら「SART1」、白血病なら「WT1」、悪性黒色腫なら「MAGE1」といったように、1つのがんに対して1種類のペプチドを用いるのが常識だった。しかし久留米大学では2000年から、まず前立腺がんに現れるペプチド約30種類を用意し、患者から採取したリンパ球に加えて刺激。そこから反応性の高い上位4種類を選び出し、ワクチンとして投与する。事前の測定法も改良を続け、高い確率で有効なペプチドを探すことができるようになったのだ。

「患者さんの末梢血で、強力な殺傷力をもつキラーT細胞と、がん細胞を攻めるときの武器になる抗体の測定を行います。その結果に応じて、患者さんごとに最適なペプチドワクチンを選び、投与するのです」

免疫療法の多くは、患者の末梢血から特定の免疫細胞を取り出し、それを試験管で増殖・活性化して患者の体に戻し、がん細胞と戦わせるというのが基本パターン。だが、これだと時間がかかるし、無菌室などの施設や専門スタッフも必要になるのでコストもかさむ。ところがテーラーメイドのペプチドワクチン療法なら、「どこででも治療できるし、時間もコストもかかりません」と野口さんは言う。

[4種類のペプチドを選び出す]
図:4種類のペプチドを選び出す


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