不要な治療を避け、天寿を全うする前立腺がんの待機療法
定期的に血液検査を行いがんの増殖を予測、治療を施さずにがんと共存する方法
東京厚生年金病院泌尿器科部長
赤倉功一郎さん
90年代後半からPSA(前立腺特異抗原)検査が普及し、ごく早期のがんが見つかる患者が増えている。
早くから治療を始めることができるという利点の一方で、以前であればがんが見つからずに天寿を全うできた可能性のある患者が、早期のがんが発見されてしまったばかりに、体に負担のかかる治療を受けなければならないという矛盾が生じている。
こうした問題に対応し、登場したのが、前立腺がんの待機療法である。
血中のPSA値の動きを注意深く見守り、可能な限り無治療で経過を観察する方法だ。
手術や放射線のような治療をすれば、性機能障害や尿失禁などの副作用が心配される。
待機療法では、こうした副作用の心配がないのが大きな利点だ。
血液検査で経過を観察して進行を見極め
前立腺がん検診で発見された早期がん患者にぜひ知ってもらいたい情報がある。このような早期がんはあわてて治療しないことだ。ひょっとすると無用な治療かもしれないからだ。ただちに治療せず、当面は経過を観察していくという新しい形の治療が最近になって始まっている。待機療法と呼ばれる治療だ。腫瘍が増大すれば治療するが、顕著な変化が見られないときは経過観察を続ける。その結果、無治療のまま天寿を全うしてもらうという患者サイドに立った治療法だ。
「日本で待機療法が生まれた背景には、近年、年を追うごとに急増している検診による早期前立腺がんの発見があります」
と指摘するのは東京厚生年金病院泌尿器科部長の赤倉功一郎さんだ。
検診ではPSA検査と針生検によってがん細胞が確認されるため、ほとんどの患者は手術による切除や放射線治療、あるいは内分泌療法(ホルモン療法)を受ける。しかし、検診で発見された早期がんの中には、治療を必要としないものが少なくない。しかし、検診によってがん細胞が確認されたほとんどの患者になんらかの治療が勧められる。事前に、あらかじめ治療が必要な早期がんと、治療が不要な早期がんを明確に区別できないからだ。
手術は勃起不全(インポテンス)や尿失禁(尿漏れ)を患者にもたらし、放射線治療は直腸炎や下血、尿道狭窄、インポテンス、尿失禁などの障害を招くことがある。さらにホルモン療法は性欲減退やインポテンス、浮腫、発熱、女性化乳房などの副作用を伴う。患者の多くがそれでもあえて治療を受けるのは、それがすべての早期がんに必要であると説得されるからだ。
患者の側にしてみれば、がんが発見されたこと自体、衝撃的だ。しかし、実は治療が不要な早期がんも少なくないという事実は、患者の気持ちをさらに波立たせるのに十分といえるだろう。
「検診による早期がんの発見の急増は、いいことばかりではありません。それによって本来、治療が必要のない早期がんを治療し、障害や副作用からQOL(生活の質)の低下を招く患者さんもいます。そうした現実を克服するための治療法として登場してきたのが待機療法なのです」(赤倉さん)
治療の必要ない潜在がんを判別して過剰な治療を行わない
では、前立腺がん検診で発見されても、治療が必要のない早期がんとはなんだろうか。専門的にはラテントがんと呼ばれる、潜在がんである。
「ラテントがん、すなわち潜在がんはがん以外の原因で亡くなった人を解剖したときに、初めて発見される微小がんのことです。当然、存命中は前立腺がんが発病していないから、がんの症状も現れていないし、本人もがんであったことなど気づいていません」(赤倉さん)
潜在がんの頻度は非常に高い。50歳を超える男性の20パーセントが有し、歳を重ねるごとに増えていき、80歳以上の男性の35~45パーセントが潜在がんを持っている。
前立腺の潜在がんが検診で発見されるようになったのは、ひとえにPSA検査の開発と普及によるものといえる。
PSA検査は前立腺がんから分泌され、血液中に流出した前立腺特異抗原(PSA)という糖タンパクを測定し、がんの有無や進行度などの診断に役立つ腫瘍マーカー検査の一つだ。
「PSA検査は非常に感度が高いことから、潜在がんのような微小がんの存在が推測可能となり、針生検による確認ができるようになったのです」(赤倉さん)
しかし、そもそも潜在がんは、病気としてのがんを発病させることはない。従って、潜在がんへの治療はすべて過剰治療となり、検診で発見されたそれへの治療はすべて患者にとって不要な負担なのである。
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