正しい知識を持ち、納得して治療法を選択するために
切らなきゃいけないわけじゃない。食道がんの化学放射線療法
広島大学病院
放射線治療科助教の
権丈雅浩さん
大手術になるうえに予後も悪い……そんな食道がん治療に90年代後半、一石を投じたのが「化学放射線療法」の出現だ。自らのがんといかに向き合うか。手術と化学放射線療法、それぞれのメリットとデメリットを正しく把握し、納得して自身の治療法を選びたい。
手術と同等の成績に
数あるがん種の中でも、とりわけ難病と位置付けられる食道がん。長年、治療法の中心だった手術は、7~8時間を有する大掛かりなものであるだけに体力の消耗が大きく、さらに合併症や後遺症が多発することから、リスクが高いとされてきた。
そんな中、90年代に欧米で、抗がん剤と放射線治療を組み合わせる化学放射線療法が本格的に行われるようになった。さらに同時期、米国の臨床試験によって、化学放射線療法が放射線単独に比べて明らかに治療成績が高いとのエビデンス(科学的根拠)が出たことが、日本での手術重視の考え方に、確かな変化をもたらしたといえよう。その化学放射線療法の成績は、驚くべきことに、世界における食道がんの手術治療成績に匹敵するものだったからだ。
こうして90年代後半から、日本国内でも、少しずつ「手術と化学放射線療法の治療成績はほぼ同等」という研究結果が発表されるようになり、食道がんの治療方法として、化学放射線療法が注目されるようになった。つまり、手術と化学放射線療法が食道がんにおける2大療法となったわけである。
手術の場合、頸から胃の一部まで含めて広い範囲の食道を切除する(食道亜全摘術)という大手術になる。ゆえに術後に縫合不全や食道狭窄、心不全、さらには肝・胃障害などの合併症を起こしやすいのだ。また食道がんはリンパ節転移が起きやすい性質を持つため、手術時に頸部、胸部、腹部までの広範囲のリンパ節郭清を行うことになる。このとき、つまり食道がんの病巣部やリンパ節を切除する際に、反回神経と呼ばれる深いところにある神経を損傷することがあるのだ。これは声を出すための神経であると同時に、ものを飲み込むとき肺に食べものが行かないように気管の入口を閉じる役割も果たしており、これが傷つけられると、嗄声といって声がかすれるだけではなく、呼吸障害、肺炎を起こし、それが原因で命を落とすこともある。
それに対し、化学放射線療法は、食道を残せることが最大のメリット。もちろん、副作用として治療中の食道炎や治療後の食道狭窄によってえん下困難が起きることもある。また化学放射線療法によって肺炎や心機能障害が起きると、時として致命的にもなるので、決して楽観視できるわけではない。しかし、食道を残すことができるという大きなメリットがあるので、QOL(生活の質)に関しては手術より格段によいと考えていいだろう。
手術ができる場合にどちらを選択するかは、患者さん各々の状況によって異なるが、基本的には本人の意思が尊重される。
術前化学療法優位の結果
しかし、広島大学病院放射線治療科の権丈雅浩さんは言う。
「進行食道がんに対する化学放射線療法は選択肢の1つです。食道が残るのでQOLは高く保てます。ただし、現状では経験豊富な施設の手術成績を超えるものではないという認識を持つほうがいいのでは」
08年の放射線治療計画ガイドラインでも、内視鏡による摘出「内視鏡的粘膜切除術」が可能な0期以外、手術可能な食道がんの第1選択は手術となっている。そして手術に次ぐ方法が化学放射線療法である、という認識だ。
昨年発表されたJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の2つの臨床試験結果は、このガイドラインの方向性を裏付けるものだった。
ほぼ同じ条件の患者群を対象として同時期に行った臨床試験の5年生存率において、「化学放射線療法」が37パーセントだったのに対し、「術前化学療法+手術」は60.1パーセントとの高い治療成績を出したのだ。
もともと別の試験なので、あくまでも参考としての位置づけになるのだが、食道がんの治療法選択において、「術前に化学療法を行ってから手術をする」という治療法が、「化学放射線療法」を1歩リードしている可能性があるといえるだろう。
「この報告があってから、広島大学病院でも、手術ができる段階の食道がんでは『標準治療は手術です』ときちんと患者さんに伝えています」と権丈さん。
とはいえ、このJCOGの臨床試験結果が化学放射線療法を否定したわけでは決してない。手術による合併症、後遺症のリスクの大きさは依然としてあるわけで、化学放射線療法はやはり大きな選択肢の1つといえるからだ。
ポイントは「同時に」
広島大学病院にて放射線治療中の光景
化学放射線療法とは、抗がん剤による化学療法と放射線照射を同時に並行しながら行う療法、ということである。
「化学療法と放射線を同時に行うのがポイントで、それによって相乗効果が期待できるのです。がん細胞の中に抗がん剤が入ると、放射線の感受性が上がり、その増感作用により放射線の治療効果が高まります」
具体的には、治療1週目と5週目に抗がん剤を投与し、放射線は1日2グレイずつ、週に5日連続して照射。1回の照射時間は3分ほど。合計60グレイになるまで、約6週間続けることとなる。
「アメリカの臨床試験結果によると、化学放射線療法では64.8グレイと50.4グレイに有意差が無かったということで、現在、少ない線量の50.4グレイで十分とされています。総線量についてはまだ議論の途上にありますが、日本ではアメリカの食道がんとは別物という考え方もあり、広島大学病院はじめ全国過半数の施設では現在も60グレイが主流です。後に述べますが、サルベージ(救済)手術を想定して50.4グレイで行う施設もあります」
放射線量が多いほど、がん細胞は死滅しやすいが、当然ながら他の臓器などへの影響も強まる。食道は心臓と背骨の間にあり、多くの血管やリンパ管に囲まれている。すぐ前には気管や気管支があり、左右には放射線の影響を特に受けやすい肺がある。そのため、広い範囲に多くの放射線量が照射されると、重い副作用が起きることがあるのだ。しかし現在、多くの専門病院ではCT画像を用いて行う「3次元照射計画法」が普及し、どこへ、どの程度の線量を当てるかを立体的に測れるようになった。
「昔はがん病巣を前後で挟み撃ちにして照射するのが一般的でしたが、最近は前後だけでなく、様々な方向からの照射方法を検討して、病巣以外に当たってしまう線量を可能な限り少なくできるようになっています」
●心臓などの線量を低減する目的で多門照射が試みられる
抗がん剤はブリプラチンやランダ(一般名シスプラチン)と5-FU(一般名フルオロウラシル)の2剤併用が中心。時にはシスプラチンの代わりにアクプラ(一般名ネダプラチン)を使うこともある。ここに放射線照射を重ね合わせることで、相乗効果を狙い、加えて、目には見えない微小転移を抑える効果も期待できる。
一方、手術の経験を重ねた日本では、手術の治療成績も確実に向上していることを忘れてはならない、と権丈さんは述べる。
「2期、3期の患者さんの手術による5年生存率は、30~40パーセントといわれていたのに、2007年の日本食道学会での報告などでは50パーセントを超えている施設が多く出ています。もちろん医療機関によって患者さんの背景が異なるので、数値のみで各病院の成績を比べるわけにはいきませんが」
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