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痛みが少なく、翌日には歩けて「大手術を受けた」感覚がないのに、開胸・開腹手術と同等の治療成績
体の負担を軽くし、合併症も少ない食道がん胸腔鏡・腹腔鏡併用手術

監修:村上雅彦 昭和大学医学部消化器一般外科准教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2008年10月
更新:2013年4月

  
村上雅彦さん
昭和大学医学部
消化器一般外科准教授の
村上雅彦さん

食道がんの手術はがんの手術の中でも、最も大がかりなもののひとつ。体にかかる負担も大きく、手術死も少なくありませんでした。
これに対して、昭和大学医学部消化器一般外科准教授の村上雅彦さんらは、胸腔鏡と腹腔鏡を導入。
開胸・開腹手術と同じ治療成績をあげながら、体の負担を大幅に軽減し、合併症の減少に成功しています。

欧米に比べ治療成績が高い理由

かつては、極めて治りにくいと言われた食道がんも、医療の進歩によって治療成績が飛躍的に向上しています。しかし、食道がんの手術は、がんの手術の中でも最も体への負担(侵襲)が大きく、そのために合併症や手術関連死(手術後1カ月以内の死亡)が多いことでも知られています。

食道は、胃につながる長さ40センチほどの管です。しかし、頸から、胸、腹部にまたがり、進行しなくても早い時期からリンパ節転移を起こします。最近は化学放射線療法も普及してきましたが、リンパ節転移がないごく早期ならば内視鏡的粘膜切除術(口から入れた内視鏡で、がんを切除する方法)、それ以外は手術が標準的な根治的な治療とされています。ところが、この手術がかなり広範囲に及ぶものになるのです。

食道は頸、胸、腹と3つの領域にまたがっています。どの部位にがんができるかにもよりますが、日本人に多いのは胸部食道がんです。この場合基本的には胸を大きく開き、さらに腹部や頸部も切開して、食道を切除し、残った食道と胃をつないで食べ物の通り道を再建します。同時に、胸部食道がんは腹部や頸のリンパ節にも転移することが多いので、頸から胸、腹部まで3領域のリンパ節を全て切除します。この3領域におよぶリンパ節郭清のおかげで、日本の食道がんの治癒率は著しく向上したのです。リンパ節郭清を行わない欧米に比べ、日本の食道がんの治療成績が高い理由のひとつもここにあります。

[食道の各部位の名称]
図:食道の各部位の名称

病院間の格差が大きい

しかし、その反面、体への負担も大きく、他の部位のがん手術に比べて合併症や手術関連死が多いのが難点です。「1番多いのは、肺炎や呼吸不全による術死です。胸を大きく開けて、時には肋骨も切断して手術を行うので、術後の痛みでうまく呼吸ができない人も多く、手術直後は人工呼吸器を使って呼吸管理を行います。それによる合併症から死に至ることがあるのです」と村上さんは語っています。

ただし、手術を行う人による差が大きいのも食道がん手術の特徴です。「手術自体難しいので、患者さんが多くて手術件数が多い病院と少ないところの格差が非常に大きいのです。手術件数が多く、慣れているところでは術死は1~2パーセント。これはかなり少ないほうですが、多いところは2~3割にもなります。10倍ぐらい術死の率に差があるのです」。

食道がん自体増えているとはいえ、それほど多いがんではありません。月に1人、年間12例の手術を行っていれば多いほうだといいます。となると、「結局、忘れた頃にまた手術となるので、なかなか手術に習熟しづらいのです」と村上さんは説明しています。

つまり、手術が複雑で難しい上に、実際に行う機会が少ないために上達も難しく、その結果合併症を招いて術死に至る例も多いということなのです。

欧米の鏡視下手術と内容は全く異なる

写真:胸腔鏡を使って食道がんを手術中の村上さん(右)
胸腔鏡を使って食道がんを手術中の村上さん(右)

食道がんの手術を受けた人は、たとえ大きな合併症がなかった場合でも、10~15パーセントは体重が減少し、元に戻ることはほとんどないといいます。これは、手術自体が「ダイエットと同じで食べられなくなる手術」だからだそうです。

こうした手術による体の負担をいかに減らし、合併症や手術死のリスクを低下させるか、患者さんの苦しみを間近に見てきた医師はその改善に努力を重ねてきました。化学放射線療法や内視鏡治療の普及もその現れのひとつといえます。

しかし、ある程度進行した食道がんに対しても、体の負担を減らして外科手術と同等の成績をあげるにはどうすればいいのか。そのひとつの回答として、村上さんは1996年から「胸腔鏡・腹腔鏡併用食道切除・再建術」を同大学病院の食道がんの標準的な術式として開始したのです。つまり、手術対象になる食道がんであれば、基本的に胸腔鏡と腹腔鏡を併用した鏡視下手術を行っているのです。

これは、簡単にいえば開胸、開腹を行わずに、小さな孔から胸腔鏡と腹腔鏡を入れて、鏡視下に内部の状態を見ながら外科手術と同じことを行うものです。村上さんによると、欧米ではもっと前から鏡視下手術が行われていたといいます。けれども、欧米ではリンパ節の切除を行わないので、鏡視下手術といっても内容は全く異なるのです。

もともと村上さんは、同じ消化器でも胃腸の腹腔鏡手術を専門的に行っていました。その技術をそのまま食道がんにも応用できることから、この手術を始めたのです。ただし、胃や大腸のがんは、進行度によって切除するリンパ節の範囲が異なり、リンパ節切除が必要ない早期のがんから鏡視下手術が始まりました。しかし、食道の場合は頸、胸、腹部と全部のリンパ節をとるのが標準手術。「再発率が高いので、リンパ節をきちんと取りきることができるかどうかで、予後に大きな差が出る」といいます。つまり、リンパ節を全て郭清することを前提に、鏡視下手術が開始されたのです。

たとえば、胸のリンパ節を切除する場合には、肺、気管、心臓の周囲にまとわりつくように存在するリンパ節をギリギリまで郭清します。逆に言えば、それが体への負担にもなるのです。しかし、胸腔鏡や腹腔鏡を使うことで、こうしたリンパ節の郭清や神経の温存など細かい作業がより正確に行えるので合併症も減少。かつ胸や腹を開いて行う手術に比べて術後の痛みも少なく、回復も早いといいます。


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