がんを「凍死」させて骨の再建を目指す骨移植
順天堂大学医学部付属
順天堂医院整形外科准教授の
鳥越知明さん
骨や軟骨の腫瘍がある骨を取り出し、マイナス196度の液体窒素に浸してがん細胞を凍死させる。その骨を再び元の場所に戻し、再建を図るのが液体窒素処理による骨移植の最新技術だ。
患者さんの左大腿骨の顆部にできているのは4センチ大の骨軟部腫瘍。正しくは軟骨肉腫と呼ばれる。その手術の真っ最中だ。膝の側面の縦方向に大きな切れ目が入れられ、大腿骨と脛骨の間の膝関節をつないでいるじん帯が切断された。膝を曲げる形にし、大腿骨の周りの組織や筋肉は包帯や防水シートで包み込まれ保護されている。大腿骨の顆部が取り出され、10センチほど露出した。
「液体窒素を用意して」
順天堂大学医学部付属順天堂医院整形外科准教授の鳥越知明さんが指示すると、手術助手を務める若い医師は大きなタンクの蓋を開けて持ち上げ、バケツ様の断熱容器の中に液体を注ぎ込む。まるで沸騰した水のように、「湯気」が上がる。
実は、マイナス196度という超低温。この中に大腿骨顆部を浸してがん細胞を凍死させようというのだ。
4人の整形外科医たちが、「イチ、ニイ、サン」と力を合わせて突き出た大腿骨をバケツの中へ導こうとする。何とか液体窒素の中に顆部の先が浸かった。が、十分ではなかった。今度は膿盆(ソラマメ型のステンレス皿)を使って液体窒素をすくって骨にかけていく。膿盆が骨に触れるとコツン、コツンと硬い音が響く。骨が凍っていくのがわかる。さらに手術台を傾けたり、液体窒素の容器を変えるなどさまざまな工夫をして、腫瘍部分の大腿骨を液体窒素につけて十分に凍結した。
「もし筋肉など他の部位に液体窒素がかかったら、組織が傷つけられるので、それを避けるために細心の注意を払います。この治療法は先進医療技術なのですが、ほかのさまざまな先進医療とは違い、最新の医療機器を使うわけではなく、症例ごとに合わせた工夫が必要で“手作り感が溢れる技術”という感じです」
一息入れながら鳥越さんは話した。
切り取った骨をどう埋めるか
軟骨肉腫は、骨軟部腫瘍の一種。骨軟部腫瘍は骨組織や筋肉、脂肪などの軟部組織にできた腫瘍を総称していう。大きくは骨組織にできた骨腫瘍と軟部組織にできた軟部腫瘍に分けられる。他の臓器にできたがんが骨転移したものも骨腫瘍ということになるが、原発の骨軟部腫瘍とは治療法もまったく違う。骨軟部腫瘍には転移する悪性のものと、転移しないけれど局所で再発を繰り返すもの、転移しない良性のものなどの種類がある。おおむね3分の2は良性といわれ、悪性の骨軟部腫瘍は毎年日本人10万人当たり1人程度の発生頻度だ。
日本の整形外科専門医は約1万7000名だが、そのうち骨軟部腫瘍を専門にしている医師はわずか200名程度。その1人である鳥越さんは悪性の骨軟部腫瘍の手術を年間約30例前後こなしている。
「良性の骨軟部腫瘍は、痛みや腫れなど、困った症状のある場合だけしか手術をしませんが、悪性の症例は基本的に全て手術の対象となります。骨にがんが発生していれば骨を切除せざるを得ないのですが、その切り取った部分をどうやって埋めるかが、大きな問題です」
腫瘍の部分をすべて切除し、その欠損部分に金属製の腫瘍用人工関節を入れるという方法がある。しかし、これには金属の骨に耐用年数の限界があり、感染症を起こすリスクもある。最近、期待されているのは生物学的再建術と呼ばれる新技術だ。これには「骨延長」「他家移植」「自家移植」などの技術がある。骨延長は骨折部に新しい骨ができるという特性から、腫瘍を切除した部分の隙間をゆっくり引き伸ばしていくことで骨を延長させる方法だ。他家移植は他人の骨をもらって移植する方法だが、外国では広く行われているものの、日本では移植に対する整備が遅れており、ほとんど行われていない。そしてもう1つが、自分の骨を用いる自家移植で、膝下にある腓骨などの一部を切除した部位に埋めるというもの。また、自家移植には、がん細胞を殺したのち、骨を再生させる方法もあるが、この日の手術で用いられた液体窒素処理による移植がその1つだ。
骨の再建に最も有利な先端技術
骨軟部腫瘍に対する自家移植の方法は、液体窒素を用いる以外にもある。骨を60度程に加熱する方法と術中に骨に放射線を照射する方法だ。
「加熱法はタンパク質が変性するために生体活性が損なわれて、骨の再生が弱くなるといわれています。放射線照射は大規模な施設を必要とし、コストがとても高くなる上、放射線を吸収した骨が弱く折れやすくなるという問題があります。これに対して、液体窒素処理の方法は、骨を凍結することで骨のタンパク質の成分が壊れにくく、骨の再生に有利とされています。その上、材料の液体窒素はある程度の規模の医療機関であればどこにでもあり、断熱器具さえあれば簡単に処理を行うことができるのも特徴です」