真の教育支援は家庭・学校・病院・地域の協働から
生きる力を「引き出す教育」と「支える医療」で子どもの復学を支援
医学部付属病院小児科の
山口悦子さん
小児がんなど長期にわたり、入院治療をしていた子どもが退院した後、元の学校へのスムーズな復学を果たすためには、子どもを取り巻くすべてのおとなたちが、責任と役割をもって、そのサポートに取り組む必要がある。病気の治療中であっても、子どもの「学び」や「成長発達」を保障するのはおとなの責務。入院中の子どもの復学支援は、どう進めたらいいのだろうか。
入院中は院内学級へ通うのが今の常識に
大阪市立大学医学部付属病院小児科に山口悦子さんが赴任した90年代初め頃、子どもたちは治療中という理由でほとんど院内学級に通っていなかった。
治療と学校は両立すべきだと当然のように思っていた山口さんは、教員が病室を訪れるベッドサイド学習に許可を出したり、院内学級の教員と協力して、院内学級での教育実践を保護者や医療者に見せ、入級を勧めることに力を入れた。
「生きる力を引き出す教育と、生きる力を支える医療。教育と医療はまさに車の両輪です。教育の力で入院中の子どもがみるみる変わります。それを目の当たりにすると、話は早いですね。00年頃には、ほぼ全員が院内学級に通うようになっていました」と山口さんは振り返る。
大阪市立大学医学部付属病院は「復学支援=常に成長発達をつづける子どもを支えること」との認識のもと、豊かな療養環境づくりも復学支援の一環と考えている。大阪市立金塚小学校、大阪市立貝塚養護学校とともに院内教育の充実を図る一方で、院内の「良質(QC)医療委員会」が療養環境整備に取り組んでいる。
・子どもは | ・いままで通りに、普通に | |
・家族は | ・再発・合併症なく、事故なく | |
・医療者は | ・健やかな成長発達を | |
・院内学級の先生は | ・のびのびとした学びと成長を | |
・地元校の先生は | ・事故なく安全に | |
・クラスメートは | ・ともに学び、思い出づくり |
治療段階に合わせた復学支援
教育に関する復学支援は入院時から退院後のフォローアップまでを含め、治療段階に合わせた内容で行われる。
- 入院時:学籍の移動、院内教育開始
- 入院中:院内教育支援、療養生活支援
- 入院中退院前:退院時懇談会
- 退院後通院中:学校・家庭と情報交換、各種対応
- 長期フォローアップ中:進学就職指導
入院時:
主治医が保護者に対して病名や治療方法、治療成績などの説明を行った後に、院内学級への入級を勧める。今ではほとんどの保護者が入級を希望するという。その後、主治医は院内学級教員と話し合う。院内学級教員がその子の学力の評価や指導計画を立案する。
同時に学籍を移す手続きに入る。院内学級に通うためには、これまで通っていた学校から院内学級を所管する学校に転校しなければならない。地元の学校に学籍を残したまま、院内学級にも学籍を置くことが制度上できないからだ。
「この問題は、地元の学校と院内学級の両方に学籍を置く二重籍が制度的に認められなければ解決できません。とくに私立学校の場合は退学して転校しないといけないので、深刻です」と山口さんは指摘する。
「私立校に通う子どもなど院内学級の入級が未手続きの子どもは、同室の子が連れ立って院内学級に行くのに、自分だけ残ることになります。たんに勉強の問題だけでなく、治療を離れて友達や学校の先生と過ごす時間や場がもてないというのは、子どもにとって大きな損失です」
入院中:
入院中は病院の委員会が中心となって教育活動支援、療養環境整備を行い、院内学級の教員は教育活動を行う。
退院前:
退院が近づくと、原籍校(元の学校)、院内学級、保護者、病院、という4者で懇談を行い、退院後の学校生活をどのように支えていくのかを話し合う(退院時懇談会)。
大阪市立大学医学部付属病院では、院内学級の教員が保護者を通じて原籍校へ連絡し、懇談をセッティングしている。ポイントは原籍校の管理職が出席することだ。
「担任の先生がお見舞いのついでに、ではなく、原籍校の管理職、担任、養護教諭の先生が業務として来ることが原則です。こちらも業務として対応しています」
懇談の内容は、退院時の病状説明、学校生活上の注意、学校で発生した感染症の情報提供依頼などだが、山口さんは「学校には病気や障害をもった子どもを通じて、全校的な健康教育をお願いしたい」と強調する。
たとえば、設備・施設の見直しや健康教育(手洗い・うがいの習慣、予防接種の励行など)は、がん治療中の子がいるからというのではなく、日常的な教育活動として取り組むべきことだ。これは管理職が指揮をとらなければ全校的な展開にはなりにくい。
「学校の先生には、がんなどの病気や障害をもつ子どもが通学するのは困る、と思うのではなく、その子達から学ぶことがたくさんある、と受け止めてほしい」
退院後通院中:
- 食事
給食 - 清潔
手洗い、うがい、マスクの着用 - 活動
清掃、飼育・観察(動植物)など - 行事
遠足、宿泊、野外活動、式典、運動会、音楽会
外来で維持療法を行っているときは、抵抗力の低下、薬の副作用、合併症や再発の監視、と気をつけなければならないことが山積みだ。学校内では事故防止対策や、行事・授業内容の調整などが重要になってくる。
「抵抗力が低下しているときは、感染症が気になりますが、本人のうがい・手洗い、マスク着用などの防御行動に加え、クラス全体で予防接種やうがい・手洗いなどの感染予防がされているか、ここで日頃の健康教育が効いてくるわけです」
学校ではインフルエンザの流行を気にすることが多いが、むしろ、ただちに情報提供が必要なのは、水痘(みずぼうそう)とリンゴ病である。
「一部で水痘にかかると致命的になるお子さんがいます。またリンゴ病は血球減少という、がんの再発を思わせる症状があるので、その鑑別に情報が大切なのです」
学校行事や授業内容の調整は基本的に、(1)病原体にどれだけ触れるか(2)人ごみ(感染)や埃(カビなどの病原体を含む)の程度(3)運動量が多いか少ないか――から考慮するとよい。
クラスメートと静かに過ごす授業や給食は埃もあまり立たず、問題ない。次に運動量の少ない動植物飼育を例にとると、病原体を除けるものであれば可能かもしれないが、除けないものは避けるほうがいい。病原体の曝露量が多く運動量も多い、人が多くて事故が想定されるようなシチュエーションで行われる行事などは病状に応じて考慮する。
「禁止する理由を考える『管理』ではなく、できる工夫をあみ出す知恵こそが『配慮』なのであって、その子1人だけを『特別扱いする』ものではありません」
退院後のフォローアップ中:
退院後のフォローアップ段階で大切なのは、晩期合併症と再発の監視だ。晩期障害の種類や程度によっては、学校の施設・設備の改修や備品の購入を要請するものもある。次年度予算申請を見越したタイミングで申し入れておくと、学校側も対応しやすいだろう。
再発と再入院を視野に入れて支援する
「私見ですが、復学支援は再発、再入院も視野に入れて行う必要があると考えています。復学する際、子ども本人に対して行う病状説明の中で、再入院もあるかもしれないけれど、『治療していけば治る』とうまく話してあげられたらと思います」
医療者や保護者は「病気が治ったら元の体に戻る」と目標設定しがちだ。一方、教師は「子どもは日々成長発達する存在なので、元の体、つまり過去に戻るというのはありえない」と言う。そのとおり、と山口さんはうなずく。
「保護者、医療者ともに入院時から『病気とともに学び、育つ』という姿勢が大事だったんです。過去に後戻りするのではなく、未来に乗り越えてゆくかもしれない課題として、再発も再入院も存在する。再発時に『また1から出直し?』とがっかりするのではなく『よし、もう1度チャレンジ!』と勇気を奮い立たせてほしい。つらいですけどね。その勇気を後押しする治療方法の開発は私たち日本全国の医師グループの仕事です。子どもたちに『次はこんな手もあるから一緒にやろうよ!』と自信を持って手を差し伸べられるように。また、せっかく帰ってきた友達が再入院する、というのはクラスメートもつらいですよ。原籍校の先生も同じ姿勢でいてくれて、子どもたち(患児とクラスメート)に無理にがんばらなくてもいいよ、でも諦めないで一緒に歩いていこう、というメッセージを伝えられたらいいですね」
もう1つの復学支援の課題は「地域」である。理解のない住人、口さがない近所のうわさは本当に悩ましい。
「保護者の方々は学校に戻ることに心配はないけど、地域に戻るのが不安だ、とおっしゃることもあります。いくら病院や学校や親ががんばっても、地域が心豊かでなければ子どもは結局幸せになれません。復学支援は家庭・学校・病院・地域という4者に役割と責任があり、4者が協働して進めるべきものなのです」
山口さんは親たちに、「なんといっても、子どもを守るリーダーは保護者。親はその子を育てるプロなのだという自負をもって、病院と学校と地域をひっぱって!」と訴える。
その子にどうしてあげたら幸せなのかは親がいちばん知っている。でも孤軍奮闘するのではなく、主治医をはじめとする病院の職員たち、患者会、クラスメートの親や地域の知り合いなどと上手に手を組むこと。仲間を増やせば、支援チームは強くなるのだ。
「『どうにかしてほしい』では、協力のしようがありません。『言っても聞いてくれない』と諦めないで、『何をしてほしい』ということを明確にピンポイントで伝えてください。親御さんがリーダーになってくれたら、その旗印の下に私たちは結集できます。私たちを、小児がん復学支援の仲間にしてください」
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